占い?! (美しき脅迫者)
 その日、来日中のソウナン王国の放浪王子が礼によって例の如く気まぐれを起こし、公務を悉く放棄の上、突然、小松尚隆のオフィスを訪ねてきた。
 しかも手土産として、大量の寿司桶を携えて…。

「本当はさ、お抱えの寿司職人と新鮮なネタを持参してここで握らせようかと思ったんだけどさ。君ががいやがるだろ?」
「当たり前だ! ここはオフィスだぞ」

 どかりとソファーに腰掛けた尚隆は苦虫を噛み潰した様子で、相も変わらず飄々とした顔をしている対面の利広を睨みつけた。

「そう怒るなよ。君ってユーモアのかけらもないんだね? いつからそんな余裕のない男になっちゃったのさ?」

「生憎、お前のユーモアと俺のものは定義が違うんだ」
「へぇ〜! じゃ、嫌がる美凰に変態行為をしでかす様を電話越しに聞かせるのが君のユーモアってわけ?」
「あのな…、アレは変態行為でもなんでもない! ノーマルな夫婦生活の一端だ。第一、美凰はいやがってなどおらんぞ」
「どうだか! 今度じっくりわたしが身の上相談に乗ってあげようと思うんだけどね」
「いい加減にしないか! ねちねちしつこい男は女にモテんぞ」

 利広は器用に割り箸をぱきんと割ると、応接テーブルに所狭しと並べられている寿司桶から最上級のネタばかりで作られている握りを取ると口に放り込んだ。

「その言葉はそっくりそのまま君に返すよ。君もいい加減、美凰のことは諦めて手放せば? 彼女は僕の妃にだねぇ〜 あっ! これ美味しいねぇ〜 尚隆も早く食べなよ! 赤出汁、まだなの?」
「すぐにお持ちいたします、殿下…」

 傍仕えの侍従の催促に、会長室専用の給湯室から召使が恭しく汁椀を運んでくる。

「……」

 ふわふわした浮雲的思考の男には何を言っても通用しない。
 頭が痛くなってきた尚隆は『莫迦は相手にすまい』とばかりに、自分も目の前に置かれた割り箸に手を伸ばした。
 ばきっ!

「あっ! あぁぁぁ〜っ! な、尚隆ってばっ!」

 突然の奇声に、かんぱちに伸ばしかけた尚隆の手が止まった。

「煩いぞ! 一国の王子の癖に食事のマナーも習っとらんのか? もう少し静かに食え」
「だ、だってだってぇ〜!」
「何だ?」

 利広はうぷぷーっと笑いながら、尚隆の手元を指差した。

「尚隆ってば、知らないんだ! 割り箸占いのこと」
「割り箸占いだと?」
「そっ! 二つに割って、綺麗にパカッとバランス良く割れたら割った人は好きな人と両想いなんだって。でも逆に…」
「……」

 利広の含み笑いに尚隆が自分の手元に視線を戻す。
 尚隆が割った割り箸は、器用な彼には珍しい程に一本は太く、もう一本は先が鋭く細いといった感じに、バランス悪く汚く割れていた。

「つまり、その割り箸によると尚隆は美凰にモロ片想いってわけだよ! やっぱりね! 気の毒な話だよねぇ〜」

 利広は美しく割れている自分の箸をちらちら見せつけながら、美味しそうに鮪を口にした。

「はっ! 莫迦莫迦しい! 占いなんぞ女子どもの信じる迷信だ。まったくくだらん!」

 特に気にする風でもなく、尚隆は淡々と寿司を口に運び始めた。

「ふぅん…。ま、いいけどさ…」
「……」

 利広がくすくす笑いながら汁椀の蓋を開けた時、会長室の扉が開いて学校帰りの六太が入室してきた。

「おーっ! 利広じゃん! 久しぶりだなぁ〜」
「やぁ、六太! 今帰りかい?」
「うん。今日は午前中で学校終わりだったんだ。むしゃくしゃしてるとこに朱衡から食べきれねぇ程の寿司貰ったからランチに来いって電話貰ってさぁ〜 おっ! 美味そうじゃんっ!」

 小松家ナンバーワンの食い意地男にして育ち盛りの六太は、利広の召使から渡されたお絞りで手を拭くと、一人掛けのソファーにぽふんと座り、寿司桶を覗き込みつつ早速割り箸に手を伸ばした。
 ぱきんっ!

「「……」」

 密かに二人の男が注目していた六太の手元で乾いた音を立てながら割れたそれは…、尚隆が割ったのよりも更に醜くアンバランスに割れていた…。

「げっ! この酷い割れ方はもう不吉を通り越して破滅かよ! マジで俺と桃箒の仲、ヤバイんじゃねぇかなぁ〜」

 うわぁぁぁっとパニくった様子で叫びながらも、目の前の寿司桶から烏賊をつまむ六太に、利広が声を掛けた。

「ねぇ、桃箒って誰なの? 六太の彼女?」
「まあな! 付き合って3ケ月なんだけど、もうしょっちゅう喧嘩でよ、さっきも罵り合って梅田で別れてきた…。あいつほんっとに我侭なんだよなぁ〜 普通の男だったらとっくの昔に消滅だぜ! 結局、俺がどうしようもなくイイ男だから我慢して続いている様なもんかもなぁ〜」
「で、どうして箸の割れ方で不吉なんだい?」

 利広の確信犯めいた発言に気づかぬ六太は、口をもぐもぐ言わせながら首を傾げた。

「あ〜っ! 利広知らねぇの? 割り箸占い。こうさ、真ん中からピシッとバランスよく割れれば相思相愛でさ、バランス悪いと片思いなんだぜぇ〜」
「へぇ! そうなんだぁ〜」
「ま、片思いってのは俺じゃなくて桃箒の方に決まってんだけどよ! あんな我侭女、俺しか相手してやれねぇし…」
「だってさ! 尚隆、可愛いこと言うよねぇ〜 君の弟君…」
「……」

 黙々と食べている尚隆に、利広はにやりと笑いかけた…。





『ふははぁーっ! 割り箸占いは的中だよ、尚隆! もう君と美凰との仲はこれまでだ! そんなに汚い割り箸じゃ絶縁だね! 二人の離婚はもう目の前さ! まあ元々からこの結婚には問題があったんだよ! とにかく今から潔く身を引いて、わたしの所に美凰を送り届けた方がいいと思うけど? じゃね! 連絡を待ってるから! Au revoir!(さようなら!)』

 そう言いながら満腹になってご機嫌宜しい六太を連れて立ち去った利広の捨て台詞が、尚隆の耳にいやな響きを残す…。



*** ***



 利広王子をエントランスまで見送り、漸くいつもの静寂が戻った会長室に姿を現した朱衡は、目の前の光景に眩暈を起こしかけていた。

「会長…」
「……」
「あのう…、会長?」
「…、何だ、朱衡…」
「いえ…、そのう…、毛氈に割り箸を用意しろと仰せになったのはともかく…、何故お一人で…、そんなに大量の割り箸を割ってらっしゃるんですか?」
「…、占いなど、迷信に違いないのだが…、まあ、美凰を不安にさせない為にだな…」
「……」
「割り方のコツというか…、ま、努力をだな…」
「はぁ…」

 主の不可解な行動に、そして利広に振り回され続けて疲労困憊の朱衡は本日何度目かの溜息を盛大についた…。

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