落花 5
 屹立した男のものが、女の花弁を押し分けた…。
 美凰はかっと双眸を見開いて、のけぞろうと必死に身もがいた。
 純潔を汚される確かな予感が、柔らかな全身を戦慄させた。

「いやっ! どうか赦してっ! 助けてっ! 誰かっ! やめてっ! いやっ! ああっ!」

 抵抗の声が叫ばれたが、花火の音に虚しくかき消される。
 尚隆は怒りと興奮に我を忘れた表情で、柔らかな秘処を無理矢理に貫いた。

「いやっ! いやあぁぁぁっ!」

 張り裂けんばかりに見開かれていた黒曜石の双眸がきつく閉じられると、美凰は絹を裂くが如き悲鳴を上げ、電撃に打たれた様にのたうった。
 恐怖の為に渇いたままの花筒は、初めて受け容れた巨大な異物からもたらされる凄まじい痛みに夥しく出血した。
 初めて経験する激痛に気が遠くなる…。
 だが、意識を失ってはならない…。
 この非情な暴力を記憶しておかねば…。
 美凰は気を失うまいと、必死になって歯を食いしばった。

「ううっ…」

 尚隆の荒々しい動きが驚愕と共にとまった。
 挿入の途中、尚隆は眼下で落花狼藉にうち萎れている美凰を凝視した。
 信じられないと言わんばかりの表情で、涙に咽ぶ美凰の花顔を食い入る様に見つめ、やがてかすれた声でひくく問いかけた。

「嘘だ!!! はっ、初めてなのか?!」
「……」

 美凰の嗚咽を肯定と受け取った尚隆は、その精悍な顔に少しだけ、後悔と困惑の色を浮かべた。
 一瞬、問い質したい思いに駆られたが、肉体の快楽が痺れる様に繋がった箇処から伝わってくると、男の欲望が良心を飲み込んでしまった。
 尚隆は隙間なく美凰と繋がった。
 呻くような悲鳴を、熱いキスで塞ぎ、着物の衿を押し広げて豊満な乳房を剥き出しにする。
 美凰はもはや抵抗せず、身体を投げ出したまま尚隆の行為を受け止めていた。
 貪るような男の重たい蠢きに、心と身体の苦痛をその瞳に宿したまま、ただ耐えていたのだ。





「いやぁぁぁっ!」

 自身の絶叫と共に、美凰はかっと眸を見開いて目覚めた。
 涙が溢れて頬を伝う。
 全身が芳しい汗にまみれ、がたがた顫えている。

「うっ! ああ…」

 身体が痛い…。
 尚隆に犯された箇処も、乱暴に押さえ続けられた背中や腰も…。

「気が付いたか?」

 すぐ傍で囁かれた声にびくりとして頸を向けると、バスローブ姿の尚隆が視界に入ってきた。

「…、ここは?」
「在阪中、俺が常駐しているホテルだ」

 尚隆は濡れたタオルで、涙にまみれた美凰の顔をそっと拭っていた。
 美凰は柔らかなベッドの上で、全裸のまま寝かされていた。
 広々とした豪華な寝室は、恐らくスイートルームなのだろう。
 意識がはっきりしてくると、自分の身の上に起こった出来事に羞恥と混乱が美凰を襲った。

「あの…、弟…、要が…」
「心配するな。弟は向かいの部屋で眠らせてある」
「?」

 尚隆は煙草を手に取り、火をつけた。

「パーティー会場に人をやって、ここへ連れて来させた。きちんとした教育をしているんだな?」
「えっ…?」
「『知らない人には絶対ついてゆくな』姉にそう言われてると、しっかり答えたそうだぞ」
「……」

「あの医者は急患が入ったとの事で病院に戻ったそうだ。いずれ連絡が入るだろう。それとも、君から連絡してやるべきかな?」

「……」

 尚隆の鋭い視線に、美凰は双眸を閉じた。
 心の中で、驍宗にすまないと詫びながら…。



 紫煙が吐き出され、寝室内に微かに煙草の香が漂った。
 美凰はぼんやりと、白く立ち昇る細い煙を見つめていた。

「あの医者は…」
「…、乍先生は、わたくしにプロポーズしてくださいましたの…」

 哀しげなか細い声に、尚隆の肩はぴくりと震えた。

「あの写真は、お食事に誘われた途中に背中の傷が痛み出して、気分が悪くなったわたくしを治療してくださる為に、あの方のマンションに行った所を写したものでしょう…」
「あいつとは…」
「なにもなかった事は、あなたご自身が証明なさいましたわ…。つい先程…」

