並盛Romance 19
「美凰っ! 待ってっ!」

 風紀を乱すものとして、廊下を走る生徒を片っ端から粛清している委員長自らが違反をし、なんか物凄く必死の形相でわたしの名前を叫びながらこちらに向かって走ってくる雲雀くん…。

「おーっ! 花總〜! 学祭のことでちょいお前さんに相談があってさぁ〜、今から悪の巣窟をご訪問しようと思ってたんだぜぇ〜ぃ! そんな地べたに座り込んでどしたぁ〜? 年頃の娘がケツ冷やすのはよくねぇーんじゃねぇかと、センセーは思うんだけど?!」

 そして階下の踊り場から、いつもの様にへらへらした顔でわたしに笑いかけながら階段を昇ろうとしている担任の宮嶋氏。
 とりあえず迫ってくる雲雀くんから逃れたいばかりに、息を整えながら立ち上がったわたしを不意の立ちくらみが襲った。
 そして、一歩踏み外した足は空を切る…。
 つまり、わたしは階段で足を踏み外してしまった格好になってしまっていたのだ。

「ありゃっ?!」

 身体がふわりと宙に浮かび、まるでこうジェットコースターの下りに差しかかった様な浮遊感の後に起こる重力に従った落下…。

「美凰っ?! 危なっ…」
「どわぁ〜?! な、なんだなんだぁ〜?!」

 三人三様の声が響き渡った瞬間、わたしを助けようと伸ばされた雲雀くんの手は間に合わず、ぐらりと身体のバランスを崩したわたしは派手な階段ダイブを繰り広げ、慌てて階段を昇ってわたしを受け止めようとした宮嶋先生もろとも、踊り場まで転落の一途を辿ってしまったのである…。

 偽りの世界が均衡を歪めた瞬間、わたしの身体は衝撃の後、激しい痛みと共に天井を仰いだ…。

「へにゃあぁ〜〜〜」
「ってぇ〜なぁ〜!!! おいぃぃぃっ〜!!!」
「美凰っ! しっかりしてっ!」

 埃を巻き上げながら踊り場に転がったわたしと宮嶋先生の傍にひらりと階段から身を躍らせて、まるで体操選手の様に綺麗に着地した雲雀くんは、無様な団子状態になっているわたし達の傍に慌ててしゃがみ込んだ。

「ほにゃあぁ〜〜〜」
「花總よぉ〜 お前、もう吃驚させんなよなぁ〜 大丈夫かぁ〜?」
「大丈夫かいっ!」

 幸いなことに、宮嶋先生の素早い受身のお陰で頭はちゃんと守って貰えた。
 所が、転がった拍子に左足をどうにかしたらしく、なんかもう物凄い勢いで痛い箇所がじんじんしてきだした。

「痛っ…、あ、足…、いった…」
「頭は俺様が守ってやったから大丈夫だと思うが…、足か?」

 宮嶋先生の事など眼中にないのか、雲雀くんはわたしの命の恩人の安否を無視したまま、必死の様子でわたしの怪我を気遣ってくれる。

「足痛いの?! どこが痛いの?!」
「わ、わっかんな…、ぐわーっ! いっ! いだだだっ!」

 さっきから涙腺が緩んでいるせいなのか、またもやぶわーっと涙が溢れてくる。
 雲雀くんが触診した左足首に走った生まれて初めて感じる激痛に、わたしは人目も憚らず叫び声を上げた。

「いだいよっ〜!!! 足首いだいぃーっ!!!」
「お、おい…、花總…、お前…」
「…、そりゃ、痛いよね…。折れてる…」
「マジでか?」
「わあぁぁぁんっ!!!」
「「……」」

 いつも年齢以上に大人っぽい冷静沈着なわたしの一面しか知らない雲雀くんと宮嶋先生は、身もがきしながら子どもの様に声を上げておいおい泣きじゃくり始めたわたしに、心底ビビッた様子でぱちくりと目を見開いていた…。


 なんかもう、今日は色々な意味で痛い日だ。
 極めつけの三隣亡だ!
 最高最悪に痛い…。
 こんな痛いの初めてだ…。
 骨、折れてるって…。
 骨だよ、骨!
 魚も牛乳も大好きなこのわたしの頑丈な筈の骨が…。
 もしお産がこの痛み以上なんだとしたら、わたしは絶対に子どもなんて産まない!!!
 少子化なんぞ、糞喰らえ。
 女性の身体を大事にしろと、政府に物申してやるっ!!!

「とにかく応急処置しなきゃ…。あっ…」

 雲雀くんはポケットに手を突っ込んで携帯を探り、そしてちっと舌打ちをした。

「携帯は草壁だった…、仕方ない…。宮嶋センセ、僕の名前で並盛中央病院に電話して! 院長に急患一名面倒見ろって。さっさとしないと咬み殺すからって伝えてね! それから大至急病院まで車廻して! 救急車呼んでる時間が惜しいから!」

 そう言うと、雲雀くんがわたしをひょいと抱き上げた。
 例のお姫様抱っこだ。
 その際、また激痛が走って、わたしはもうぽかぽかと雲雀くんの胸を叩いた。

「痛いって言ってるでしょおぉぉぉっ! もう莫迦あぁぁぁっ!」
「ごめん、美凰…。でもちょっとだけ辛抱して…」
「痛いよぉ…、雲雀くんの莫迦ぁ…」
「莫迦でも何でもいいから…、痛み止めあげるから、もうちょっとだけ我慢してよ…」
「うっ…」

