雨音 (美しき脅迫者)
『天の川の西岸に住む「織姫」は、機織りの名手。毎日機織りに勤しんでは美しい布を織り上げ、父親である天帝を喜ばせておりました。そんな愛娘の結婚相手を探していた天帝は、東岸に住む働き者の牛使い「彦星」を引き合わせ、二人はめでたく夫婦になりました。所が結婚してからというもの、二人はあまりにも夫婦仲が良すぎて全く仕事をしようとしません。これに怒った天帝が、天の川を隔てて二人を離れ離れにしてしまいました。しかし、悲しみに明け暮れる二人を不憫に思った天帝は、仕事に励むことを条件に七夕の夜に限って二人が再会することを許します。こうして、七夕になると天帝の命を受けたカササギの翼に乗って、天の川を渡り、二人は年に一度の逢瀬をするようになったのです』



 小松家のテラスを飾る華麗な七夕笹も、飾りつけの最終段階を迎えていた。
 後は父娘の願い事を書いた短冊を吊るすのみである。

〔『おとうと』がほしい!〕
〔男の子が欲しい〕
〔『いもうと』でもいい!〕
〔女の子でもいい〕
〔りょうほうでもいいな!〕
〔どっちでもいいから、二人目が欲しい〕
〔あかちゃんがいたらいいな!〕
〔二人目の為、皆勤を目指す!〕
〔花凰のために、パパはがんばってね!〕
〔任せておけ! 花凰の応援と協力があれば、願いは叶うぞ!〕



 今年は土曜日が七夕の為、父娘は仲良く短冊に願い事を書き続ける。
 花凰は一生懸命集中していた短冊から顔を上げ、小雨が降る空を哀しげに見上げた。
 ガラス張りの広々としたテラスの上を、雨音が鳴り続けている。
 大好きなパパと共に作った照る照る坊主が、冴えない表情をして花凰を見ているのも辛かった。

「パパぁ〜 このままあめがつづいたら、『おりひめ』と『ひこぼし』はあえないのぉ〜」
「雨は天の川の水量を増加させるからなぁ〜 ママの話によれば、二人がデートする場所がなくなってしまうという事らしいが…」
「せっかくのでぇとなのにね〜 それに、『おりひめ』と『ひこぼし』がでぇとできたら、花凰のおねがいもかなうんでしょ? 『おとうと』か『いもうと』のせとぎわなんだよぉ〜 パパぁ〜」
「むぅぅぅ〜!」

 自ら造った照る照る坊主を役立たずとばかりに睨みつけた尚隆は、ぱっと思いついたかの様に西瓜の絵を描いている愛娘を見た。

「そうだ、花凰! 今日が駄目なら旧暦があるぞ」
「きゅーれきってなあに?」

 尚隆は威張った表情で黒い紙を鋏で切り取り、娘の絵に合った西瓜の種作りに勤しんだ。

「昔々の暦の事だ。昔の七夕は旧暦でお祭りをしていたから、晴れている日が多かったんだぞ」

 花凰は小頸を傾げつつ、大好きな父を見上げた。

「なんかよくわかんないけど、きゅーれきだったらでぇとはできるの?!」
 
 尚隆はにんまりと笑った。

「ばっちりだ! しかも花凰、今日これから晴れて二人がデート出来ても、旧暦の日にこうしてまたお祭りをしてやったら、二人は1年に2回、デート出来るという事になる!」

 父の言葉に花凰の瞳がぱっと輝いた。

「そうしたら、花凰とパパのおねがいも、『いちねんににかい』かなうってことなのぉ〜?」
「そういう事だ」
「だったら、かざりはこれだけにして、あとは『てるてるぼうず』をいーっぱいつくろ〜よ!」

 尚隆は相好を崩して、愛する娘を見つめた。

「いいとも! テラス一杯に照る照る坊主をぶら下げよう」



〔赤ちゃんを授かりますように〕
〔家族、皆が健やかで幸せでありますように〕
〔六太と要が試験に受かりますように〕

 この4つのお願いを書いた短冊を持ってテラスに姿を現した美凰は、愛する夫が娘に対して施している教育?めいた話の内容に、頭痛のするこめかみを押さえた。

『尚隆さま…。素敵な思いつきには違いないでしょうけれど、花凰にそんな事をお教えになっても…』

 沢山の照る照る坊主を拵える為、毛氈や香蘭まで駆使して頑張っている仲良し父娘の様子に、毎度の事ながら母の苦労は絶えないのであった…。

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