並盛Romance 18
 切羽詰まって余裕のない顔つきの雲雀くんが間近に迫ってくる…。
 相変わらず綺麗な顔だなぁと思っていたらあっという間に片方の手頸を片手で掴まれ、もう片手で正面から目を塞がれて、ソファーの背もたれに背中を押しつけられた。
 未だにじんじんしている打撲の痛みにあげかけた呻き声は、温かい何かに塞がれた…。

「っん? んぅっ…」

 どのくらい時間が経ったのか、まるで解らない。
 一瞬だったのかもしれない。
 ただ押しつけるだけの唇が離れた瞬間、呆然となったわたしの目と手頸が自由になった。
 雲雀くんの手が離れてもわたしの目の前はちかちかしていて…、それは先程トンファーで打たれた瞬間に出たものとは違う種類の、甘くもやもやした星や火花であった様にも思えた。
 な、何っ?!
 今のは、一体何なのぉぉぉっ〜〜〜?!


 突然の雲雀くんの暴挙に呆気に取られながらも、硬直したまま身動きできずにじっとしているわたしってホントに莫迦だと後になって自問自答を繰り返す…。

「ひ、雲雀く…、こ、これって一体…、うはっ…」

 抗議しかけた唇が再び塞がれた。
 さっきの押しつけるだけのキスとは違う。
 何度も角度をかえて深くなる唇の動きに翻弄される…。
 突っぱねる様に雲雀くんの胸に手を当てて押したけど、華奢な身体つきの癖してびくともしないのは流石に男性になりつつある男子なのだ。
 さらに身体ごとソファーに押しつけられて、もっと深くくちづけされた。

「っんんっ!」

 わたしの唇を割って、柔らかい何かが侵入して来る。
 それが雲雀くんの舌だと解った時、思わず歯をしっかりと食いしばって阻止したけれど、それを気にすることなく、彼の舌はわたしの歯列をすっとなぞるように動いた。

「っっん…、くふっ…」

 手馴れたその動きに痛い筈の背中がぞくぞくして、思わず雲雀くんのワイシャツをぎゅっと掴む。
 熱い舌が何度もわたしの歯列をなぞり、唇を強く吸う。

「…、っん」

 まるで食べられてしまうかの様なあまりの激しさに、思わずわたしの身体から力がすっと抜け落ちる。
 それとほぼ同時に、雲雀くんの身体がわたしから離れた…。

「…、美凰…」
「……」

 彼の周囲からふわりと漂う甘いコロンの香りに、敏感な鼻が利いてしまう。
 誰だっけ?
 ああそうそう、図書司書の渡瀬さんだっけ?
 図書館で嗅いだのとは違う香りだな〜と、心の中の冷静な自分が判断する。
 ちょっと少女っぽい感じの…、クラスの女の子達がつけてる様な香り…。
 ふぅん。
 また違う女の子と一緒だったんだ。
 その事実に何故かわたしの胸の奥が痛み、涙がすうっと零れ落ちた。

「…、美凰? っ!」

 名前を呼ばれた瞬間、ぱしんっという乾いた音が雲雀くんとわたしの間に小さく響く。
 滅多に切れるという現象をおこす事のない温厚な性格であるにもかかわらず、顫えるわたしの平手は雲雀くんの紅潮した頬を思いっきり引っ叩いていた…。
 後から考えれば“並盛の秩序”を相手に、命知らずな事をしでかしていたのだ。

「…、雲雀くんなんか…、嫌いだよ…」
「……」

 ファーストキスもこの人に奪われた。
“好き”という初々しい思いを胸に秘めていた相手だったし、雲雀くんの方もあの最初で最後のデートだった水族館と海での態度を思い浮かべれば…、そうだったと信じたい。
 けど、客観的に見れば無理矢理だった。
 そしてその後の行為も…。

 忘れようと努め続けた六年前の傷と混乱が一気に蘇る。
 色々高尚な言い訳や麗句を並べ立てていたって、所詮はわたしだって十七歳の高校生で、まだ自分を律することの出来ていないただの女の子に過ぎないんだ。
 草壁くんとの間を誤解された挙句、同じ人にまた乱暴にキスされて…、その人は他の女の子の香りをぷんぷん匂わせて…、なんでわたしがこんな思いを味わわなきゃならないわけ?!
 しかもディープキスだなんて!
 莫迦にされてるってか、遊ばれてるに違いないんだっ!

「なんで? なんでキスなんかするの?」
「……」
「ずっと…、ろ、六年も…、音信不通で放っぽっといた癖に…」

 わたしの言葉に、雲雀くんの肩がびくりと揺れた。

「い、今更なんじゃないの? ひ、雲雀くんはすっかり忘れちゃって…、こんな上手なキスできるくらい、たくさんの女の子と付き合ってきたんでしょうけど…」
「ちが…」
「言い訳なんか聞きたくないよ! わたしは貴方に受けた仕打ちのせいで、すっかり男の子が駄目になってしまって…。交際申し込まれたって、怖くて…、それなのに雲雀くんは…」
「……」

 わたしの中から一挙に放出された怒りは、背中の痛みを凌駕する程に激しいものだった。

「い、今だってシャツから香水の匂いぷんぷんさせて! 図書室で司書の女の人にひとでなしな事しでかしてたのはついこの間の事じゃないっ! なのに…、今度はわたしの事までからかって…、ひどいよ」
「違うっ! 僕は…」
「言い訳なんか聞きたくないって言ったでしょ! もう雲雀くんの顔なんか見たくないっ! ここにも二度と来ないからっ!」
「……」

 そうしてわたしは、後ろを振り返りもせずに応接室を飛び出した。
 だから、焦っていたわたしがポケットから転がり落とした携帯電話を拾い上げた雲雀くんがどんな顔をしていたかなんて、ちっとも解っていなかった…。



 どうしよう! どうしよう! どうしよう〜〜〜!
 さっきのキスシーンが目の前に浮かんできて、そして雲雀くんに投げかけた酷い言葉に頭の中はすっかりパニック状態だ。
 今日、編集の伊達さんに渡さねばならない原稿が入った鞄を応接室に忘れたてきた事も頭になかった。
 ただ、雲雀くんの傍を離れたくて…、それこそ必死になって廊下を走っていた…。

「はぁ、はぁ…、はぁ…」

 普段の運動不足というか、単なる運動音痴に等しい身体はすぐに音を上げ、足を止めたわたしは階段の手摺りに縋りつきながら息を喘がせて、実に汚らしいことだが“げはげはっ! ぐえっ!”と、凡そ女の子らしくない咳き込み音を響かせつつ、その場にへたり込んだ。
 頭の中が真っ白で何も考えられない。
 何が正しくて何が間違っているかを瞬時に判断できる人なんて、絶対にいない筈。
 少なくとも、今のわたしには無理だ。
 涼しい気候であるにもかかわらず、こめかみを流れる汗を手の甲で拭いかけた時…。

_18/43
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ NOVEL / TOP ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -