君しか見えない 4
 嫉妬と狂愛を否定し続ける雲雀の自我は、ディーノの愛妾としてこの家で艶やかに咲き続けていたと思しき美凰を見た瞬間、恐ろしい悪魔と化してしまった。
 欲望が爆発して抑制を忘れてしまった雲雀は、客間で恐る恐る自分に対して茶菓の饗応をしていた美凰を押し倒し、混乱して拒絶反応を見せる彼女の頬に何度か平手を食らわせて、意識が朦朧となった所で乱暴に帯を解き、裾を捲り上げた。
 美凰はその場で、行きずりの娼妓以下の扱いで雲雀に犯された…。



 苦しげな呻き声が真昼の客間内に響き渡る…。
 漆黒の喪服は乱暴に引き裂かれて襤褸と化し、無残に陵辱された証が真珠の裸身のそこかしこに露に曝されている。
 媚薬が効き始めるまで、万が一にも舌を咬みきったりしないようにと美凰の口に彼女が先程手放した汕頭刺繍の手巾を捻じ込んだのは、僅かに残っていた雲雀の理性であった。

「う、ううっ…、んんっ」

 口を塞がれ、息苦しさに眉を顰めながらも、美凰は雲雀の為すがままに彼の行為を受け入れていた…。

〔二度と…、二度と他の男に触らせたりするものか! 僕が君に囚われているんじゃない! 君が僕に囚われているんだ! 君が僕のものなんだ! その事をたっぷり思い知らせてやる!〕

 雲雀は剥き出しにした美凰の腰を掴み、欲望を打ちつける。
 手巾を押し込まれて言葉を発する事も出来ない美凰の口から、くぐもった嬌声があがる。
 自分を掻き乱すものが陵辱の証であったとしても、美凰は繰り出される快感に酔い痴れた。
 自ら貪欲に腰を蠢動してより深い悦びを味わおうとする美凰の痴態に、雲雀は更に狂った。

「この淫乱め! …、いいのかい?! いいんだろう? 美凰!」
「っんん! ぐっ! ふっ! うぅっ…」

 花園の締めつけが強くなり、雲雀の口から小さな呻き声があがった。

「ああっ! くっ!」

 雲雀は一層、下腹部を蠢かせて膨張した欲情を美凰の中に送り込む。

「ふぐぅっ…」

 肌のぶつかり合う音が大きく響く中、やがて一際高い呻き声があがり、抱えあげられた脚を顫わせながら女体は達した。

「くっ…、美凰っ!」

 二度三度、腰を強く旋回させた雲雀は美凰の中に二度目の欲望を放った…。



「恭弥様…」
「……」
「恭弥様…、どうかお願いです!」
「煩い! あっちへ行きなよ!」

 草壁は叱責を承知で、襖越しに声をかけた。

「どうか奥の寝室へ! これでは表や庭で待たせている者達に筒抜けです。護衛も侭なりません」
「すっこんでろ! 護衛なんかいらない!」
「……」

 快楽を極めて美凰から一旦離れた雲雀は呆然とその場に座り込んだまま、男の欲望に塗れて身をくねらせている半裸の女を見つめていた。
 二年もの間、夢想し続けた唯一人の女。
 想像以上に美しく、なまめかしく成熟したその姿態に身体中の血が騒ぐ。
 自らの分身が、納まるべき場所を求めて疼くのだ。
 猛りは静まらない…。

〔この女は毒だ! 毒婦だ! 鴉片中毒の様に僕を惑わし、離れ難くしている…〕

「そのようなお姿を誰かに見られでもすれば…、雲雀家の…、いいえ、恭弥様ご自身の名誉にかかわります! それに…、それに本日は美凰様のご処遇についてお話を…」

 その言葉にかっとなった雲雀は、思わず背後の襖をどんっと殴りつけた。

「黙りなよっ! 美凰は僕の…、この僕のものだっ!」
「恭弥様!」
「黙れっ!」
「……」
「黙れ…。誰であろうと、美凰の名を口にする事は許さないよ!」
「…、恭弥様…」
「美凰の名を呼んでいいのは…、僕だけだ…」

 雲雀が否定し続けている彼の心の内を一番よく知っているのは、もっとも雲雀の傍にいて、彼の美凰に対する固執を目の当たりにし続けていた執事の草壁である。
 彼は眼を伏せ、襖の向こうで項垂れた。

「失礼致しました…。以後、気をつけます…」
「……」

 心を落ち着けようと肩で息をしていた雲雀は簡単に身づくろいをし、ぐったりとしている美凰の傍に寄ると彼女の口から手巾を抜き取って、露わになった真珠の肌を覆い隠す様にその身体を抱き上げた。

「…、草壁…、寝室は…、何処?」

 草壁はほっとした様子で襖を開けると、雲雀と彼が抱きあげている美凰の方を見ない様にして二人を寝室へと導いた。
 ほんの一ヶ月前まで、憎むべき叔父が美凰を寵愛する際に使用していた閨へと…。


「こちらの奥です。周辺の護衛は全て遠ざけておりますので…」

 その言葉に雲雀は悪態をついた。

「はっ! 僕から遠ざけていて護衛の仕事を全うしていると思えないね!」
「現状の場合は致し方なきことかと…。我々は恭弥様の護衛であって、覗き屋ではありません…」
「……」

 そうして白昼堂々、若き公爵雲雀恭弥は叔父がニ年の間、片時も離さずにいた嘗ての恋人を取り戻すべく、めくるめく愛欲の世界に足を踏み入れた…。

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