並盛Romance 26
 騒然とする病室内に響き渡ったバリトンボイスの持ち主は、雲雀くんの二十年後?みたいな姿の格好いい紳士だった…。

「恭弥、その物騒なものをしまいなさい」
「父さん…」
「千鳥は雲雀家の将来とわたしの気持ちを考え、よかれと思って行動したのだ。彼女に手を上げることはわたしが赦さない」
「……」

 呆然としている雲雀くんを尻目に、おそらく彼の父親なのであろう綺麗な紳士は、涙ぐんで顫えている千鳥さんの細い肩をぽんぽんと労わる様にたたくと、わたしの前に歩み寄った。

「初めまして。わたしは恭弥の父で、雲雀隆弥といいます」
「初めまして…、花總、美凰です…」
「この度は息子が騒動を起こして君に怪我をさせたとのこと、大変に申し訳なく思ってます」

 鋭く射抜く様にわたしを見つめる眼差しは、作り笑いの面とは対照的にひどく冷たい。
 蒼くなった草壁くんに促され、むすっと不機嫌な様子でトンファーをしまう冷たい表情の雲雀くん、安堵した様子で雲雀くんの父親を見つめる千鳥さんの柔らかな眼差し、そして生まれながらに権力と財力を持つ者独特の冷たい覇気を漂わせてわたしを見る雲雀くんの父親…。
 先程読んでいた宮嶋先生の資料の内容を思い出し、ここにいる身勝手な人達の姿を重ね合わせたわたしは、気分の悪さに思わず顔を歪めた。

「昨夜、息子から色々聞きました。今更何を申し上げても、なにせ六年も前の事。この金は息子が君に乱暴を働いた一件に関する事と、今回の傷害に対する雲雀家からのお詫びだと思って受け取って貰えませんか?」
「…、お詫び…、ですか?」
「そうだよ」

 雲雀隆弥氏はそう言うとにっこり微笑んだ。
 大抵の女性がころりと参ってしまいそうな程、それは美しい作り笑顔だった。

「父さん! やめてよ! 話が違うだろ!」

 雲雀くんの怒声が病室内に響き渡った。

「黙りなさい」
「僕は僕の過ちをすべて話した上で言ったよね! 美凰を愛してる、彼女と結婚したいって!」
「恭弥!」
「父さん昨日、僕の気持ちはよく解ったからって言ってくれたよね?! なのにさっきの茉莉って女はなんなの?! 僕と結婚するって気持ち悪いこと言ってたけど、僕の知らない所で一体何を画策してるのさ!」
「坊ちゃま、それは…」
「千鳥は黙ってよ! 僕は父さんに聞いてるんだよっ!」

 唐突過ぎる“結婚”という言葉に呆然と雲雀くんをみていたわたしを尻目に、雲雀氏は興奮している息子にゆっくりと視線を向けた。

「恭弥、いい加減にしなさい。結婚なんて軽々しく口に出すものじゃない。お前はわたしの跡を継いで雲雀家の当主となる人間なんだよ」
「それが何だっていうの! 家を継ぐのと美凰との結婚に一体何の関係があるっていうのさ!」
「お前の結婚相手は既に決まっている。容姿も性質も雲雀家の嫁に相応しい良家の家柄の娘だ。一介の小説家などとはわけが違う」
「…、父さん…」
「このお嬢さんは確かに綺麗だ。お前が心惹かれるのも解る。この若さで尚木賞を受賞したというのだから、当然、一流の才能を持っているのだろう。だから今、お前の遊びを否定したりはしないよ」
「…、遊び?」
「そうだよ。恋愛に逆上せあがるのは若さの特権だからね。でも結婚と恋愛を混同してはいけない。そんなのは父さんだけで充分だ。お前には父さんの様な間違いを犯して欲しくないんだよ」
「……」
「いずれ別れが来ることを理解しての、短いお付き合いをお願いしているんだ。この金にはその意味も込められている…」

