再会 6
〔熱くて息が苦しい…〕

 喘いでいる唇に温かい唇が重ねられ、錠剤と共に冷たい水が流し込まれる。
 こくりと喉を鳴らして薬を嚥みくだし、美凰はふと目覚めた。
 激しく頭痛がし、悪寒はますます酷くなっている。
 身体中が熱く火照って痛みが走り、身動きするのも苦痛であった。
 朦朧とした視界の中に、誰かの姿が見える…。

〔わたくしは…〕

 ぼやけていた輪郭が次第にはっきりしてくると、シャワーを浴びたのか、首にタオルを巻き、パイル地のガウンに着替えていた尚隆が、濡れたタオルを手に立っている姿が眼に飛び込んできた。

「なぜ具合が悪いと言わなかった? 熱が三十九度もあるんだぞ?!」

 そう云いながら尚隆はタオルを美凰の額の上に置いた。

「…、尚隆さま?」

 渇いた喉を微かに鳴らしながら、美凰は小さく呟いた。

「今…、何時なのでしょうか?」

 尚隆は左腕のロレックスにちらりと眼をやった。

「八時を過ぎた所だ」

 見ると美凰はぐったりしながら懸命に起き上がろうとしていた。

「お電話を拝借…、させてください…。家に電話を…、かけさせて…」
「……」
「ばあやは、とても心配性なのです…。交番に駆け込みでもしたら…」
「…、横になってろ。今、持ってきてやる」

 尚隆はスーツの上着から携帯電話を取り出すと、美凰の自宅の番号を打って手渡した。
 三度のコールの後に、電話口に出てきたのは弟の要だった。

「要…、姉さまよ…。ええ…、お仕事が少し、長引いてるの。まあ…、疲れてなんか、いないわ。大丈夫よ…」

 懸命に平静を装って弟と会話をしている美凰を、尚隆は煙草を吸いながらじっと見つめていた。

「ばあやはご近所のお通夜なのね。そう…。姉さまはもうすぐ帰りますから、ばあやにそう伝えておいてくれる?」

 熱があってふらふらなのに、懸命に弟との会話を途切れさせまいとしている姿は優しく甘やかな態度で、昔の思い出が尚隆の胸にまざまざと蘇ってくる。

「まあ…、大丈夫よ。ええ。とても楽しみね…。それじゃ、姉さま、もう少しお仕事が残っているから、切るわね。ちゃんとお留守番していてね…」

 美凰はそっと電話を切ると、荒い息を吐きながら電話を尚隆に返した。

「有難う、ございます…」
「携帯は持っていないのか?」
「贅沢ですし、そんなに必要性を感じたことはありませんので…」
「……」

 美凰の頭の中に、気を失う前の出来事が浮かんできた。

〔わたくしは…、この人に…〕

 軽い羽布団に覆われている自分の身体は、一糸纏わぬ全裸だった。
 どうやら意識のない間に、総ては終わってしまった様子である。
 つまりは、この身体中の痛みは単に熱からくるだけのものではなく…。

「あっ、あの…、わたくし、あなたと…?」

 尚隆は美凰の言わんとしている事を理解し、肩を竦めた。

「…。今日は半分も楽しめなかった。さっさと身体を直して奉仕に勤めて貰わんと元本は減ってくれんぞ」
「……」

〔ああ、そうなのだ。わたくしは…、この人に…〕

 信じられないことだが、力ずくで身体を奪われたのだ。借金のカタとして…。
 まさか尚隆がこんなことをするとは、美凰には信じられなかった。
 何の記憶もなかったが、下腹部の痛みがその証拠なのだろう。

〔愛していないと、言われたのに…〕

 ショックの余り、何も考えられなかった。

 閉じられた眦からすうっと涙が零れ落ちるのを、尚隆は複雑な表情で見つめていた。



「わたくしが、飽きるまであなたの言うことを聞く事があなたの条件で、それで父の借金が返済できるのでしたら…。だから、妹には…、何もなさらないで…」
「…、俺の女になると言うんだな?」

 美凰はぜいぜい喘ぎながら、なんとか肌を露わにしないようにゆっくり起き上がった。

「わたくしに拒否が出来ると仰るの? あなたは先程…、わたくしをご自分の好きになさったのでしょう? 今更、否やは申しませんわ…」
「……」

 尚隆の眼がすっと眇められた。
 こんな諦観の答えが返ってくるとは思ってもいなかったのだ。
 愛していると囁かれた瞬間は怒りに支配されたものの、心のどこかが女の言葉に喜びを感じていたのは確かだったのだから。

「お願いです。今日はもう…、帰らせて…。弟が一人で留守番をしているの…」
「その熱で帰るのは無理だ。もう一眠りしろ。もうすぐ薬が効き始める筈だ」

 美凰は繊頸を振った。

「いいえ…。もう一度眠ってしまいましたら、電車に間に合うように起きる事が出来ないかもしれませんもの…」
「…、明日は土曜日だ。出勤する事もない。それに…、どうしても帰るというのなら、俺が送ってやる。とにかくもう一眠りしろ」
「……」

 尚隆は喘いでいる美凰の肩を押して横たわらせた。

「俺の女になる事を承知したというのなら、言う事を聞いて貰うぞ!」

 美凰は微かな抵抗を繰り返していたが、額に再び冷たいタオルを置かれるとやがて眠りに落ちた。

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