とある日の夜の出来事…。
いつもより早めの帰宅をした尚隆は、愛娘の花凰とのお風呂タイムを楽しんでいた。
可愛いピンクのシャンプーハットを被った花凰は、いつもの如く大好きなパパに髪を洗って貰って至極ご機嫌である。
「よーし、花凰、掛けるぞぉ〜」
「いいよぉ〜」
鼻歌交じりの尚隆は、あわあわの娘の頭から手を離すとシャワーの栓を捻った。
3日間、家を留守にしていた美凰がもう間もなく温泉旅行から帰宅する。
妻は大の親友であり旅行会社の社長である中嶋陽子に依頼され『金波ツーリストbP美人添乗員「祥瓊」と行く黒川温泉3日間の旅』にモニターとして参加しているのだ。
最初は尚隆も同行する予定だったのだが、突然舞い込んだ案件と中国からの賓客のせいでキャンセルせざるを得なくなり、結局、美凰一人が参加することになったのである。
愛妻との3日ぶりの熱い夜を楽しむ為、尚隆は愛娘のご機嫌を取り、早々に睡眠モードに入ってもらおうと必死であった。
〔本当だったら温泉で存分に楽しんでる筈だったのに…。くそっ、今夜はとことん頑張るぞっ!〕
果てしなく妄想尽くしの尚隆であった…。
「ねー、ぱぱぁ〜」
「んー、なんだぁ? 花凰」
「あのね、花凰ほしーものがあるのぉ〜」
「なんだ? 新しいキティちゃんか?」
「ううん…」
尚隆はぬるめのシャワーを花凰の頭上に降り注ぎ、大きな手でつややかな髪を漱ぎ始める。
「判ったぞ! シンデレラのティアラだな。プリンセスのパレード用に新しいドレスをママが縫っているからなぁ〜 心配しなくてもちゃーんと新しいティアラは用意しているぞ。本物のダイヤモンドと真珠が一杯散りばめられた…」
「ちがうの! そうじゃないの!」
花凰は漱ぎ終わった頭をぷるぷる振った。
「おいおい、パパの眼が…」
水滴攻撃に仰け反り、尚隆は眼を擦りつつ花凰のシャンプーハットを取り去った。
「こうたい。パパのせなか、ながしてあげるね」
「先に頭を拭こう」
「やだっ! パパのがさきっ!」
花凰はごしごしタオルにボディーソープを垂らして泡立たせ、広く逞しいパパの背中を流し始めた。
甘い苺の香りが浴室中に立ち込める。
ビオレのラズベリーは花凰のお気に入りの香りであったが、自分の背中から漂う香りとしては苦笑せざるを得ない。
それでも懸命に背中を流してくれる花凰が愛しく、尚隆は娘のするに任せているのだ。
「あのね、きょうね、毛々んとこでね、郭(かく)ちゃんにいちごのふうせんをもらったの」
郭ちゃんとは毛氈の次男で、花凰と同い年であるやんちゃな男の子であった。
幼稚園も同じの仲良しであり、彼は花凰の事が大好きなのだ。
「苺の風船?」
「そう。ばらいろの、いちごのにおいのするふうせん。ぱぱぁ〜 ばんざいしてぇ〜」
「はいはい…」
尚隆は娘の言うなりに両手を挙げて万歳の格好をする。
花凰はちょこまかと行き来して父の腋を洗った。
「よぉ〜し! 花凰有難うなぁ〜 もういいぞぉ〜」
「え〜? だってまだおなかとかあらってないよぉ?」
尚隆はシャワーをかけ流して泡を漱ぎながら、愛娘ににっこりと笑いかけた。
「お腹はママが帰ってきたら洗ってもらうから、ママに残しておいてやってくれ。花凰が全部洗っちゃったら、ママに叱られるんだ」
「ふぅ〜ん…」
父親のにやけた笑顔に花凰は頸を傾げた。