 自らの非道を淡々と突かれ、尚隆はぐっと拳を握り締めた。

「だが、キスしていたじゃないか!」
「……」

 美凰が黙り込むと、尚隆は苛々した様子で煙草を揉み消した。

「あのじいさんは誰だ?」
「亡くなった父と親しかった、銀座の画廊経営者です。あなたに借金をお返しする為に、父の最後の遺作を売却しようと思って…」
「金の目処とはそういうことか…。売れる見込みはあるのか?」

 問いかける尚隆の声が微かに震えている事に、美凰は気づかなかった。

「父の作品は、業界ではまだ人気があるそうで…、おそらく、すぐにでも買い手は見つかるだろうと仰って戴きましたわ…」
「そうか…」
「ですから…、近日中にはあなたに二千万、ご返却出来そうですの…」
「……」

 こんな話をしたいわけではないのに…。
 お互いにわざと話を逸らしている。

「……」

 美凰は、身体の痛みを堪えながらゆっくりと起き上がった。

「あの…、わたくし…」
「バスルームを使いたいのなら、あっちだ。俺は…、弟の様子を見てきてやる。大人しく眠っていると思うがな…」

 そういい残すと、尚隆は寝室を静かに出て行った。
 彼なりの心遣いなのであろうか。
 美凰は頸を振って立ち上がった。
 途端に左足に痛みが走る。
 いつの間にか挫いてしまった様であった。
 美凰は痛みを堪えながら、よろよろとバスルームへと向かった。



 熱いシャワーが珠の素肌に降り注ぎ、雫が弾け飛ぶ。
 涙で汚れた顔を洗い、化粧を丁寧に落とした美凰はシャワールームの中で、尚隆によって女にされた箇処に物憂げにそっと手をやった。
 止まらない出血と共に、ぬるぬるとしたものが白い腿を伝う。
 尚隆が狂った様に突き上げ、やがて吼える様な声と共に自分の中に注ぎ込んだ欲望の塊を、熱く汚された瞬間を思い出し、美凰は身震いしながら何度も何度も秘部を洗った。
 石鹸で洗ったところで、元の身体に戻るわけではないのに…。
 突然吐き気がして、美凰はせぐりあげながら嘔吐した。
 昼食以降はあまり食べていなかったので、吐き出されたものは殆ど胃液だったのだが。
 苦しくて涙が溢れる。
 ついに美凰はその場にぐったりとしゃがみ込み、両手で花顔を覆って泣き始めた。



「風邪を引くぞ…」

 突然、シャワーが止められ、全身ずぶ濡れでしゃがみ込んでいた美凰ははっと上を振り仰いだ。
 硬い顔をした尚隆が、うずくまっている美凰を見つめていた。
 今更隠しても無駄だと笑われるかもしれないが、美凰は慌てて胸を覆い、身をいざって尚隆から裸身を隠そうとした。
 ふいに眼下に晒された背中から腰にかけての、滑らかな素肌の上を縦横に走るケロイドの様に抉れた傷痕に、尚隆は双眸を見開いて驚愕した。

「…、そ、その傷は…、?!」

 美凰は口許を拭いながら、静かに頸を振った。

「…、調査漏れでいらっしゃるのね。あの日、あなたと共にニューヨークへ行こうとして、事故に遭いましたの。その名残ですわ…」
「……」
「独りにしてください…。もう出ますから…」

 尚隆が出て行ってくれたので、美凰はほっとした。
 しかし、安堵もつかの間の事で、尚隆は大きなバスタオルを手に再び美凰の傍に戻ってきたのだ。
 ふわりとバスタオルが掛けられ、美凰の身体は尚隆に抱き上げられた。

「尚隆さま?!」
「黙ってろ!」



 広々としたベッドの前に立たされると、美凰は尚隆に丁寧に身体を拭かれた。
 裸身を晒したままの美凰は、乳房を両腕で覆いながら真っ赤になって尚隆の動きを拒んだ。

「やっ、やめてください! じっ、自分で出来ます…」
「黙ってろ!」
「……」

 ひくい叱責の声に、美凰は羞恥したまま押し黙るしかなかった。
 やがて尚隆はゆっくりと美凰の前に跪き、まだ少しだけ湿った濡羽色の艶やかな茂みに顔を近づけてそっとキスをした。

