結婚 3
 カルティエの指輪に合わせて尚隆は、披露宴の為にと1350万円のダイヤのネックレスと500万円のイヤリングも注文した。
 顔面蒼白の美凰は、湯水の如く金を浪費する尚隆にただ唖然としていた。

「もし、ピアスにご変更なさりたい時は、ご納品後に再び加工させて戴きます。こちらはサービスさせて戴きますので、いつでもお申し付けくださいませ…」
「…、はい…」

 頭痛がする…。

〔わたくしは…、尚隆さまに相応しい女ではない…〕

 美凰は泣き出しそうな不安定な心を懸命に抑制し、にこやかに田中に謝辞を述べて彼を見送った。





 銀座の田中宝石商が満面の笑みで辞去してすぐに、大量のウェディングドレスやイブニングドレスが届けられ、広々としたリビングは忽ちの内に華やかなドレスの海となった。

「……」
「わたくし達で美凰様にお似合いであろう物を数点見繕って参りましたの。他にもまだ沢山ございますから、ご遠慮なさらずに美凰様のお気に召したものをお選びくださいませね!」

 唐媛を筆頭にサロンの一流メンバー達が大阪から到着し、心底嬉しそうな表情で美凰を見つめて祝辞を述べると、あらゆる誉め言葉で彼女にドレスを勧めてくる。
 皆は美凰が尚隆に心から愛され、夢の様なプロポーズを受けたのだと思っているのだ。
 尚隆はといえばサロンの女の子達と楽しそうに談笑しながら、美凰がドレスを選択するのを気長に待ってくれている様子であった。

〔解らない…。尚隆さまが解らない…〕

 気が遠くなりそうに高価な宝石、ドレス、そして結婚式に披露宴…。
 女であれば誰もが憧れる、夢の様なシンデレラストーリーであろう。
 だが、美凰が欲しているものはそんなものではないのだ。

〔わたくしが望んでいるのは…〕

 ふいに沈んだ双眸が熱くなり、我慢しようと思った拍子に涙が溢れて美しい頬を滴り落ちた。

「まあ! 美凰様! ご気分でも?!」

 吃驚した唐媛は、素早くハンカチを美凰に差し出した。

「す、すみません…。あの、宝石商の方とお話しをしていましたら、少し疲れてしまって…。ドレス選びは少し時間を置いてからでは…、いけませんかしら?」

 唐媛たちは心配そうに、青白い顔をして今にも崩れてしまいそうな美凰を囲む。
 その様子を尚隆は憮然とした表情で眺めていた。

「勿論、宜しゅうございますとも! わたくし達も嬉しさの余り、少々はしゃぎ過ぎたかもしれませんわ。大事なお身体でいらっしゃるのですから、どうぞご無理をなさらずに…」
「あ、有難うございます…。あっ!」

 ソファーでぐったりしかけている美凰を、音もなく近づいてきた尚隆が抱きかかえた。
 途端に、美凰の身体は更に緊張した様子でがちがちに硬くなる。

「だ、大丈夫ですわ…。わたくし、自分で歩けます…」

 柔らかな身体の強張った様が腕に伝わり、尚隆は喉の奥で唸り声をかみ殺した。

「黙ってろ! …唐媛。すまんがドレス選びは後日でも構わんか? 新年早々でなんだが…」
「大丈夫です。主人も東京のマンションに参っておりますし、2日にはお年賀と併せて会長と美凰様にご挨拶申し上げたいと言っておりましたから…。それ以降、美凰様のご気分の宜しい時で…」
「ご、ごめんなさい…。そうしてくださると、とても助かります…」
「…、暫く席を外す。ゆっくりしててくれ…」
「はい…」



