君しか見えない 1
 愛する美凰を叔父に奪われ、彼女の裏切りがはっきりした後、僕は三人の若い妾を同時に持った。
 もう名前も覚えていない。
 僕の閨に侍らせるにあたり、三人には改名をさせた。
“ミホ”と…。


 自分の莫迦さ加減に呆れかえってしまう。
 僕を裏切り、僕の愛に泥を投げつけた女の名に改名させてしまうなんて…。
 でもどうしても…、他の名を持つ女を抱きたくはなかった。
 数名の候補の中で三人を選んだのは僕自身だった。
 ひとりは目許と指先が美凰に似ていた。
 ひとりは身体つきと肌の色が美凰に似ていた。
 そしてひとりは口許と髪の美しさ、それに声が美凰に似ていた。
 声が似ている女にだけ、特別に僕の名前を呼ぶことを許可した。

『今夜から僕の名を呼びなよ…、ミホ…』
『恭弥さま…』

 ミホは殊の外、嬉しそうだった。
 自分だけは、他の女とは違う立場を手に入れたと思ったらしい。
 随分と素直な反応ではないか。
 そう思ったものの、二年の間に僕が三人の内のいずれにも心を奪われないでいたのは明白であった。


 三人の女を満遍なく性欲処理に利用する。
 決してどの女にも心を傾けぬ様に、僕は細心の注意を払って女達をいがみ合わせ、醜い要素を常に僕の前にさらけ出させることを心がけた。
 そして思惑通り、黙っていれば美しい女達ばかりなのに、僕がその野心に気づかぬと思っているのか、それぞれに他方の二人を激しく罵り、足の引っ張り合いを繰り返し続けていた。
 妾とはいえ矜持を持った女であれば、僕の処遇は耐えきれぬ扱いであろう。
 鋭い女の勘でそれに気づいていた三人の若い妾は、僕の寵を一身に集めるべく必死になって僕を歓待し続けた。
 自分が僕にとって一番の女になる為に…。
 必死になって、無駄な努力を重ね続けていたのだ…。

『あ…! んっ、はっ! あっ、き、恭弥さまぁ…』
『……』

 女の甘ったるい嬌声が響きわたる。
 しなやかで柔らかい身体。
 誘うような甘い香。
 艶やかな紅をたっぷり含んだ挑発的な唇。
 ミホは白い褥の上で、快楽に乱れていた。
 身悶えるその女を、僕は冷めた眼で見下ろしていた。

『あっ、あ! 恭弥さまぁ…、んっ…』

 切なげに、しかしどこか恍惚とした女を抱きながらも、裏腹に僕の心は冷えていた。
 次第と萎えていく自分を自覚する。
 組み敷く女に対し、感じる事の出来ない欲情。
 ただ溜まった己の熱を吐き出し静める為だけのこの行為は、満たされない虚しさと苛立ちとを僕に積もらせる。

『んっ…、あんっ!』

 僕は目蓋を閉じた。
 脳裏に、今抱いている女とは違う姿が浮かぶ。
 ただひたすらに焦がれ、飢える程に求める一人の女。
 その肌に触れ、手指を、唇を滑らせたいと心から焦がれるただ一人の女。
 抱きたいと、熱く激しく貫きたいと思うのもその女だけ。
 眼下で悶える女を余所に、僕は頭の中で想像を巡らせる事に集中しだした。
 別れの時から二年近くが過ぎ、彼女は十二月に十八歳となった。
 さぞかし美しく成長していることであろう。
 その肌に唇を寄せることを脳裏に思い浮かべる。
 その肌を、唇で、舌で辿れば、どれ程に甘いのだろうか。



 仏蘭西から取り寄せていた極上の葡萄酒が三日前に到着した。
 僕の計画をいよいよ実行する時がやってきたのだ。
 僕を裏切った女をどんな風に仕置きしてやろうか?
 そして僕の心をどん底へ陥れた二人の男をどんな風に料理してやろうか?
 その瞬間を妄想するだけで、僕の全身が恍惚とする。
 僕の身体は、次第に冷えかけた熱を取り戻し始めた。

『あっ、あん! ん、あ、すごっ…』

 性急になった僕の律動に、ミホが高い声を上げる。
 けれど僕には、眼下で喘ぎ悶えている女のことなど頭になかった。
 僕の脳裡に、淫らで卑猥な想像が膨らんでゆく。
 焦がれて焦がれて、気が触れそうな程にひたすら想い続けた女。
 同時に絞め殺してしまいたい程の憎しみを抱く女。
 手籠めにも等しいやり方で彼女の処女を奪った時同様、いやそれ以上に乱暴で恥辱に満ちた行為によって、僕を裏切った美凰に制裁を加えるのだ。
 きっと怖がって、泣いて嫌がるに違いない。
 暴れる身体を組み敷いて、押さえつける。
 着物を裂いて無理矢理脚を開かせれば、その花の様な顔は恐怖に歪むだろう。
 大声をあげるであろう唇を、咬みつくようなくちづけで塞いで…。
 懐かしい温かな胎内は、どれ程に熱く柔らかく、そして僕を締めつけてくれるのだろう…。
 代わりにもならない肉欲を満たす道具であるのみの女を穿ちながら、僕の夢想は続く。


 抱きたいのは、ただ一人の女。
 僕にとってこの世界唯一の“女”
 もう何年になるだろう。
 彼女を思うだけで欲情してしまえる自分に、彼女との肉の交わりを想像するだけで興奮してしまえる自分に、僕は心底笑えてしまう。
 虚しく情けないことだと知りつつも、僕は自分を夢想を止められない。
 彼女さえ手に入るなら、何をしたっていい。
 彼女だけ。
 欲しいのは、彼女だけだ。


 僕は再び、思考を己の都合の言い様に沈めた。
 頭の中で何度となく繰り返した夢想。
 恥辱に上気した頬に、涙に濡れた瞳。
 嫌がって恥じらいながらも快感に喘ぐ、切なげな花顔。
 穿つ度に洩れるだろう苦しげな甘い吐息。
 そしてイくその瞬間の、蕩ける様な感触…。
 ひどく興奮を掻き立てる、淫らで不健全な妄想…。

『ああっ! はっ、あん! あぁぁぁんっ! 恭弥さまぁ、んっ!』

 その時、僕の妄執は甲高いミホの声に邪魔をされた。

『あっ、あ!』

 完全に己の一人遊びに耽っていた僕は、想像とは違う声に邪魔されたことが不愉快であった。

『駄目だよ! 君は声だけが取り得の女だと思っていたのに…、ちっとも似てないじゃないか! 僕と美凰の間を邪魔しないでよね…』

 煩いと言わんばかりにばかりに、僕は眼下の女の口を片手で塞いだ。

『似てるって思ったのはやっぱり幻聴だったのかな? 聴きたいのは…、君の声じゃないよ…』
『んんっ!? んっ、ん!』

 女は突然口を塞がれた事に驚きを見せるが、しかしそういう遊びだとでも思ったのか、特に抵抗する様子もなく、されるがままになっていた。

『黙ってなよ! 二度と変な声ださないで…』

 そして再び、僕はもう何度なく繰り返す己の妄想の世界に浸っていった…。

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