どぉーん! ぱちっ、ぱちっ、ぱちっ!
闇の夜空に華麗な花火が彩を添え、その儚い一瞬の輝きが、終わりかけの夏を仄かに照らしている。
雲雀と美凰は浴衣姿で並盛神社のお社の縁側に腰掛け、仲良く寄り添って夜空を飾る花火を見つめていた。
この場所には人が滅多に訪れない。
以前ここで首吊り自殺があって、その幽霊が現れるからとまことしやかな噂が流れていたせいもあるが、概ねは並盛最強男、雲雀恭弥の花火見物特等席ということが原因らしい。
特等席と雲雀が自慢するだけあって、ここからの花火の眺めは格別だった。
微風と共に、鈴虫の涼やかな鳴き声が神社のどこかから聞こえてくる中、雲雀は草壁に用意させたバスケットの中から取り出した冷たい白ワインで喉を潤しながら、飽くことなく夜空の華を見上げている美凰を見つめた。
藤花の模様が付いた萌黄色の浴衣を着た美凰の綺麗に結った髪には、雲雀がプレゼントした銀と真珠の簪が飾られていて、とても大人っぽく見える。
浴衣の襟足からはミルク色をしたあでやかなうなじがのぞき、少しだけ口をつけた大好物のアイスヴァインのせいで白桃の様な頬がほんのり色づいているのが、なんとも艶かしい。
半開きになった扇情的な唇が自分を誘っている様な気がして、雲雀が所在なげにもぞりと身体を動かした瞬間…。
急に冷たい風が二人を取り巻き、雲が月を覆ったかと思ったら、あっという間に滝の様な雨が天から降り注いできた。
「き、恭弥くんっ!」
「美凰、こっちへおいで」
二人は履物のまま縁側へあがり、薄暗いお社の扉を開けて中に入った。
通り雨に違いないから、暫く雨宿りをしていれば止むだろう。
「折角の花火だったのに…」
美凰が可愛らしくぷーっと頬を膨らませた時、遠くからごろごろっという音と共に彼女の大嫌いな自然現象が訪れた。
ごろごろごろっ! ぴかっ! どどーんっ!
「きゃあぁぁぁぁっ〜!」
近所に落ちたのであろう雷の大きな衝撃音に、美凰は悲鳴を上げながら雲雀の胸にぎゅっとしがみついた。
「相変らず雷嫌いだね? 僕にくっついていれば大丈夫だよ」
声も出せずにぶるぶる顫えている美凰を、雲雀はしっかりと抱きしめた。
汗ばんでしっとりとした肌の感触がなまめかしい。
つややかな黒髪の後れ毛が襟足から浴衣の上に零れている。
花火見物に出かける前にシャワーを浴びていたから、髪からは淡くシャンプーの香りが漂ってきた。
美凰の愛用しているティーローズの香の…。
しなやかな白い頸筋に仄かに香る汗が一筋、流れている。
雲雀はその汗に唇を寄せ、美凰の耳朶に囁いた。
「美凰…、もっと…、くっついていようか…」
「えっ?」
美凰が『何のこと?』という表情で雲雀を見上げると、熱っぽい眼が何を伝えているのかが解った。
「君、自分で浴衣、着れるよね?」
片手で浴衣の帯をほどきながら、雲雀が深くくちづけてくる。
「き、着れるけど…」
美凰は雲雀の首に手を廻し、身体を預けた…。
「ねぇ…、恭弥くん…。雷様が近くに来ている時に“お臍”を出してちゃ駄目って、随分昔に聞かされた記憶があるんだけど…」
「今は大丈夫だよ。君のお臍は僕のお腹で隠してるからね…」
肌で感じる言葉の現実に美凰の花顔は真っ赤になった。
「もうっ! 恭弥くんのえっち…」
「僕がかい?」
耳に心地よいテノールの声音がくつくつと笑う。
雨宿りのひとときに、恋人達の熱愛の夜が始まった…。
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