ロココの女王?! (美しき脅迫者)
 西宮の高級住宅街には様々な豪邸があったが、その中でも一際豪華で目立つお邸が二件ある。
 ひとつは、ご近所様には『小松御殿』と囁かれる広大な純日本家屋のお邸。
 そしてそのお邸に隣接しているもうひとつのお邸は、威風堂々としたフランスのお城風の造り。 
 持ち主が、長いフランス暮らしの果てに日本に居を構えた世界的ファッションデザイナーであるから、多少日本人離れしたムードが漂っているのは仕方のない事なのであるが…。





 とある土曜日の午後の出来事…。
 小松御殿のお勝手口から、ケーキの箱を片手に花凰は堂々とお出かけをした。
 行く先は勿論、隣家のお勝手口である。

 ぴんぽ〜ん!

「はい、はぁ〜い!」

 いつもの如く、スーパーモデル出身のお手伝い、奈津子さんがインターフォンで答える。

「おとなりのこまつかほです!」
「まあまあ! 花凰ちゃま。先生がおまちかねでございますよ」

 ロックが開いてドアが開き、メイドさんコスプレをした超美人がにこにこ笑いながら花凰を出迎えてくれた。

「こんにちわ、なっちゃん」
「はい。ようこそいらっしゃいませ、こんにちは」
「藍ちゃまは?」
「プチ・トリアノン風のお庭で、花凰ちゃまのおいでを今か今かとお待ちかねでございますよ」
「梨雪ちゃまはきょうも、んーと、ぶかつ?」
「はい。演劇部の発表会が間近でございますからねぇ〜」

 二人は楽しそうに会話しながら、とりどりの花が咲き乱れる中庭へと向かった。



「おおっ! 愛しのマ・プティット! やっとおいでかえ? 待っていたのだよ!」

 ネグリジェ風の美しい部屋着の上から、絹のガウンを羽織ったカリスマファッションデザイナー、呉藍滌が紅茶茶碗を手に、蕩けそうな表情でにこにこと花凰に声をかけてきた。
 この呉家では総てがフランス風、ロココの世界を現実に取り入れているのである。
 ご近所には奇異の眼で見られていたが、花凰は何故か、物語に出てくるこのフランスの女王様のような藍滌が大好きなのであった…。
 どんなに父の尚隆に隣に出入りしてはいけないと止められても、こっそり遊びに来るのはそのせいなのである。
 父の言う『男女』の意味もさっぱり解らなかった。

「藍ちゃま、こんにちわ! きょうの藍ちゃまも、とてもおきれいです。花凰はうっとりして、おちちがどきどきしてますぅ〜」

 藍滌は微笑みながら花凰を手招きし、棘を処理したピンクのパラを一本差し出した。
 花凰はいそいそと藍滌の傍に近づき、ピンクのふわふわふりふりドレスをつまんで、可愛く挨拶をした。
 その愛らしい姿に、藍滌はもうメロメロであった。
 最近はこの花凰の為にと、子供服の域にまでチャレンジをしているのだ。
 ブランド名は花凰〔ホォワ・フォン〕と名づけるつもりであった。

「おほほほっ! おちちがどきどきとは! 恐れ入る誉め言葉じゃな。おやおや、ママンは如何しておいでなのかえ? 今日のお茶会はママンもお誘い申し上げていた筈なのじゃが…」

