再会 5
 そこは広々とした、超高級マンションの部屋だった。
 この高層ビルも恐らく、尚隆の持ち物なのだろう。最上階を住居とし、各階をオフィスとして使用、もしくは賃貸しているのであろうか。
 ガラス張りのリビングからは冥く暮れてゆく海が一望でき、六甲の山並みが激しい雨に煙って見える。晴天の日などは、素晴らしく美しい眺めであることは間違いないだろう。
「ここに…、お住まいなのですか?」
 眺望は美しいものの余りに無機質な部屋の内装で、人間の生活の臭いが殆ど感じられない。総フローリングのリビングには豪華なソファーが一つあるだけで、絨緞すら敷いていないのだ。霞む双眸をぐるりに向けながら、美凰はそっと訊ねた。
「持ち物なだけで、住んではおらん。日本に居る間は毎日ホテル暮らしだな」
「……」
 それでも清掃する人はきちんと入れているのだろう。室内は埃ひとつなく綺麗に掃き清められている。
「仕事の手始めに、まずコーヒーを入れて貰おうか?」
 美凰は再び腕を掴まれ、キッチンに連れて行かれた。


 雨はますます激しさを帯びていた。
 美凰は、棚から器材を取り出し、ふらつく脚を懸命に踏ん張ってコーヒーをセットする。
 尚隆は無言のままシンクに寄りかかって、美凰がコーヒーを作る動作を見つめていた。艶めいて見える女の一挙手一投足が、復讐心に燃える男心の底に熾(おき)の様に残っている愛情に火をつけそうになる。
 尚隆はぎりっと歯を食いしばった。
 出来上がった香り高い液体を、美凰はカップに注いでテーブルに置いた。
「ブラックで…、いらっしゃいましたわね?」
「君は、紅茶派だったな?」
「ええ、コーヒーは苦手ですので…」
 尚隆は遠慮なくカップに口をつけると椅子に座った。
「では商談といこう。座れ…」
 美凰はぐったりと椅子に腰掛けた。
「…、文句を云わないんだな?」
「?」
 熱の為に潤んだ双眸が訝しげに尚隆を見あげる。
「突然職場を解雇され、夜のバイトもクビ。親父さんの多額の借金を抱えている身だ。普通なら喚き散らして怒るだろうに?」
 美凰は繊頸を振り、俯いた。頭が痛くて何も考えられない。
「わたくしはあなたを裏切って他の男性と結婚しました。そうする事であなたのお気が済むなら…、仕事はまた探しますわ」
「仕事は用意してあると言った筈だ」
「……」
「過去の事にも興味はない」
 尚隆はコーヒーを啜りながらにやりと笑うと、悄然としている美凰の身体を眺め廻した。
「俺は今の君が欲しい…」
 美凰は目を見開いた。
「わっ、わたくし…?」
「親父さんの借金は今、廻り廻って俺が債権者になっている」
「なんですって!」
「つまり君は、俺から借金しているということになる」
「あなたが…」
 尚隆はくつくつ笑い、狼狽している美凰の表情を楽しんだ。
「残金は二千万だ。家屋敷は勿論の事、著名な日本画家だった親父さんの描いた絵や所持していた骨董品まで売り払ったものの、仲介業者に騙されて多額の金を持ち逃げされた。旧華族のお姫様として蝶よ花よと育てられたお嬢様が一転して明日食うのにも困る状態に陥ったんだ。恋人を捨てて金のある男と結婚してもおかしくはないさ。俺はといえば、実家は指折りの財閥でも庶出の三男坊で当時はしがない社会人…」
「おやめくださいまし…。あなたが仰るような意味で結婚したのでは…」
 自嘲するような尚隆の口調に、美凰は俯いて小さく抗議したが、男は聞いていなかった。
「今だって二人の兄貴が交通事故で死んでなければ、小松の家なんぞ継がずにアメリカで面白おかしく暮らしていたろうさ」
「……」
 大きくしなやかな手が煙草に伸びる。美凰と再会してからまだ三時間もたっていないのに、イライラが募って煙草にばかり手が出てしまうのだ。
 尚隆はにやりと笑って、項垂れている眼前の女を見た。
「二千万、今すぐ耳を揃えて返して貰おうか?」
 美凰は驚愕に顔をあげた。
「そんな! 出来ないとお解かりでいらっしゃるのでしょう?!」
「…、出来ないというのなら、君を俺のものにする」
 花顔が息をのみ、吃驚した様な双眸で尚隆を見つめる。
「わたくしと…、結婚したいと仰るの?!」
 美凰の言葉に尚隆はくつくつ笑った。
「おいおい! 笑わすなよ。欲しいとは言ったが、結婚なんぞする気はないぞ」
「……」
「いわゆる借金のカタというやつだ。さっきも言ったろう。抱き損ねた君の身体には非常に興味がある。飽きるまで俺の女として奉仕して貰いたいのだが?」
「わたくしに…、あなたの愛人になれと仰るの?!」
 尚隆はやれやれという風に紫煙を吐いた。
「愛人という言葉も似合わんな。愛情なんかこれっぽっちもないのだから…」
「……」
 その言葉は美凰の心を深く抉る。解っていた事とはいえ、言葉にされるのはとても傷つく。
 自分は未だに未練がましく、彼を愛しているのだから…。
「…、わたくしは…」
 尚隆は先程から手にしていたレポートの束を、テーブルの上に放り投げた。
「君達家族の事は克明に調べさせて貰った。この報告書によれば、異母妹の文繍は十六歳、駆け出しのアイドルとなっている。写真を見る限り、君ほどではないがなかなか可愛い娘だ…」
「…、文繍をどうなさろうと?」
 美凰の頭が警鐘を鳴らしていた。
「今持っているちっぽけな仕事の全てを断って、AV女優の仕事しか回らないようにしてやってもいいんだぞ?! 今の俺にはそれだけの力がある」
「なっ?!」
 花顔が忽ちの内に蒼白になり、身体はがたがた震えた。
「十六歳なら売れっ子になるだろう。顔立ちも可愛いし、発育も良さそうだ。AVが嫌なら風俗嬢の口を紹介してやる。頑張って稼げば二千万などすぐ返せるようになるさ」
 美凰は椅子をひっくり返して立ち上がった。
 気が遠くなりそうだ。
「やめてっ! なんて酷い事を! 妹に手を出したらあなたを許さないわ!」
 男の双眸が見開かれ、鋭く光った。
「許さないだと!」
 尚隆も立ち上がり、怒りに慄えている美凰の腕をぐいと掴む。
「俺にそんな口をきくのは許さんぞ! 二千万だ。今すぐ返して貰おう」
「そんなお金はありません!」
 美凰は尚隆から逃れようと激しく身もがきした。
「では、お前の身体で支払え! 妹を地獄に落としたくないならな!」
「いやっ! 離してっ!」
 尚隆は暴れている美凰を軽々と抱き上げてキッチンを出ると、リビングを横切って隣室のドアを開けた。
 そこはクイーンサイズのベッドが置かれただけの広々とした寝室であった。尚隆は美凰をベッドの上に乱暴に投げ落とすと、ぐったりしている女を尻目に悠然とした態度でドアを施錠し、ネクタイを引きむしりながら美凰に迫ってきた…。