 そう言って雲雀氏は再びわたしに眼を向けた。

「君は恭弥とは違う。解って貰えますね?」

 息子と違って物分りはいいだろうという意味なのか、雲雀くんとは身分が違うのだから弁えろという意味なのか、どちらにも取れる言葉であり、両方の意味を備えているに違いなかった。
 自信満々な態度の雲雀隆弥に向かい、だがわたしは冷静に一刀両断でたたみかけた。

「いやもう、全っ然解らないんですけど?」
「?!」



 わたしのぶっきらぼうな言葉に病室内はし〜んとなった。
 時間が止まったかの様に唖然としている雲雀隆弥氏と千鳥さん。
 同じ様に固まってしまっている雲雀くん。
 蒼い顔をしておろおろとしている草壁くん。
 風呂敷包みの札束を雲雀氏の前に押し返す、さかさかという音によって一瞬の静寂は解き放たれた。

「とにかく、この気持ち悪いお金は持って帰って戴けませんか?」
「ほう…。この額では足りないと?」

 かちんと来る物言いだが、冷静さを失っては相手の思う壺だ。
 わたしは肩を竦めた。

「お金は嫌いじゃありません。でもこれを受け取る理由がないからいりません。お金で計れるものじゃないけれど、わたしなんかより本当のお詫びの意味でこれを渡してあげなくちゃならない人が、他にいるっていうことに、貴方が気づけていないのは不幸ですね?」
「君…」

 雲雀氏のこめかみに怒りの筋が浮き上がる。
 よしよし。
 冷静さを欠いた瞬間から、勝負は決まり始めるのだよ、ワトソン君。
 わたしは食い入る様にこちらを見つめている雲雀くんに眼を向けた。

「雲雀くん」
「……」
「さっきの千鳥さんとのお話、どこまで聞いてたの?」
「…、君の曾祖母さんが侮辱されてる所くらいから…」
「そっか…。雲雀くんもわたしの曾祖母ちゃんのこと、そんな風に思ってる?」

 わたしの言葉に雲雀くんは驚いた様子で、つかつかとこちらに近づいてきた。

「思ってる筈ないでしょ! 言ったよね、君が好きだって! 色々あったけど、僕はずっと君が好きで、君も僕を…」
「わたし、雲雀くんのこと“好き”ってお返事してないよ? なのにどうしていきなり“結婚”話にまで飛躍するの? 身勝手なことを言ってお父さんや千鳥さんを困らせるの?」
「美凰…」

 わたしの言葉に雲雀氏と千鳥さんが唖然とした表情になって、切羽詰った様子の雲雀くんを見つめた。

「最後まで聞いていたんなら、これも聞いたよね? しでかした過ちを碌に謝罪もせず、自分の都合や気持ちばかり押しつけてくる人のことを受け入れる勇気と寛大さなんて…、今のわたしにはないって…」
「美凰…」

 わたしは普段の倣岸さのかけらすら見当たらない青褪めた雲雀くんの顔から、視線を彼の父親に戻した。

「言いたいことを言わせて貰っていいですか? 雲雀くんも含めて、あなた方には聞く義務があると思います」
「…、どんなことだね?」

 わたしはリクライニングベッドの背もたれに身をもたせかけ、ふぅっと吐息をついた。

「雲雀くんのことを襲ったという貴方の元奥さん、どうしておいでかご存知ですか?」

 途端に雲雀隆弥は、穢いものをみる目つきでわたしを凝視した。

「あんな女のことなど、思い出したくもない! 第一、君には関係ないだろう!」
「興味もないんですか?」
「君に何が解るっ! あのあばずれがわたしの大切な息子に何をしたか…」
「今は存知あげていますよ。そのせいでわたしが雲雀くんに“強姦”されたこともね」

 わたしのストレートな言葉に固まる大人達。
 そして雲雀くん…。
 何も知らなかったらしい草壁くんだけが、信じられないとばかりにぽかんとなって、雲雀くんとわたしの顔を交互に見つめていた。

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