今夜はもう、何度目の行為なのだろう。
「んっ…」
こらえきれず、声が漏れた。
終焉間近の臥台の中で、わたくしは後ろから貫かれていた。
一糸纏わぬ格好で、四つん這いに組み敷かれている。
閨房の中では、何を求められても拒まずに従った。
この一年の間に教わった通り、どんなに恥ずかしい姿勢も殆ど拒まない。
ただ恭弥さまが密かに望む、心から快楽に満ちた声だけは決してあげない。
恭弥さまから与えられる途方もない快感に屈服しても、淫らな声の一角に『これは自分の意思ではない』という韻を必ず含める。
たとえそれで恭弥さまの気分を損なうことになり、その冷たい怒りが自分の身に跳ね返ってくることになったとしてもだ。
「あっ…」
いつも以上の執拗さに、四肢は疲労困憊だった。
この十日の間、恭弥さまはわたくし以外にお囲いと聞き及ぶ、三人の女人方の元へお出ましにならなかったのだろうか?
急死なさった美馬侯爵さまの妾宅から拉致同然にこの座敷牢に連れてこられ、わたくしが恭弥さまに囲われる身となってから一年が過ぎた。
広大なご本宅の離れに設置された三間続きの座敷牢。
出入口や窓、天井に至るまですべて頑丈な木製の格子で固められたこの部屋は、わたくしの逃亡を阻んでいるのだ。
〔逃亡なんか…、しないのに…〕
恭弥さまのお言葉通りなら、裏切り者への復讐心を満たされた後は、いずれ苦界へ堕とされるのであろうわたくしなのだから。
今更逃亡したとて、あの時貞操を引き換えに守った筈の恭弥さまからは憎悪の対象とされ、家族は離散して行方も知らない。
寄る辺ない身の上を、一体どこに向かわせればよいというのだろう。
わたくしはここに飼われ、いずれ来る別れの時をただじっと待ち続けているだけ。
どんなに愛し続けても、報われる事のない想いだけを心に秘めて…。
強い意志が崩れそうになり、わたくしは唇を噛み締めて口元を手で覆う。
柔らかな羽根布団に顔をおしつけられ、後ろから揺さぶられているのは辛い。
背後にいる恭弥さまは、冷たい視線でわたくしを見おろしているのだろう。
物のように扱われている…。
それでいい筈なのに、背中に寒々しい空気が這い、身体の芯が冷えていく様な心地がする。
『家族の為って言い訳を僕が聞くとでも思っているの? 死を恐れて金に眼が眩んだ君は僕との誓いを破って貞操を捨てた。裏切り者は一生許さないよ! 君の様な尻の軽い売女なんか愛さない! 美馬の叔父に開拓された淫乱な身体で精一杯僕を楽しませなよ! 僕を退屈させたら即刻吉原(なか)に叩き売るからね!』
『……』
一年前のあの日、陵辱同然に組み伏せられた時に吐きかけられた罵りの言葉を思い出して、懸命に快楽を遠のかせるものの、今夜の恭弥さまには無駄な抵抗に等しかった。
だんだんと肘が痺れて、身を支えているのが難しくなる。
それなのに責めはますます激しくなった。
腰を打ちつけられる衝撃に耐え、声もなく歔欷いた。
つと動きを止めた恭弥さまが、わたくしの背に折り重なってくる。
その温もりにぞくりとなった。
〔いやっ! もっと物のように扱って! 優しくされるのは…、絶対にいやっ!〕
願いも虚しく、わたくしの脇に右腕を突いた恭弥さまはぴたりと肌を合わせてきた。
わたくしは恭弥さまの下で小刻みに顫えた。
敏感な恭弥さまは、当然気がついたのだろう。
乱れたわたくしの髪を掻き分け、滑らかな項に顔を寄せてくる。
右腕で身体を支えながら、左手をわたくしの顔に伸ばしてくる。
大きく無骨な手がわたくしの顎を捉え、喘いでいる唇を割った。
そんなことをされたら、堪えきれなくなってしまう…。
「あっ…、お、お許し…」
「……」