「やめて! こんなひどい事…」
 ベッドの上でふらつく身体を起こし、迫ってくる男から逃れようとした美凰を尚隆は難なく押さえつける。柔らかいマットレスの上で女の身体は男の重みに押し沈められ、身動きが取れなかった。
 美凰は涙を流して弱々しく抵抗した。
「おいおい、泣くのはルール違反だぞ。男と二人っきりになる事に何の躊躇もなかったんだから、これぐらいの事は予測していただろうに?」
 そう言うと尚隆は、ほくそえみながらブラウスのボタンに手をかけた。
「そんな…、いや!」
 有無を言わせず、無理矢理に此処へ連れ込んだのは尚隆ではないか。腕を伸ばして抵抗を試みるが、熱のせいで力が入らない。
 愛していないとはっきり宣言された事に、それなのに自分を強引に抱こうとしている尚隆に美凰は深く傷ついていた…。
 五年前に初めて出逢って恋をした頃の、あの男性とはまるで別人の様だ。そうさせたのは自分なのだと、美凰は改めて思い知らされる。
「お願い…、あなたを愛しているの…。こんなひどいこと…」
 嗚咽の中で囁かれた愛の言葉にかっとなった尚隆は、美凰の身体の上に馬乗りになったままで一気にブラウスを引き裂いた。
「ああっ!」
「よくもぬけぬけと! 愛しているなら何故、他の男のものになった?!」
 布の裂ける音を美凰は幻聴の様に耳にしていた。眼前の男は恐ろしい形相で、乱暴に衣服を引き裂いている。
 清潔だが、とても質素な下着から覗く豊麗な白い胸を尚隆は乱暴に掴んだ。

〔わたくしは…、今まで幻を愛し続けていたの?〕

 その瞬間、気が遠くなった美凰はそのままぐったりと失神してしまった。

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