「あっ! なにを!」

 美凰は驚愕し、尚隆の行為から逃れようと身を捩った。
 石鹸の香が男の鼻孔に漂う。

「いやっ! やめてっ! あっ!」

 尚隆は弱々しく身もがきする美凰をそのままベッドに押し倒し、仰向けに押さえつけながら彼女の上に馬乗りになるとバスローブを脱ぎ捨てた。
 逞しい男の身体が仄かな灯りの中に輝き、美凰はさっと花顔に朱を刷いた。
 尚隆の眼の中に欲望を認めた美凰は、悲鳴に近い声を上げた。

「やめてくださいっ! あんな事…、二度といやっ!」

 再び乱暴される恐怖に、美凰は竦みあがった。
 女の拒否を無視したまま、尚隆は己が唇を、芙蓉花を思わせる柔らかな朱唇に押しつけた。
 甘やかな、蕩けるような感触が尚隆の五感を押し包む。
 懸命に食いしばっている歯を難なくこじ開け、舌を差し入れると柔らかな美凰の舌が尚隆のものになった。

「んっ! うふぅ! あっ! やぁ…」

 美凰は喘ぎながらキスを避け、逃れようと懸命に身を捩った。
 尚隆は美凰を押さえつけたまま、唇といわず耳朶や頸筋、そして肩にもキスの雨を降らせながら、ふくよかに弾んでいる双の乳房を両手に包み込んだ。

「ああっ!」

 張りつめた乳房が揉みしだかれると、埋もれていた乳首がラズベリーの実のように膨らむ。
 美しく清らかな、花の蕾の様な乳首は尚隆の唇に咥えられ、激しく吸われた。

「あっ! やめ…、やっ!」

 美凰は顫えながら、いやいやと頸を振って尚隆の愛撫を拒否した。
 再び痛い思いをする恐怖と共に、心のどこかに小さく、小さく灯された官能の火にじわじわと身体が熱くなりつつある甘い恐怖に…、拒みきれない弱い心に美凰は脅えていた。

〔薔薇の花弁の様だ…〕

 無理矢理押し広げた白い股の中心にある、女の秘められた箇処…。
 花弁の奥から滲む痛々しい血潮は、尚隆が流させたものだ。
 男の手によって下肢を広げさせられるという、処女にとって生涯ただ一度限りの大事な刻を暴力で迎えさせられた美凰。

〔俺は怒りに眼が眩んでいた…。解らなかった…〕

 処女を散らされる寸前、おののく美凰の抵抗は悲愴なものであった。
 懸命にもがき、尚隆の重圧を押しのけようと喘いでいた。
 挿入した時の、薄い膜の様なものを突き破ったが如き感覚を、尚隆は思い出さずにはいられなかった。
 そしてその瞬間の、花火に照らされた美凰の表情も…。

〔俺が美凰にとっての初めての男! 処女を破瓜したのはこの俺なのだ…〕

 バスルームで嘔吐しながら泣き崩れていた美凰の、哀れな姿がふいに蘇る。
 女にあんな思いをさせたのは、初めてだった。
 だが、身勝手かもしれないが痛い思いをさせた事への後悔より、喜びの方が大きかった。
 事情はこれから調べればいい。
 ただ、この女に触れたのは自分が初めてだったという事実が、尚隆を歓喜へと高揚していった。
 ごくりと生唾を飲み込んでから、石鹸の香りの漂う花弁にそっとキスをする。

「いやっ! …、やめて!」

 美凰は身を捩って逃れようとするが、尚隆の腕に腰をしっかりと押さえられ、身動きが出来ない。
 男の舌が傷ついた箇処を優しく舐め始めると、美凰は羞恥と恐怖にすすり上げた。
 つい先程…、初めて男の欲望を暴力的に受けた恥ずかしい秘部にされる愛撫が余りに衝撃的であった。

「やめて…、そんな事…、いや…」
「……」
「あっ…、やめて…、お願い…」

 哀願する美凰の双眸に涙が溢れた。
 巧みな舌の蠢きに傷の痛みが少しずつ和らぎ、代わりに不思議な感覚が漣の様に押し寄せてくる。
 その感覚に押し流されまいと、美凰は必死に全身を強張らせて尚隆を拒んだ…。

〔微かに、甘い香りがする…〕

 花弁を舐め続けていると、花園の奥から蜜が少しずつ溢れてきた。
 美凰の透き通る様に白い肌は薄っすらと桃色に染まり、汗ばみ始める。
 血の味は薄れてゆき、代わりに微かに香る薔薇の香りが尚隆の鼻孔をついた。

