落花 3
「ここに、座るのか?」

 パレードを見るために敷かれたレジャーシートの上に、尚隆は所在無く腰を下ろした。
 昼食はホテルのレストランでと思っていたのに。

「はい。ランチを買って参りますから、お留守番なさっててくださる?」
「俺が行くぞ!」

 美凰はくすくす笑った。

「行列ですもの! またご機嫌が悪くなられたら大変ですから、待っていてください」

 そう言うと、美凰はランチを買いに出かけた。
 周囲を見ると確かに殆ど、男ばかりが場所取りをさせられている様子だった。
 心地良い初夏の風が尚隆の頬を撫でる。
 不思議と煙草も欲しない。
 指定場所以外は禁煙と聞いているから、内心どうしようかと焦っていたのだが…。

〔こんな休日の過ごし方も、あったんだな…〕

 ぼんやりと頬杖をついていると、くすくす笑い声が聞こえた。
 振り返ると、派手な恰好をした女子大生風のグループが尚隆を見つめており、ハンサムな男性を、明らかに誘うような目つきでにっこりと微笑みかけてくる。
 以前なら相手の要望を即座に飲み込んで、刹那の楽しみに溺れたものだが。
 そう、美凰を知る以前なら…。



「ごめんなさい。遅くなって…。ポップコーンを買っていたら時間がかかってしまって…」

 見上げると両手にランチボックス、頸からはポップコーンバケツをぶら下げている美凰が太陽を背に輝きながら立っている。
 尚隆は慌てて、美凰が持っているドナルドダックのランチボックスを手に取った。

「重たかっただろう。大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。それよりファーストフードなんですけど、よろしいかしら?」
「これは美味そうだな…」

 ふと先程の女子大生達の方を見ると、美貌の彼女の出現にすごすごと引き下がっていった様子である。
 尚隆は苦笑しながらハンバーガーにかぶりついた。

「まあ、どうなさいましたの? 苦そうなお顔をなさって…、お口に合いません?」
「いや…、なんでもない。これは美味い。ただ、今日は言ったかなと思って…」
「何をですの?」
「君を…、愛しているって」
「まあ…」

 美凰は真っ赤になりながら、羞かしそうにコーラで喉を潤した。





 昼間のパレードを楽しむと、二人は日が沈むまで場内を駆け巡り、やがて弟と妹にお土産を見たいと言った美凰と共に尚隆はワールドバザールのショップに入った。
 中は大変なごった返し様で、ほんの少し眼を放した隙に美凰とはぐれてしまった尚隆は、不慣れな場所をうろうろした挙句、漸く可愛らしい人形の棚に見入ってうっとりとしている美凰を発見した。
 見ると桃の節句でもないのに、雛人形の様なものが並べてある。
 美凰が手にとって欲しそうに見つめているのは、掌サイズの桃の花に乗ったドナルドとデイジーの、とても可愛らしい内裏雛の置物であった。
 季節外れなものでもドナルドダックの誕生日ということで、特別に展示販売しているのだろう。
 美凰は残念そうに置物を棚に戻すと、手にしていた弟妹へのお土産の精算にレジへと向かった。
 尚隆は美凰に見つからない様に置物を手にした。
 見ると価格は3千円程度である。

〔まったく! なんで俺にねだらないんだ? 遠慮ばっかりして…、俺はそんな甲斐性なしじゃないぞ!〕

 だが、彼は知っている。
 美凰が尚隆に、できるだけお金を使わせないようにしている事を。
 小松家の金に群がっていると思われるかも知れないという事を、極端に心配しているのだ。
 苦笑しながら尚隆は置物をこっそり購入した。





 夜空に花火が上がり、エレクトリカルパレードの興奮さめやらぬ状態の美凰は、瞳を輝かせてシンデレラ城の上空を見上げた。
 華やかな花火が、1日の夢と魔法の終わりを告げている。
 今からホテルで夕食を取った後は、違う夢の始まりなのだ…。