嫌々と頸を振って逃れようとした瞬間、ぞくぞくと身体の奥に濡れたものが広がった。
恭弥さまの声ならぬ声が耳朶を這い、荒い息が吹きかかる。
わたくしの中が恭弥さまを烈しく締めつけて、恭弥さまの離すまいと蠢いているのが解った。
「本当に…、素晴らしい…、締り具合だよ…。十日の休養は…、君のここをより一層…、味わい深くしてくれたらしいね?」
「……」
快楽に罰を与える様に恭弥さまは再び、逞しく滾ったものでわたくしの中を突き上げ始めた。
わたくしの肌はますます敏感になってゆく。
夢中で喉を締めて声を殺そうとしたが、意地の悪い器用な指で舌を弄られ、ぬるぬると口腔をかき回されて、次第に何も考えられなくなってしまった…。
「あっ、あっ! だめっ…」
わたくしの秘肉が膨張した恭弥さまの肉をきつく絞る。
いつも通り、恭弥さまを満足させる恐ろしいまでの収縮力。
目の前で白く何かが弾けた。
「だめぇ…、んっ、あっ…、あんっ…、んっ…」
目を瞑り、その感覚を早くどこかへ追いやろうと懸命に息を詰める。
わたくしが懸命に耐えている間にも、恭弥さまは容赦なく隙間なく繋がっている箇所を穿ち続け、ようよう花園の深奥に熱い迸りを吐き出した。
暫くの間、身体を重ね合ったまま、身じろぎもしなかった。
口をこじ開けていた手がそっと引かれ、大きく揺れている肩を後ろから抱かれる。
力尽きて崩れ折れると、恭弥さまはわたくしの上に覆い被さってきた…。
十日ぶりに同衾する恭弥さまの様子は、普段とは違っていた。
わたくしを抱く恭弥さまは、常に余裕と高飛車な態度を崩さないというのに今はそれがない。
まるで突進してくるかの様に求められ、わたくしは呆然とするしかなかった。
「んっ! ん…、ん…」
烈しいくちづけは全てを奪うかの様で、華奢なのに力強いその腕は絞める様にわたくしを抱き、その指は痛い程に肌に食い込んでくる。
露わな胸に強く咬みつかれ、激痛と共に血が滴り、恭弥さまの歯形が残った。
わたくしは久方ぶりに、愛する男性に恐怖を覚えた。
一年前に無理矢理恭弥さまの囲いものとされて…、ただ陵辱されて痛いだけの責め苦の行為を思い出した…。
〔こんな、感情的になっていらっしゃる恭弥さまは初めて見る…。一体、何があったのだろう…〕
いくら考えても解らなかった。
「う、あ…、ふ、ぅっ…」
怖くて、抵抗することすら出来ない。
眉間に皺を寄せて激怒を隠そうともしない恭弥さまは、黙々とわたくしを抱いている。
苦しさに胸が潰れそうになる。
食べられるかの様に全身を啄まれ、性急に恭弥さまがわたくしの中へと押し入ってきた。
事後で夥しく濡れたといえ、一度始末をした後の秘処にただでさえ巨きい恭弥さまのものをいきなりねじ込まれても苦痛でしかない。
「ひぁぅっ! ひぅっ…、うっ、っく…」
恐ろしいまでの蹂躙に口から悲鳴が漏れ、眸からは涙が零れた。
こんなに苦しくて痛い行為は早く終わってくれればいいのに…。
その思いが通じたのか、恭弥さまが果てるのは信じられないくらい早かった。
烈しく呻いてわたくしの中に精を吐き出すと、そのまま胸の上に覆い被さってくる。
わたくしはほっとして、恭弥さまが自分から離れていく時を待った。
だがその時は訪れず、わたくしの中にあったままのものが力を漲らせると、再び烈しく責め立てられた。
「うぁ…、あぅっ! ぐっ…」
心地良さは欠片もなく、ただ力でねじ伏せられるだけの行為はわたくしの心を虚しくさせる。
ただ犯され、陵辱される。
責め苦は深夜にまで及んだ…。
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