 壊れ物を扱うかの様に、慎重に美凰を抱き上げて立ち去る尚隆を見つめ、李花と明霞はうっとりと溜息をついた。

「は〜! もうなんてお似合いなんでしょうっ! 会長ったら、あんなお顔もなさるんですよねぇ!」
「プレイボーイの会長も、年貢の納め時ってやつですよね? チーフ!」

 二人はおおはしゃぎの様子で、美しいドレスの品評会をし始める。

「本当に、そうだといいのだけれど…」

 唐媛は眉根を寄せながら、テーブルにあるコーヒーカップのソーサーを手に取った。

「なんだか…、ご結婚したてのご様子にしては、随分ぎこちなくお見受けしたのですけれど…」

 桂英の声に唐媛は静かに頷いた。

「貴女もそう思って? 桂英」
「はい…」

 唐媛は香り高いコーヒーを口に含みつつ、李花と明霞が美凰のドレス選びにあれこれ騒いでいる様を見るともなしに見つめていた。









 美凰の為に改装された専用ベッドルームへ運び込まれ、彼女の身体は静かにベッドに置かれた。

「あ、有難うございます…」
「……」

 尚隆は無言のまま、クローゼットからシルクのナイティを出してきた。

「着替えて寝ろ。顔色が悪い…」
「す、すみません…」

 美凰は礼を言ってナイティを受け取ると、尚隆が出て行くのを待った。
 彼女は尚隆と深い関係に至った今でも、着替える姿を彼に見せた事がない。
 無理矢理脱がされる事はいつもの事だが、どんな時でも身繕いだけはこっそりと整えていたのだ。
 しかし尚隆は出て行こうとはせず、黙って美凰を見つめたなりである。

「あ、あの…」
「どうした? 早く着替えろ!」
「で、でも…」

 尚隆はくつくつ笑いながら、真っ赤になって花顔を背けている美凰の前まで歩み寄って屈み込んだ。

「もう恥ずかしがる事はないだろう? 俺達は夫婦なんだぞ? それに…、どんなに恥ずかしがっても裸は絵が描けるくらい、俺の目蓋には君の裸身が焼き付いている…」
「……」

 硬直したまま動かない美凰に焦れた尚隆は、部屋着の前ボタンに手をかけた。

「やっ、やめて…。じ、自分で出来ますわ…」
「……」

 美凰は興奮していた。
 懐妊のせいで情緒が不安定になっている所があるのは間違いないのだが、肌がとても敏感になっている。
 身体中が、尚隆の蕩けるような愛撫を求めて疼いているのだ。
 彼はバリ島での事件以降、美凰に指一本触れない。
 勿論、現段階の体調にSEXは厳禁であることはよく解っている。
 だがキスすらしてこない尚隆に、美凰の心は完全に打ちのめされていたのだ。

〔今、指一本でも触れられれば、わたくしははしたない程に取り乱してしまう…〕

 美凰は緊張の面持ちで下着姿になり、そのままナイティを身につけた。

「ブラジャーは外さないのか?」

 セクシーな問いかけが美凰の心臓をどきどきと波打たせる。

「え、ええ。あの…、すぐに起きますし…」
「……」

 あらぬ方向を見ながら、美凰がナイティのボタンを閉じようとした瞬間…。
 すっと手が伸びてきて、薔薇色のブラジャーのフロントホックが尚隆の手によって外され、豊満な白い乳房が男の眼前に曝された。
 尚隆はごくりと喉を鳴らした。

「触って…、欲しそうだな?…。バリ島以来ずっと我慢しっぱなしだぞ?」
「やっ…、やめて!」 

 近づいてくる尚隆から逃れようと身を捩るが素早く押さえつけられ、美凰はベッドに押し倒された。
 悪戯な指がまろやかな白い曲線を巧みに錯綜し、美凰は快感に唇を噛み締める。

「俺が欲しいんだろう? 顔にも書いてあるし、身体はもっと正直だ。我慢するな…」
「…、いっ、いいえ…」

 薔薇の香りのする襟足に向かって顔を埋めた尚隆は、感じやすい首筋に軽いキスを這わせながら、美凰の耳朶に悪魔の囁きを繰り返す。

「愛してる…、そう言えばいいんだろう? やらせろよ…」
「……」

 淫らな言葉をわざと聞かせる尚隆を、美凰は絶望の思いで涙ぐみながら見上げた。

「やめて…、お願い…。あ、赤ちゃんに障りますわ…」

 美凰の哀願は未だ、強がりを続ける尚隆の毒舌に一笑された。

「なに…、無茶はせん。君の身体の事ともかく、俺の…、子供の事は充分いたわってやるさ…。その代わり、今日は俺のものを…」
「…、っ! ああっ…、ゆるして…」

 男の巧みな指遣いは女体の隅々に至るまで性感の総てを翻弄し尽くし、美凰は悦楽の極みに屈服して尚隆の意のままであった…。
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