〔蕩ける様な味わい…。なんて身体だ…〕

 水晶の様な汗にしっとりと包まれた女体の全身を、薔薇の香りが包んだ…。



 尚隆は口許を拭いながら漸く白い股間から顔を上げ、泣き濡れて双眸を閉じている美凰をじっと見つめた。

「美凰…、俺を見ろ」
「……」

 美凰はいやいやと頸を振って花顔を背けたが、尚隆の指に無理矢理頤(おとがい)をしゃくられた。

「いやっ! キスしないで!」
「なに?」

 尚隆の顔が近づいてくる気配に、美凰は眼を閉じたままぶるぶる慄えつつ芙蓉の様な唇を噛み締めてキスを拒んだ。

「お願い…。愛していないのなら…、唇には触れないで…」

 美凰の哀願に、尚隆の胸は微かに痛んだ。
 だがその思いを尚隆は振り切った。

「要求できる立場だと…、思っているのか?」
「……」
「眼を開けろ…」

 美凰は目蓋を顫わせながらゆっくりと双眸を開いた。
 吸い込まれそうに美しい黒曜石の瞳は、脅えた翳りを見せながら眼差しを逸らした。
 尚隆は噛み締めている唇を、指でそっとなぞった。
 煙草の香りが微かに美凰の鼻孔に漂う。

「あの医者には許していたな? 愛しているのか?」
「……」

 否定しない美凰の態度に、黒い嫉妬の思いがじわじわと沸き起こる。

「プロポーズされたと言っていたじゃないか!」

 そう言うなり、尚隆は美凰の唇を奪った。

「あっ! いやっ! うっ!」

 歯を食いしばったものの噛み付くようなキスに貪られ、こじ開けられた口腔に熱くぬめらかな男の舌が侵入して、美凰の舌は存分に絡め取られる。
 激しく唇を攻めながら、尚隆の指が無遠慮に濡れた花弁をなずり、奥へ奥へと侵入する。

「ああっ、や…、やめ…、て…、はっ…」

 女体はわななき、再び芳しい蜜が滲み出てきた。
 挿入している指がきゅっと締め付けられ、性感帯の一部を発見した尚隆はますます愛撫を加える。
 やがて尚隆は、すっかり濡れそぼらせた花園から指を抜き取ると美凰の上にのしかかり、そそり立つ雄芯で花弁を掻き分けた。
 あの痛みの一刻を思い出し、美凰は激しいキスの攻撃を逃れつつ恐怖の叫び声をあげた。

「やめてぇ! いやぁぁっ! あうぅぅっ!」

 男を受け容れたばかりの狭い内部への挿入は溢れ出る潤いに助けられ、尚隆のものは軋みながらも完全に美凰の中へ埋没した。
 最初の時の様な激痛はなかったが、それでも疼痛は押し寄せる。
 自分の中に異物が嵌め込まれ、熱く蠢いている感覚に美凰は慄いた。
 痛みの果てになにがあるというのか…。
 それを知るのが恐ろしく、美凰はきつく眼を閉じて両手でシーツを掴み締めた。
 硬く肢体を投げ出して、時が過ぎるのを待つ様に観念した美凰の姿に、尚隆はくつくつ笑った。

「観念したつもりか? 生憎俺は石を抱く趣味はないんでな…。最初はともかく…、せいぜい楽しめる様に仕込んでやるぞ。絵が売れて…、二千万が支払われるまではな…」
「……」

 尚隆は嬉々としながらゆっくりと律動を開始した。

「あぁ…、あっ、いやっ! いやぁ…」

 美凰は拒否の言葉を訴えて身もがいた。

「やめて…、お願い…、赦して…、恐い…、痛いわ…」

 声がか細くなってゆく。

「恐がらなくてもいい。もう痛い目にあわせる気はない…」

 尚隆は平然とした表情のまま、涙に咽ぶ女体の一挙一動を弄ぶ様に、その眼に灼きつける様に観察していた。
 人形の様に大人しく、なす術を失った女体は、男が快楽に昇りつめる為の蠢動に絶えず揺り動かされ続けた…。



 乱暴に扱われる方が却って良かったのかもしれない。
 一度欲望を放出した後、また挑んできた尚隆の動きは巧みだった。
 しなやかな白い両脚が折り曲げられ、押し上げられる。
 広がった花弁の奥に滾ったものが再び挿入され、美凰はかすれた悲鳴を上げて仰け反った。
 濡れた繋がりから聞こえる、淫らな蜜の音がおぞましい。
 豊かな乳房が揉みしだかれ、薄紅色の乳首が優しく吸われると、美凰の口からひそやかな喘ぎ声が漏れた。
 逞しい腰が激しく美凰を突き上げ、翻弄する。

