〔ああ! 赦して…、どうかわたくしを赦して! 驍宗さま…〕
美凰は声を押し殺して涙を零し続けていた。
眼前で項垂れている美凰は今、どんな気持ちでいるのだろう…。
尚隆は、粉々に砕け散っているガラスに眼をやった。
月明かりに照らされてキラキラ輝いているガラスの欠片…。
女の涙にも、傷ついた互いの心にも似て、もう元に戻す事すら出来ないのだろうか。
「ご満足なさった? お断りしなくとも先生からプロポーズを撤回してくださいました…。わたくしの事を最低の人間と蔑まれて…。あなたはまた、わたくしを地面に叩き伏せ踏みにじられる事に成功なさいましたのね…。さぞ嬉しい事でしょう…」
美凰は噛み締める様に声を絞り出した。
「……」
「あなたは…、驍宗さまに嫉妬なさっていらっしゃるの?」
尚隆は嘯いた。
「ふんっ! 莫迦莫迦しい! 君を愛していないのに、どうして俺があの医者に嫉妬しなけりゃならんのだ?!」
「そんな事は存じておりますわ。わたくしの事は愛していなくても、所有物としての独占欲は恐ろしい程にお持ちなのですもの…」
「……」
「犬でいる間は…、ご主人さま以外を見てはいけないのね。手ひどく相手を傷つけ、そして自分も傷つく事が、これでよく解りました…」
「…、あいつを愛しているのか?」
顔を背けているので、美凰がどんな表情をしているのかは解らなかった。
「…、素敵な男性でいらっしゃいますわ。わたくしには勿体無い…」
「だが…、愛してはいないんだろう?」
「…。愛せるかもしれない、とても好もしい方だとずっと思っておりましたわ…。でも、もうそんな望みも虚しく潰えてしまった…」
尚隆の眼が眇められた。
「好きなのか? あの男が?!」
美凰はごくりと唾を飲み込んだ。
もう何がどうなってもいい。
きっと怒り狂い、酷い目にあわされるかもしれないが、美凰はどうしても尚隆に対して一矢報いたかった。
何の罪もないのに傷つけられた、驍宗の為にも…。
「…、いけませんか? ええ! 好きよ! あの方が好きだわ! あなたを愛した以上に、きっと愛せるようになる…。あの方と結婚できれば、穏やかで幸せな暮らしが望めたでしょうに!」
あなたを愛した以上に、愛せる…。
その言葉は尚隆を深く傷つけ、そして絶望を沸き起こさせた。
「…、そうか…」
恐ろしいまでの怒りの形相が、秀麗な顔に浮かび上がる。
美凰の言葉は、尚隆を完全にキレさせてしまった…。
韓国でも指折りの名門出身。
両親に愛され、世界的な外科医として活躍している男。
美凰を心から愛している男…。
そして、美凰が嘗て愛した男以上に愛せると宣言した…。
尚隆は悔しかった。
堂々と美凰を妻として迎えるべき総てが、乍驍宗には揃っている。
金も地位も名誉も、総て自分が上回っている。
だが、只ひとつだけ自分には欠けているもの…。
美凰に心から愛される資格…。
誤解や嘘をない交ぜにしても、自分自身が美凰からの連絡を断ち切っていたのは事実なのだから。
そして彼女の処女を無理矢理奪い、今もその身体を束縛し辱め続ける事で、自らの傷ついた心を癒そうとしているのだから…。
尚隆は美凰の腕を掴み、大股に歩き始めた。
薔薇の花弁が、早足に歩く二人が巻き起こす突風に散り落ちる。
美凰は抵抗もせず、機械仕掛けの人形の様に尚隆のなすままだった。
驍宗に誤解されて罵られ、尚隆に反抗した事で、美凰は総ての気力を使い果たしていた。
〔今から、また懲らしめられるのね…。身体をいたぶられるだけのSEXで…〕
強引に引き立てられながらそんな事を考えていた美凰は、いつの間にかBMWの助手席に放り込まれた。
運転席に座る尚隆から眼を逸らして窓から外を見ると、朱衡が慌てて尚隆を呼び止める姿がちらりと見えたが、尚隆は無視したまま乱暴に車を発進させた。
市内の歓楽街に向かった尚隆は、とあるホテルの駐車場に乱暴に停車し、呆然としている美凰を引きずりおろすと足早に自動ドアをくぐった。
エントランスには誰も居らず、各部屋の様子が写し出されたタッチパネルがいくつか点灯している。
尚隆は眼に入った部屋のボタンを押し、そのままエレベーターホールへと向かった。
「来いっ!」
「……」
周囲に人は居らず、美凰は踏みしだかれた花の様な体で引っ立てられた…。
※ここから以降、ヒロインのイタいお話を“秘密の花園”に掲載しております。
お読みにならなくても、本編続きになんら問題はございません。
次頁は事後のお話から始まります…。
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