並盛Romance 20
 やむを得ない事情により、伝説の山本武屋上ダイブならぬ階段ダイブを繰り広げたわたしは、日頃の運動不足が祟ったのか、生まれて初めて“骨折”という怪我に遭遇し、並盛中央病院に運ばれた…。



私『いっだーいっ! さ、触んないでくださっ! があぁぁぁっ!』
雲『ちょっ、院長! 美凰が痛がってるだろっ! 何してるのさっ!』
院『も、申し訳ありませんっ! で、ですが少し我慢して戴きませんと、きちんと固定が…』
雲『莫迦っ! もういいよっ! 全体的に下手っ! 僕がやる方がよっぽど上手いからっ!』
院『ヒ、ヒバリ様、ちょっ、お待ちくださ…』
私『ぎゃあぁぁぁっ! 雲雀くんの莫迦っ! 触んないでよっ! もういいよっ! 次触ったら本当に咬み殺すんだからっ!』
雲『それ僕の科白だろっ! こっちは君の事、心底心配だってのにさ! 煩いんだよ、美凰の莫迦っ!』
院『……』 

 奥さんのお産に無理矢理くっついてきた余計なお世話様の夫みたいにガミガミしている雲雀くんの熱烈な(脅しというかガン飛ばしというか…)トンファー炸裂指導の下、瞬く間に院長先生の適切な治療を受けたわたしは精も根も尽き果ててVIP室に運ばれ、そのまま入院させられてしまった。
 金曜日の夜のことだった…。


 痛み止めと鎮静剤を点滴に混ぜられていたせいか、治療が終わった途端に瞬く間に睡魔に襲われたわたしの目の前で言い争いの声が聞こえる。

〔雲雀くんの声、みたいなんだけどなぁ…〕

 なんだろうと眼を開けて見ると、ピンク色の携帯を耳に当てて何か怒鳴っている雲雀くんの姿が霞む視界に映った。

「恭さん、もう少し声を抑えて…。ここは病院内ですから、それに…、花總が眼を覚まします!」
「煩いよ、哲! それから貴女、何言ってるのっ! 美凰は怪我してるってのに“原稿”の事なんかどうでもいいでしょ!」

 喧々囂々と話している言葉の中に“原稿”と言う単語とストラップの色が剥げかけのマンボウに、使用しているのはわたしの携帯だと自覚する。

「あっ…、ひばりく…、それって、伊達さん?」
「恭さんっ! 花總が!」
「美凰っ、大丈夫っ?! ごめんね、起こしちゃって…」

 こちらに寄ってきた雲雀くんの手にある携帯から聞きなれた女性の声が『もしもしっ! もしも〜しっ!』と繰り返される。

「伊達さんでしょ? 今日、夕飯の約束してたんだ…。ごめ…、携帯貸して…」
「出なくていいよ! 僕がちゃんと断ったからっ!」
「いいから貸して頂戴…」
「……」

 雲雀くんは渋々という風にわたしに携帯を貸してくれた。

「もしも…」
『天音センセッ?! 怪我したって伺いましたけど?! ああもう〜 頭と手は大丈夫ですよねっ?! 使い物にならないなんて事になってませんよねっ?!』
「…、まあ、一応…」

 第一声がそれとはなかなか切ないものだが、まあ確かにそこが無事なら伊達さんの要望はとりあえず満たせるわけなのでスルーする。

『もう吃驚しましたよおぉぉぉ〜! 時間になっても学校を出ていらっしゃらないし…、お電話したらなんかものっそいタカピーなさっきの男がセンセは怪我したって…、その男何者っすか?! センセの彼氏?! 後で写メ送ってくださいよ! 呪うから!』

 ちゃうちゃうちゃうっ!
 思わず出てしまう関西弁。
 六年近く居住していたのだから、当然のことだと思う。
 寧ろ余り染まりきれなかったのが自分でも吃驚だったけど…。

「い、いえいえ…、呪わなくても彼氏とかじゃないですから…。ま、それはいいとして、と、とりあえず原稿はデータ送信してますから、なんか細かい打ち合わせがありましたら、またお電話戴けます?」