「さあ、お風呂に浸かろうな。ゆっくり60数えたら、上がっていいぞ。ブザーを押すから春に着替えを頼みなさい」
「はぁ〜い!」
そういうと尚隆は花凰を抱き上げ、一緒に広々とした乳白色の湯舟に浸かった。
「でね、花凰、ばらいろのいちごのふうせんがほしいの!」
母親によく似た澄んだ瞳を煌かせ、花凰は尚隆を見た。
この可愛い娘のねだり事を断れる父親が、この世に居る筈がない。
「毛郭がくれたのと同じ風船だな? よしよし…。では今度の休みにパパと一緒に買いに行こう。山程買ってやるぞ」
花凰の眼がぱっと輝いた。
「わぁーい! やったぁ! だって郭ちゃん、花凰んちにはぜったいないものだっていうんだもん。花凰すごくおこったんだから…」
「家にないもの?」
尚隆は太い首を傾げた。
そりゃ、風船なんぞがいつもいつも家に転がっているわけではないが。
「うん。あのね、ないしょだからって郭ちゃんのママのどれっさーからだしてきたの」
「ふうん…。ママのドレッサーから、風船をな…」
〔毛氈の家庭では風船を女房のドレッサーの中に入れてるのか? 面白い奴だな? よし、明日早速からかってやるとしよう!〕
悪戯を思いついたかの様にくすくす笑う父を尻目に、花凰は60数え終わって立ち上がった。
「パパにみせてあげるね。ママにはぜったいみせちゃだめっていわれたの。でもパパならだいじょーぶ!」
そう言うと花凰は浴槽を飛び出し、自らお知らせブザーを押してドアを開けた。
「……」
〔ママには絶対見せては駄目?!〕
片手で頤を押さえながら、尚隆は非常に嫌な予感を覚えた。
〔ま、まさかな?〕
自らの卑猥な予感がどうぞ当たりませんようにと、尚隆は唸り声を上げていた。
「まあ、花凰ちゃま、いけませんよ! ぱんつのままで!」
春の甲高い声に追われて花凰のぱたぱた走る音が脱衣所から遠のく。
暫くすると全面小さなきてぃちゃんと苺がプリントされたピンクのぱんつ姿の花凰が、浴室のドアを開けて戻ってきた。
尚隆はやれやれとばかりに苦笑しながら娘を窘める。
「花凰、セクシーな姿でパパを悩殺しないで早く春にパジャマを着せて貰いなさい。風邪をひいてもパパは知らない…」
「ほら、パパみてぇぇぇ〜! かわいいでしょぉぉぉ〜! 1こだけど郭ちゃん、はこごと花凰にくれたの…」
「いぃぃぃっ!」
花凰が楽しそうに見せびらかした苺のパッケージに、尚隆が湯舟に沈みかけたのは言うまでもない。
「わっ! たっ! かっ! 花凰ぉぉぉ〜!」
「? どしたの? パパ?」
『フルーティーなイチゴの香りで二人のプライベートタイムの楽しさアップ! 薄さ0.02ミリは生の挿入感が味わえます…』
嫌な予感は的中であった…。
尚隆は眼を白黒させて花凰と避妊具の箱を交互に見つめた。
〔た、確かに我が家にはないものだ…。俺と美凰に避妊の二文字はないからな…。し、しかし毛氈の奴、5歳の子供に一体どういう教育をしとるのだ?〕
その時、再び春の甲高い声が遠くから響き、続いて待ち焦がれた愛しい妻の柔らかな声が聞こえてきた。
「ただいまぁ〜!」
「まあまあ! お嬢様、お帰りなさいませ! お出迎えもしませんと…」
「いいのよ。黒川温泉ってとっても素敵だったわ。陽子と祥瓊の添乗も大好評だったし…。今度は家族みんなで行きましょうね! はい、これお土産…」
「あっ! ママが帰ってきたぁ〜!」
「ぐっ!」
