チャラリラリ〜ン!
可愛らしいディズニー・エレクトリカルパレードの着信音が耳元で響く。
自らが与えた快楽の余韻に溺れつつ、蕩ける様な眠りに落ちた愛しい妻の安寧を妨げる音に苛ついた尚隆は、ナイトテーブルに置いてあった美凰の携帯を手に取った。
電源を切ろうしたものの、着信表示を見て眉間に皺を寄せた尚隆は通話ボタンをピッと押す。
『やぁ、シェリ! 僕だよ! 君の可愛いしもべだよ♪』
「……」
上機嫌なその声はソウナン王国第二王子、櫓利広その人であった。
『尚隆がアメリカに出張だと聞いてね! 君をデートに誘おうと思って電話したんだよ♪』
「……」
愛しの美凰ではなく“永遠の恋敵”たる彼女の夫、小松尚隆が出ているとも知らず、嬉しそうな利広のお喋りはなおも続く。
『ねぇ、どこに行こうか? 美凰の行きたい所でいいんだよ♪ ああそうだ! 今ね、国立民族学博物館に…』
「いい加減にしろ! 気持ち悪いぞ、利広!」
『げっ?! な、尚隆?! なんで居るのさ?!』
普段から物事に動じぬ利広が驚きの声を上げて固まる音さえ聞こえそうな様子に、尚隆はニヤリと笑った。
「居て悪いか? 俺は自分の家で寛いでるだけなんだが?」
『美凰の携帯に勝手に出ないで貰いたいね! プライバシーの侵害って言葉知らないの?!』
「そんなものは知らん。第一、美凰は俺の妻だぞ。俺のものにプライバシーなんぞ必要ない」
『ちょっと君! 一体どこのジャ◯アンなんだいっ!』
「ほぉ〜 笑えん冗談だな。切るぞ」
『ちょっとちょっと! 僕は美凰にかけたんだよ。君も常識ある社会人ならプライバシーを尊重してだね…』
「人の女房にちょっかいをかける様な輩の言葉なんぞ、聞く耳は持たん」
「尚隆…、さま…?」
その時、ぼそぼそと話す気配に気づいた美凰がぼんやりと眼を覚ました。
「!」
尚隆は少し考え、やがて悪戯を思いついた子供の様に微笑みながら夢現の美凰に覆いかぶさった。
今まで喋っていた携帯電話を通話状態で枕の上に置いたまま…。
「すまん。起こしたか?」
「大丈夫ですわ…。どなたかと…、お話しして、いらっしゃいましたの?」
「いや…」
<何だっていうの?! 僕と今の今迄話してたじゃないのさ?! そっか…、美凰は寝てたんだね…。って?! どうして尚隆がその側に居るのさっ?!
尚隆と美凰が夫婦であることを認めていない利広は、心の中でそう突っ込みをいれてしまうのだった。
「尚隆さま…」
「なんだ?」
「いやですわ…、あなたったら…、またですの…」
「拒否は許さんぞ…」
「ぁん…」
<!!! な、何なの?! その可愛い『ぁん…』は?!『またですの?』って…、一体何なんだい?!
尚隆の意図は即座にぴんときたものの、利広は電話を切る事が出来ずそれどころかちょっとした音すら聞き逃さない様に、強く携帯を耳に押しあてた。
哀れ利広…。
常ならず、彼は些か興奮していた…。
「んっ、んん…、ぅうん…、あっ、はぁ…、ん…」
「何度キスしても…、飽き足らんな…。甘い唇だ…」
「んっ…、嬉し…」
「もっと口を開けて…、そうだ…」
「ふぅ…、ん…、ぁは…」
<あぁっ! 美凰っー! 騙されているよっ! 駄目だよっ、乗せられちゃ! 尚隆はねっ、その男はたまの皮を被ったとらなんだよーっ!(もはや意味不明…)
「うぅん…、ふ…、あふっ…」
「可愛いぞ…、もっと舌を…」
<ああ…、僕ってば一体何をしてるのかなぁ? これって随分とひどいよね…。僕の愛する美凰が他の男に喘がされる声聞かされちゃってさ…。まさしく地獄だよね…。生き地獄で業火に焼かれてるって言っても、過言じゃないんじゃないの…。
「美凰…」
「ん…、な、なん…、ですの…」
<むっ? き、聞こえなくなっちゃったんだけど? っていうかエロく囁き過ぎじゃないの? 尚隆!