「美凰…」

 優しい声で名を呼ばれ、美凰はどきどきしながら傍に居る尚隆を振り仰いだ。

「これを…」

 渡された包みを開けてみると、先程ショップで欲しいと思っていたのを我慢した雛人形の置物だった。

「尚隆さま…」
「今日の記念に…。そんなに高いものじゃないから、受け取ってくれるな?」
「嬉しい! 有難うございます。わたくし大切にしますわ…、あっ!」

 近づいてきた尚隆に優しくキスされ、美凰はうっとりと彼に身を任せた。
 恋人達の頭上には華やかな花火が煌いていた…。





「忘れた…」

 荷物を引っ掻き回し、財布やその他諸々の小物入れを点検するがやはりなかった。

〔そりゃ、なしでやりたいのは山々だが、初めてなんだから美凰が予防方法を知ってるわけでなし、どうなるか解らん。やっぱり俺が用意しといてやるのが男の責任じゃないか!〕

 尚隆は悩んだ挙句、シャワーを浴びた後、続いて美凰がバスルームを使っている間に1階のドラッグストアーへ走った。
 一度目にしたら絶対忘れられない程に素敵な男性が、勢い込んでレジに置いた箱を目にし、キャッシャーの女性は些かショックを隠せなかった様子である。
 だが、そんなことに構っていられなかった。
 いつも用意を怠らないのに、忘れてきたとは余程の事だ。
 まるで初めての時の様な緊張感が、尚隆を焦らせる。
 エレベーターの中で聞くミッキーマウスの歓迎の声すら、なんだか自分を間抜け呼ばわりしている様な気がしてならなかった。
 慌しく部屋に戻ってきた尚隆だったが、眼前をこれまた慌てて横切っていった美凰がバスルームに駆け込んで、些か乱暴に扉を閉める姿が見えた。
 ベッドの上を見ると旅行鞄の中身が散乱しており、余程慌てていた様子が手に取るように解る。
 ナイトテーブルに買ってきた包みを無造作に置いたとき、散らばっている物の中に薬袋があるのを見つけた。

「なんだ?! これは…」

 美凰の自宅からは、随分離れた場所にある内科の名前になっていた。
 薬袋の日付は、尚隆のマンションでの出来事の翌日である。

「美凰…、どこか具合でも悪いのか?」

 尚隆は心配になり、袋の中を開けた。
 中にはプリントされた処方箋が入っており、薬は残り3錠ほどになっていた。
 毎朝1錠と書いてあり、月経予定日の一週間前から嚥む事と投薬終了後24時間以内に月経になる事、そして1日でも嚥み忘れない様注意する事などが書き記されてあった。
 この時期が予定期間なのか、美凰は尚隆との旅行中に体調の変調を避ける為、前もって医者の処方を貰っていたのだろう。
 新婚旅行に行った同僚から似たような話を聞いたことがあり、尚隆の口許はなんともいえない喜びに我知らず微笑んでいた。
 その時、バスルームの扉が開いた。
 バスルームから出てきた美凰は、ストライプのパジャマを着ており、期待していた可愛いピンクのネグリジェ姿ではなかった。
 しかも吃驚したように開かれた美しい双眸からは、大粒の涙がぽろぽろ零れている。

「ごっ、ごめんなさい…。わたくし…」
「どうした?」
「わ、わたくし…、あの…、つっ、月のものに…」
「……」
「旅行に行くからとお医者様に処方して戴いて…、ま、毎日ちゃんと嚥んでましたのに…」

 美凰は両手で顔を覆ってしくしくと泣き出した。

「と、とても緊張していて…、今朝嚥み忘れたの…。お夕食の後に思い出して、その時に急いで嚥んだのですけれど…、まっ、間に合わなくて…、それで、今…」
「……」
「ご、ごめんなさい…、ごめんなさ…」
「……」

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