美凰の声が近づいてきた事に焦った尚隆は浴槽から立ち上がり、母親の元へ行こうとした花凰の手から苺の小箱を乱暴にひったくった。
大好きなパパの突然の乱暴に、花凰が吃驚し且つ大ショックを受けたのは当然の事であった。
「尚隆さま、花凰、今戻りましたわ…」
尚隆と花凰が仲良くお風呂タイムを過ごしていると聞き、にこやかに脱衣所のドアを開けた美凰の耳に娘の号泣が轟いた。
「まあ! 一体なんですの?」
浴室のドアを開けた美凰の眼前でピンクのぱんつ姿の花凰が泣きじゃくり、夫の尚隆は首まで浴槽に沈んでいる。
「やあ…。お、お帰り、美凰…」
「わ〜ん! パパが花凰のいちごのふうせんとったぁぁぁ!」
「花凰? パパがどうしたのですって?」
「い、いや。なんでもないぞ! 花凰はちょっとご機嫌斜めなんだ…」
「パ、パパが花凰のばらいろの、いちごのふうせんを…、花凰のものとったんだもんっ! パパのばかぁ〜!」
そう言うと、花凰は手近にあったおろしたての牛乳石鹸を尚隆の頭めがけて投げつけた。
「おわっ!」
ごちんという音とともに石鹸は見事に尚隆の額に直撃し、乳白色のお湯の中に沈んでいった…。
「ス、ストライク…、花凰…」
「まあ、花凰っ! あなた、パパになんてことするのっ!」
美凰は驚きに双眸を見開いて、額に石鹸のかけらをはりつけている夫と奮然としている娘を交互に見た。
「しらないっ! パパがわるいんだもんっ!」
そういうと再び泣きじゃくりながら花凰はぱんつのまま浴室を駆け去った。
「花凰、待ちなさい! 花凰っ! あなたごめんなさい! 事情は後で伺いますから…。花凰っ!」
口許まで湯舟に浸かってぶくぶく言っている夫に会釈すると、美凰は慌てて娘の後を追いかけた。
〔頼むから事情は聞かんでくれ…。とにかく支離滅裂であろう花凰の言い分を聞いて、解らないながらも巧く慰めてやってくれ…。俺は俺で巧い言い訳を考えて花凰のご機嫌をとるから…。そして、そして…〕
湯舟の中で長い足を折って体操座りをしている尚隆は、右手のコンドームの箱、そして左手の牛乳石鹸を握り締めた。
〔くっそう! 毛氈め〜! 首を洗って待っていろよ! 貴様の命は今日までと思え!〕
尚隆はお抱え運転手の名前を呪う様に呟き、両手の品物を激怒の怪力で握りつぶしてしまった…。
「へっ、へーっくしょい!」
その頃、くしゃみを一つした毛氈は家族4人で仲良く楽しく結婚記念日の夜を豪華なホテルのディナーで楽しんでいた…。
「ねえ、あなた…。今夜はメロンの香りのを開けてみる?」
「お前がその気なら、俺はなんだっていいよ。メロンでもオレンジでも、イチゴでも…」
「会長の絶倫まねて、一晩中頑張ってみる?!」
「おいおい! 一晩中なんてひどい事言うなよ。俺ぐらいで一般常識生活なんだから。もし俺があんな体質だったら、お前枯渇して病気になってるぞ! ホント…」
「じゃ、会長の奥様はもっと凄いってわけ?」
「まあ、あの会長のお相手をしてられるんだから、まず普通の体質じゃないんだろうなぁ〜」
「うっふっふふ、いやだぁ〜 あなたったらぁ〜」
ハンバーグを美味しそうに頬張る息子達を前に、毛氈夫婦はラブラブな様子で主夫婦の性生活を話のネタに、今夜の予定を耳打ちしあうのであった。
明日、自分に降りかかる運命を知らずに…。
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