「君の…、を…、食べたい…」
<がはーっ! なんなの、その甘えた声はっ! もう気持ち悪いよ! 小松尚隆!
「いやらしい尚隆さま…、そんなこと…、言葉にして仰らないで…」
「昨今流行の“羞恥プレイ”というやつだぞ。ほら…、随分と食べ頃に熟れてる…」
<! し、羞恥プレイだってっ?! 尚隆…、君って変態は…。
「あぁん…、尚隆さまの…、えっち…。そんな所…、食べちゃいや…」
<がはぁ〜! な、なんて可愛い言葉を口にするんだろうね、僕のシェリは…。ってか何? そんな所って、どこ食べられてるの?
「…、いつ食べても美味いな…。君の…」
「あん…、あっ…、はぁ〜ん…、あなた…、もっと…」
<何を言ってるんだいっ! 美凰! お願いだから正気に戻っておくれっ!
「まったく…、どっちが“えっち”なんだか…」
「ぁ〜ん…、いじわるぅ〜」
眩暈を催している利広の耳に、興奮し始めている卑猥な尚隆の声と美凰の可愛い喘ぎ声が響く。
甘い一刻を楽しんでいるのであろう二人の様子に、利広ががっくり肩を落とした瞬間、突然勝ち誇った尚隆の声が聞こえてきた。
「悪いな、利広。ここからは“有料”だぞ…」
そして通話は虚しく切れてしまった…。
<…、支払うから…。?! いやっ、そうじゃなくて!
ツー、ツー、ツー…。
無情にも打ち切られた電話を、しばし呆然としたまま見つめる利広の目頭が熱くなった…。
<…、僕の心はブロークンだよ…。もう血の涙が溢れまくってる…。当分、立ち直れないかも…。
それから二日程、プリンス利広は原因不明の熱によって寝込んでしまったらしく、その報告を朱衡から聞かされた尚隆は、受話器の向こうで利広が悔しがっていた様を想像しては上機嫌だったとか…。
〔“有料サイト?!事件”翌日のお話…〕
予定を切り上げて突然帰宅した尚隆の前に、美凰は心配げな顔をして姿を現した。
「あなた…、利広殿下がご病気でいらっしゃるとか?」
「ああ、智恵熱だとか朱衡が言っていたな。今日の昼に予定されていた通産省絡みの会見をすっぽかされたぞ」
「わたくし、お見舞いのお花とお電話を差し上げようかと思うのですけれど…」
尚隆がしでかした悪戯の事など露知らぬ美凰は心配そうに眉根を寄せていた。
「携帯を見ましたら、昨夜お電話を頂戴していたみたいですの。尚隆さまが代わりに出てくださったのでしょう?」
「ああ。なんでも国立民族学博物館に君の好きそうな催しが出ているそうで、俺の都合がよければ二人で行ってきたらどうだと言われてな…」
いけしゃあしゅあと嘘をつく尚隆を美凰はまったく疑っていない。
「まあ! そうでしたの。殿下はいつもご親切でいらっしゃるから…」
「然程酷くはないらしいが、熱があるのに電話は出るのはつらいだろう。花だけ贈っといてやればいいさ」
「そうですわね…。おつらい時にお電話をしてもご不快にしてしまうだけかもしれませんし…」
「そうだぞ。ここは遠慮が一番だ。それより折角利広が教えてくれたんだ。今からデートに出かけるか?」
「まあ、嬉しい! それじゃ早速支度をいたしますわ…」
いそいそと出かける準備を始めた妻を尻目に、尚隆はにんまりと笑っていた。
〔ふはははっ! 愚かなり利広! 俺の美凰を誘惑しようとするから痛い目をみるのだ! 莫迦者めが!〕
ジャ○アンの微笑み?を口許に浮かべた尚隆は、美凰の支度を手伝うべく彼女の後を追ってるんたったーと、夫婦の寝室に姿を消した。
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