皇帝円舞曲 5
 人の入室してくる物音にはっとなったリンダは、涙を拭った。

『駄目よ、こんな所でおいたしちゃぁ…』
『大丈夫ですよ。ドアの前には清掃中の看板をかけさせましたから…。さあ、ここに座って!』
『化粧台に座るの?』

 囁くように女の声にこたえた声は、なんと男の声である。
 リンダは驚愕に身を硬くし、息を呑んだ。

〔何なの? まさかこんな所でSEXするつもり!〕

 その場を立ち去ろうにもどうすることも出来ず、リンダは必死で気配を殺し、スツールに座ったまま息を詰めていた。
 隣のパウダールームに入った男女に、リンダは美しい眉を顰め、呆れ顔で脱出の機会を狙っていたが、何気なく耳に入った二人の会話に愕然としてしまった。

『貴女がお気の毒だ。いくら心のお優しい夏蓮様でも、あんな暴言を赦してはなりませんよ! まったく…、一体誰のお陰で小松財閥の総帥になれたと思っているんでしょうかねぇ。あの男は』
『尚隆の悪口は言わないで! 悪いのはあの子を誑かしたあの小娘なんだから!』
『そんなに総帥がお好きなんだぁ…。僕なんか眼中にないわけですね?! 妬けちゃうなぁ!』
『うぅん! 素敵なキスだけど、今は駄目よ…。ああんっ!』

 男が女の服を脱がせながらキスをしている音と、女の喘ぎ声が化粧室内に響き始める。

『赦せないわ! ああっ! そんな風に…』
『気持ち悪いですか? やっぱり僕なんて…』
『何言ってるの! 直人さんから貴方の素晴らしさは随分前から聞かされていたのよ! あたし、とっても嬉しいの。でもさっきの事が気になって気になって…』
『本当に…。こんなに美しい貴女を泣かせるなんて…。赦せませんよ…』
『さっきの約束、絶対果たしてくれるわね?! 貴方をあたしの取り巻きに加えたら、あの女を…、二度と尚隆の傍に戻れない身体にしてくれるって。ああん!』
『勿論ですよ。どうぞ僕にお任せください。戻れる所か、存在そのものを総帥の眼の前から消してご覧に入れます…。貴女が薔薇なら、あの小娘は道端の雑草だ』

 その言葉に、リンダが双眸を見開いたことは言うまでもない。

〔この人たち、一体何をたくらんでいるの? 女はあの夏蓮とかいった尚隆の義母ね。男は誰なの?〕

『うふふ…。お上手ね…』
『しかし…、ああ、なんて美しいんだ…。薔薇の花弁の様ですよ。もっと脚を広げて僕に見せてください…』
『早くして…。焦らしちゃいやよ…』
『もう少しだけ眺めさせてください。ああ、また雫がこんなに溢れて…。もう我慢できないんですね?』
『ああっ! いいわぁ! もっと奥まで舐めてぇ!』

 淫らな情事の音が響き渡り、リンダは口許を覆った。
 幸い、二人とも互いに夢中の状態でリンダの存在に気づいていない様子であった。

『僕のものが欲しいですか?』
『欲しいわ…。ねえ、阿選さん。早くぅ!』

〔アセン…? 一体何者なの!〕

『本当に淫らなんですね? こんな風に総帥にも抱かれたんですか? 妬けちゃうなぁ…』
『実を言うと、あの子の事は一度も味わえてないの。なんだかんだ言って、いざとなるとするりと逃げられて。悔しいわ! あの小娘とは毎日エクスタシーを感じているだなんて! 嘘っぱちよね?』
『あんな小娘にSEX能力は皆無だと思いますよ。貴女の足許にも及ばない…』
『凄いわ! 貴方のこれって! すっ、凄いわ! こんなの初めて見たわ』
『じゃあ、とてつもない快楽を奉げさせて戴きますよ。奥様…』

 阿選と呼ばれた男のものが夏蓮を貫いた様子だった。

『ひいぃぃぃっ! ああぁぁぁっ!』
『「尚隆」と、呼んでくださっていいんですよ? 如何です?! 僕のものの味わいは?』

 女の狂ったような喘ぎ声が、最高の快感を味わっている事を証明している。

『いいわっ! 素敵よぉぉぉ!』

 淫らな声と、そして耳障りな音がパウダールーム内に響き渡る。

 必死になって吐き気を堪え続けているリンダの耳に、やがて口汚い言葉が聞こえてきた。

『ほらほらっ! この雌豚め! この程度の動きで浪がりやがって! ちっ! あの狸オヤジの嘘つきめ! 絶品だなんてほざきながら、この程度の締り具合かよ! おい、すべた! 「尚隆様」って呼べよ! ほらほらほらっ! 「尚隆様」のものだぞぉぅ!』

 阿選の動きに気が狂った様に悶えている夏蓮は、さっきまでへりくだって丁寧だった彼の口調が変わっていることすら気づかなかった。

『ああっん! 「尚隆」! 「尚隆ぁぁぁっ」!』
『美凰…! もうすぐだ…! もうすぐお前の番だ! この雌の様にしてやるっ! その時は俺の名前を叫ばせ続けるんだ! 待っていろよ! 可愛い可愛い俺の花嫁…』

 狂気の様な叫び声を上げて凄まじいSEXに夢中になっている二人に、リンダは恐怖のあまり、両耳を手で塞いで淫らな一時を必死で堪えた…。





 それから三十分後、身づくろいを整えた阿選と夏蓮は何事もなかったかの様子でパウダールームを出て行った。
 しかし、入ってきた時と出て行く時の差は歴然であった。
 入室してきた時は僕であった阿選が、今や夏蓮のご主人様となって崇めたてられている。
 ぞんざいな言葉遣いも、名前を呼び捨てにする態度も、夏蓮はうっとりとした様子で赦していたし、今すぐホテルのスウィートのベッドに行きたいとへりくだって懇願していたのも、彼女の方であったのだ。
 漸く静寂が訪れたものの淫猥な匂いがまったりと漂う化粧室内で、リンダは漸く緊張の糸を解してぐったりと化粧台に身を伏せた。
 恐ろしさに身体中ががくがく震える。

〔と、とにかく落ち着いて…。このことを尚隆に知らせなきゃ…〕

 そう思う一方で、リンダの中の悪魔が別の囁きを彼女に浴びせる。

〔でもあの女が、尚隆の前から姿を消したなら、尚隆とあたしは…〕

「尚隆とあたしは…」

 声に出してみて、リンダははっとなった。
 先程、結論をだしたばかりではないか。
 状況がどんな風になろうとも、尚隆は二度と美凰を手離さないし、愛する事もやめないだろう。
 美凰以外の誰も、彼の心に入る込む事はできないのだ。
 こめかみに手をやりながら、リンダはそっと頸を横に振った。

「とにかく、今すぐどうのというわけではないだろうけど、危険だけは知らせてあげなきゃ…」

 リンダは周囲の様子に気をつけながら、そっとパウダールームを後にした…。
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