〔痛みが…、遠のく…。代わりに…、代わりに押し寄せるこの感覚は…〕

 身体がふわりと舞い上がるような感覚が恐ろしい。
 男の温もりと蠢きを心地良く感じ始めている自分が恐ろしい…。
 目前の快楽を拒否した美凰は、理性を取り戻そうと手の甲を強く噛んだ。
 痛みが全身を走りぬけるのと同時に、花園が尚隆のものをぎゅっと締め付け、早々と射精を誘(いざな)った。

「ううっ…、まだだ! まだ…、くっ! うぁっ!」

 尚隆は堪えようともがいたが、痺れる様に襲ってくる悦楽には勝てなかった。
 柔らかな美凰の臀部を抱え込みながら、尚隆は快楽の中心である深奥の花蕊に向かって白濁の熱い欲望を解き放った…。



 荒々しい息遣いが沈静すると、ぐったりとした美凰から身体を離した尚隆は、白い繊手の甲にくっきりと残る歯型と出血をじっと見つめた。
 その視線に気づいた美凰は、手の自分の胸元に引っ込めると横臥して尚隆の視線を避けた。

「君を誤解した事は謝らねばならんだろうが、それ程の我慢を強いているつもりはないぞ。もっと素直に喜びに身を任せることだな。…、SEXなんてそんなものだ…。愛し合っていなくても、身体の相性だけは如何ともし難い…」

 仰向けになった尚隆は羽根枕に背をもたせかけながら煙草を一本銜え、火をつけながら乱れ散っているつややかな美凰の髪を指で梳いた。

「よっ、喜びだなんて…」

 美しく染まった頬を新たな涙が流れていく。
 心地良さげに紫煙を吐きつつ、尚隆は黒髪をそっと手に巻きつける。

「もう一度やってみれば解るさ。君の身体は…、非常に感度がいい。俺との相性がいいんだろうな…」

 尚隆の淫らな視線を腰の辺りに感じた美凰は、ぞくりと身体を慄わせた。

〔この上まだ…。この方はわたくしを一体なんだと思っていらっしゃるの?〕

 心の中でそう呟く一方で、撫でられている髪からは心地良い感覚が沸き起こり、疲れ果てた身体を包み込んでゆくのだ。

〔そんな風に思ってはいけない! わたくしは玩具なのよ。飽きられれば捨てられる玩具…〕

 美凰は傍らにあったバスタオルで身体を覆いながら、大儀そうにゆっくりと起き上がるとベッドから降り立った。
 どこもかしこもが痛い…。
 立っている事すら辛かった。

「どこへ行く? まだ続きを済ませてないぞ」

 こんなに辛いのに、尚隆はまだ美凰を抱くという。
 もう身体中がぼろぼろだ。
 そして心も…、心の悲鳴は一体どこへぶつければいいのだろうか?
 内腿をとろりと伝わる淫らな雫に、美凰は唇を噛み締めた。

「シャワーを浴びに…。不潔で嫌なの…」

 沈黙が二人を包んだ。
 つい口を滑らせてしまった美凰は、己の失言を後悔した。
 次の瞬間、ベッドから降りて近づいてきた尚隆に美凰は思いっきり頬を打たれた。
 美凰は息を呑んだ。
 涙がどっと溢れた…。
 美凰がわなわなと全身を慄わせる以上に、それを見ている尚隆の顔が蒼白になった。
 尚隆は唇をぎゅっと噛み締めたまま、美凰の美しい顔に浮き出た赤い手の跡を見つめている。

「なんてことを言うんだ! この俺が不潔だと!」

 美凰はぽろぽろ零れる涙を拭こうともしないで、初めて尚隆を睨みつけた。

「独りにして頂戴! ああ、お願いっ! わたくしを独りにしてっ!」

 ヒステリックな美凰の叫び声に、尚隆は不愉快気にくるりと背を向けた。

「シャワーを浴びる…。俺の方こそお前の淫乱さに惑わされて身体中汚してしまったからな。初めてのくせにあんなに濡れるとは…、よほど男が欲しかったんだろうよ!」
「……」

 尚隆は恐ろしい勢いでバスルームに向かい、荒々しくドアを閉めた。
 窓ガラスが割れそうに鳴った。



〔ひどいわ…。ひどい…〕

 呆然と涙を流しながら、美凰は腫れ上がった左足を引きずりつつふらふらと部屋を出た。
 向かいの部屋をそっと開けると、広々としたベッドに要がちんまりと丸まって眠っていた。

「要…、姉さまを助けて…」

 安らかに眠る弟の手を握り、美凰はそのままベッドの横に座り込んで崩れるように眼を閉じた。

_30/95
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