 心底疲れきっているムードが漂うわたしの声に、伊達さんのトーンも幾分下がった。

『…。瀕死の重傷とかでしたらダッシュで駆けつけますけど、足の骨折でしたら今の時間からお邪魔するのは失礼に当たりますから、明日の午後にでも伺わせて戴きますね。事情はその時にでも…』
「ええ、すみません…」
『まずはお大事になさってください!』
「有難うございます。あ、伊達さん…」
『なんです?』
「今日の約束は“快気祝い”に伸ばして…。わたし、ご馳走絶対食べるし…」

 受話器の向こうからくすくす笑う声が聞こえてくる。

『怪我しても食い意地だけは相変わらずですね? 解りましたよ! では…』

 切れた携帯をじっと見つめていたわたしの手から、雲雀くんがそれを取り上げた。

「なんて喧しい女なの! 君、担当替えるべきだと思うよ?」
「伊達さんはいい人だよ。わたしは…、満足してるから…」
「……」
「それより…、ねむい…」

 そう呟いた後は、薬が効き過ぎているせいなのか、すぐに夢の中だった。


 次に眼を開けると、白い天井が一番に視界に飛び込んできた。
 室内はとても明るく、翌日の朝になってしまったということをわたしに悟らせた。
 ということは、今日は土曜日か?!

「目が覚めた?」
「ふぇ? あ…、ひ、雲雀く…」

 すぐ傍の椅子に腰掛けていたらしい雲雀くんの姿が、首を擡げたわたしの眼に映った。

「えっと…、ずっと付き添っていてくれたの?」
「うん。君、一人暮らしでしょ。家族いないし、僕と…、鬱陶しいんだけど宮嶋センセが一緒に…。センセは子どもが熱出したからって電話があって一旦帰ったんだよ。奥さんに君の着替えとか用意させてまた来るからって…」
「そう…、なんだ…」
「…、気分はどう?」

 色々なことが一気に思い出される。
 何度か瞬きをして生唾を飲み込んだわたしは、むっつりと呟いた。

「最悪…。骨折だなんて、もうたまんないよ…」
「ごめん…。僕のせいだね」
「えっ?」

 こちらを向いている雲雀くんの綺麗な顔には、深い悔恨の色が浮かんでいた。

「僕は君のこととなると、どうしてか欲深になるみたいだ。焦らなくたって、君は何処にもいなくなったりしないのに。哲の事だって、心の中では解っていた筈なのにね。それでも…」
「…、怪我は雲雀くんのせいじゃないよ。単にわたしがどんくさかっただけだし。それに…、草壁くんのこと、誤解だって解ってくれたんならそれでいいよ」
「……」
「でも…」

 キスの件は別の話だと言いかけたわたしを、雲雀くんは遮った。

「僕がこれから言う事…、お願いだから黙って聞いてて欲しい」
「……」


 真摯な眼をした彼がぽつりぽつりとわたしに対して告白した話は、まさに驚天動地の内容だった…。
 六年経って、漸く解った雲雀くんの奇怪な行動の理由…。
 幼い頃に母親が亡くなっていた彼を育てたのは、乳母の千鳥さん夫婦。
 今は良好な関係を築けているが、当時の彼の父親は女遊びが絶えず、一人の女性を後妻に迎え入れたものの、十二歳の…、あのわたし達の運命の日の前日、つまり水族館へデートした日に彼女に無理矢理襲われて、精神的におかしくなってしまっていたこと。
 そのせいでわたしを衝動的に襲ったこと。
 そしてわたしが転校してからはずっと、刹那的に異性と性交渉をし続けていたということ。

〔宮嶋先生の観察は的を得ていたということね…〕

 そして全てを話し終えた後、呆然として何も言えないでいるわたしに対して雲雀くんは宣言した。

「君がこの並盛に帰ってくると知ったから、あの女と手を切ったんだ。偶然目撃されてしまったのは、本当に不覚だったけど…。僕は…、この六年間ずっと君の事を想い続けていた。追い続けていた。忘れてしまおうと思ったこともあった。でも、忘れられなかった…。ずっとずっと…、僕は君が好きだ…」

_20/43
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