 わたしの眼から滝の様な涙がどわーっと流れ落ちる様を見た雲雀くんの慌てふためいた様子が、そして莫迦呼ばわりされたにもかかわらず、それをスルーして怒らない雲雀くんの態度に宮嶋先生の目がきらりんと輝いたことなど知るよしもない。
 相変わらず締りのないにやにや顔の宮嶋先生は、痛むらしい腰をさすりさすり起き上がると胸ポケットから自分の携帯電話を取り出して並盛中央病院をプッシュし、雲雀恭弥を名乗って緊急患者を一名連れて行くから処置を頼むと依頼して電話を切った。


 雲雀くんが常時携帯している鎮痛剤を嚥み下したわたしは、部活をしている生徒やその他、学校に居残っている生徒達に奇異の眼で見送られつつ教職員専用の駐車場に運ばれ、ルパン三世が運転している様な、一応外車と思しき小さなおんぼろマイカーに乗り込んだ。

「…、センセ…」
「なんだ?」
「この車、動くの?」

 雲雀くんの素朴な問いかけに、宮嶋先生は眉を顰めて不機嫌そうに答えた。

「失礼なことを言うなっ! 俺の可愛いプディンちゃんに向かって!」
「プディンって…」
「このカスタード色といい、プリンの様なこんもりした形といい、似てるだろ! 因みに名付け親は俺のスイートハニーの美穂子さんねっ!」
「そう…。いいよ。早く出発してくれる?」

 そう言うと、雲雀くんは頭痛がするかの様に額を押さえた。
 そして今のわたしは、宮嶋先生お得意のファンキーな会話に返答する余裕もない。
 プディンと呼ばれる車はがったん・ごっとん・ぶろろーっ!という危険な音を発しつつ、わたし達を乗せて一路、病院を目指した…。

 鎮痛剤って効いてるのかな?
 ちっとも痛みがひかない上、脂汗まで浮いてくる…。
 うんうん唸っているわたしの耳元で、雲雀くんは懸命に励ましの言葉を呟いてくれた。
 凄く心地よい、頭がくらくらする様なバリトンボイス…。
 図書室で初めて聞いた時と、少しも変わらない…。
 そんな中、バックミラーでわたし達の様子を観察していたらしい、宮嶋先生のちゃかし声が夢の様に聞こえてきた。

「おい、ヒバリよぉ〜 お前、俺の事もちったぁ心配しろや…。これでも腰、痛いんですけど?」
「…、センセはちょっとやそっとじゃ壊れない。ゴーラ・モスカみたいな身体だから大丈夫だよ」
「なんだそりゃ? ちっ! 折角可愛い女生徒を命がけで救ったっつーのに、役得は色っぺーピンクのパンツ拝めたことだけかよっ!」

 えっ?! やだっ! わたしのスカートの中、み、見られたのおぉぉぉっ?!

 わたしが「やだ、先生のエッチ! 見たんだぁ〜?!」とふがもが言いかけると、雲雀くんの不機嫌オーラ全開モードの声が車内に響き渡った。

「貴方…、美凰の下着を見たの?!」
「おっ! いっちょまえにヤキモチですか?! 風紀委員長殿?!」
「いやらしい眼で美凰を見ないでよ! 病院に着いたら記憶飛ぶくらい、咬み殺してあげるからね!」

 凄みのある脅し文句もまったく効果がなさげな宮嶋先生は、へらへらと相好を崩してなおも言葉を続けた。

「いやいや〜 青少年だねぇ〜 センセは嬉しいよ〜 まあ、大方予測はしてたんだけどよ、ヒバリにもついに本物の春が訪れたんだよなぁ〜」
「何言ってるの、宮嶋っ!」
「何ってまんまじゃんっ! つか、俺一応センセだから、呼び捨ては勘弁な!」
「…、黙って運転しなよ! でなきゃ減俸にさせるよ!」
「おーっと! 怖い怖いっ! 減俸だけは止めてくれっ! なんたって俺、新米パパだし、ガキって結構金かかるからさ…。あ、でも最後にこれだけは言わせて…」

 雲雀くんの許可が出る出ないお構いなしに、宮嶋先生はさらっと言葉を述べた。

「余計なお世話かもしんないけど花總、お前もうちぃと痩せたがいいんじゃねぇ〜か? あのぼいーんばいーんは反則だわ! つか雲雀みたいなヤるだけヤり逃げの若造にゃ勿体ねぇわ! 俺に美穂子さんがいなかったらぜーったい俺が…、ふべらっ!!!」

 運転中であるにもかかわらず、雲雀くんのトンファーが宮嶋先生の後頭部に炸裂した…。

「ふえっ! ひ、雲雀く…、い、今運転中…」
「宮嶋殺すっ!!!」
「おまっ! ひっでぇなぁ! 仮にも俺、教師だっつーのっ! ε=(=`・´=)プンスカプン!」
「「……」」

 やがて、わたし達を乗せたカスタードプディングはよろめきつつ、程なく並盛中央病院に到着した…。

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