 花凰はおだんごの髪に優しく薔薇の花を飾ってくれた美しい藍滌の白い指を、うっとりと眺めやった。

「ごめんなさいです。えーと、パパがうぃんなーからかえってきたので、きょうはこれなくなりましたでした」

 それを訊いた藍滌は、たちまち深々と溜息をついた。

「おおっ! モンデュー! あのいまいましい山猿が1日早く帰国とは! まったく、あやつは予定通りの行動というものが出来ない男なのだね…」

 ?の表情でケーキの箱を持ったまま、小頸をかしげている花凰に、藍滌は微笑んだ。

「花凰ちゃまや、ささ、お座り…。では残念じゃが、二人でお茶会を致すとしようかの?」
「はぁ〜い!」

 花凰は自分専用の椅子に駆け寄ろうとしたが、はっと思い返し、藍滌に向かって手にしていたケーキの箱を差し出した。

「藍ちゃま…。えーと、これはママからのおみやげです!」
「ほう。なんであろ? おおっ! モナムール〜!」

 箱を開けた藍滌の、美しい眼がキラキラ輝く。
 中にはこんがりと焼き色のついた、出来て間もない焼き林檎が入っていた。
 甘いカラメルがかかり、つめてあった各種のドライフルーツが、垂れたシロップの中へ零れ落ちている。
 ファッションをこよなく追求する者として、誘惑の甘い菓子であったが、美凰が拵えた焼き林檎は藍滌の大好物なのだ。
 例えこれを食べた後、1日食事を抜き、ジムでへとへとになるまで汗を流す事になろうとも、譲れないものであった…。



 テーブルには所狭しと午後のお茶会の食事の用意がされているというのに、藍滌はふんふんふ〜んっと鼻歌混じりに焼き林檎を皿に取り出した。

「モナミ、モナムールにくれぐれも有難うと申し上げておくれ。お礼に、この秋冬のお二人のクローゼットはすべて、この藍滌にお任せあれとな!」

 花凰はうんうん唸りながら、閃いたかのように瞳を輝かせた。

「えーと、藍ちゃまがママと花凰のおようふくをつくってくれるの?」
「簡単に申せば、そういうことじゃ」
「えーと、それじゃ、パパのは?」

 藍滌のナイフとフォークを持つ手が慄えた。
 美貌の表情が、嫌なものを見た様に歪む。

「おお…、モナミ…。パパンの事を忘れていたぞよ。しかし、モナミのパパンは…」

 花凰はにっこり笑って、藍滌御手製の外出用の可愛い鞄の中から小さな包みを取り出した。

「パパから藍ちゃまへのおみやです…」
「ほっ? 珍しい事もあるもの。あやつがこのわたしに土産とな! 明日は雨なぞ降らねばよいがの…」

 藍滌は訝しげに包みを開いた。

「おおっ! これはこれは…。そういえば、ウィーンから帰ってきたのじゃったな?」

 小さなヘレンドのボンボン入れの中に、麗しの皇妃エリザベートがこよなく愛した菫の花弁の砂糖漬けが入っている。
 藍滌もお気に入りの店、カフェ・ゲルストナーで調達してきた様子であった。

〔あの男にしては、なかなか粋な手土産ではないか?!〕

 藍滌はふっと微笑みながら菫の花弁を口に含んだ。
 甘い芳香が口一杯に広がり、ヨーロッパが懐かしくなる。

「で、ママンはパパンの御世話でお忙しいのじゃな?」

「えーと、花凰がいってきますのあいさつをおへやにしにいったら、パパはすっぽんぽんでママのエプロンをぬがしていたの。じさぼけだから、ママとおふろにいっしょにはいって、いまからおねむだそうなの?! んーと、花凰が藍ちゃまのとこいくっていったら、いつもう〜っておかおするのに、きょうはゆっくりしてきていいぞっていってくれたの!!!」

 ち〜〜〜ん…。

 呉藍滌は頭痛のする額をそっと押さえた。

〔帰国早々何をやっているのだ、あの男は! おお、可哀想なマ・ベル、美凰…。美女と野獣とはまさにあの夫婦の為にある言葉…。結局、山猿の頭の中にはソレしかないのかぇ?〕

 折角、見直してやったのに…、何という事だろう。
 今頃、誘惑の焼き林檎そのものである美貌の若妻は、時差ぼけのふりをした狼の莫迦夫に丸齧りされているのだ。
 藍滌の心は複雑であった…。
 しかしである。
 藍滌は考え直した。

〔しかしまあ、そのおかげで今日はこのマ・アンジェリークと長い時を共に過ごせるのだね〜〕

 見ると花凰はにこにこ顔で、テーブルの上のお菓子たちをじっと見つめている。
 藍滌の合図を待っているのだ。
 美貌の顔がくつくつ笑い、高い小鼻を顰めた藍滌は、白い掌を花凰に向かって差し出した。

「ボナペティ! マ・プティット!」

 ロココの女王?!の優雅なフランス語を合図に、恋人たち?!は、嬉しそうに美凰の御手製の焼き林檎にぱくついた。
 菫の砂糖漬けの香りも甘やかな、中庭でのお茶会。
 秋も深まる穏やかな土曜日の昼下がりであった…。

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