白い内腿に、淫らな手が差し入れられた瞬間であった。
「阿選ちゃん! 駄目よ!」
甲高い女の声に阿選は扉の方を振り返ると、ちっと舌打ちをした。
足枷があるから大丈夫だろうと思い、扉に鍵をかけずにいたのは思わぬ油断だった。
涙で霞む眼を凝らして声の主を見つめた美凰は、更にぞっとなった。
鉄の扉の前に悠然と立っていたのは、あの小松夏蓮だったからである。
「……」
「何しに来た! 明日の夜には帰ると言っておいた筈だぞ、夏蓮!」
夏蓮は淫らな笑いを美貌の顔に浮かべながら、ゆっくりと阿選に近づいた。
「ああん、阿選ちゃんったら! お願い、怒らないで!」
「……」
流石の阿選も美凰の裸身から身を起こし、立ち上がって襟元を正した。
そんな阿選の肩に手をかけ、夏蓮は妖艶にしなだれかかって媚を含んだ微笑を浮かべた。
「一度は納得したけど…、やっぱり我慢できないの!」
「……」
「貴方はあたくしだけのものよ! その小娘を味見してみたいって言うから我慢しようと思ったけど、やっぱり堪えられないわ! 阿選ちゃんが他の女を抱くなんて、考えただけで…」
「……」
無言の阿選から視線を外した夏蓮は、無残な状態でぐったりと仰臥して自分を見つめている美凰を眺め、真っ赤に塗られた毒々しい唇をぺろりと舐めつつ嬉しそうにけらけらと笑った。
「いい眺めねぇ、名ばかりの小松夫人! この姿を尚隆に見せてあげたいわぁ! うっふふふ!」
「……」
美凰の呻きは、口に押し込まれた布着れのせいで言葉にならなかった。
「あたくしを莫迦にして、しかも殴ってくれた罰よ! アラブの富豪の玩具になるまで、無事に生き抜ければいいけど…。あたくしの燕たちはとおーっても凄いタフネスだから、死にぞこないのマグロなんかにはとてもじゃないけど耐え切れないかしらねぇ…。ま、せいぜい頑張んなさいな!」
夏蓮はくすくす笑いながら扉の外に向かって声をかけた。
「さあ、あんたたち! 入っていらっしゃいな!」
耳障りな声に呼ばれ、扉の向こうから屈強な男達が5人ばかり、ぞろぞろと室内に入ってきた。
5人とも口許を緩め、締りのない表情でにやにやと淫らな笑いを浮かべながら、争うように美凰の美しい裸身を眺めては感嘆の声をあげたり口笛を吹いたりした。
「なんなんだ? お前達は…」
「阿選ちゃんったら。約束したでしょ! 貴方が一回だけ楽しんだら、その女をこの子達にたっぷり輪姦(まわ)させるって! それを録画して尚隆に送りつけるって、あたくしの計画、お話したじゃない!」
美凰はがたがた身体を顫わせながら、眼の前で恐ろしい話を平然としている夏蓮を見つめた。
「俺はまだ女を楽しんでないぞ!」
憮然とした阿選の声に静かな怒りが含まれている事に気づかない夏蓮は、楽しそうに笑いながら宥める様に若い愛人を見つめた。
「あら、阿選ちゃんったら! ちょっと興味がある程度で、さほどのこともない。あたくしを虚仮にした御礼をしてやりたいだけだって言ってたじゃない! だったら貴方が弄ばなくったって、この子達に任せればいいのよ。やりたい放題にやってくれるわ。あたくしは取り合えず最初の稚拙極まりないシーンを録画して尚隆に送りつけてやるつもりで来たのよ。だってあの子にひと泡吹かせてやらなきゃ気がすまないんだもの! あの子ったら、この小娘に指一本でも触れたなら、死んだ方がマシだという目に合わせてやるだなんて! 息巻いたのよ。このあたくしに向かって!」
「……」
その言葉に嗚咽していた美凰の双眸が見開かれた。
〔尚隆さま! 尚隆さま…! 尚隆さまっ!〕
美凰は渾身の力を振り絞って口に詰め込まれた布を引っ張り出し、弱々しく咳き込みながらベッドから転がり落ちた。
5人の下卑た男達の視線が、美凰の真珠の様な裸身に集中する。
何名かの男は、既に勇み足を踏んで美凰に近づきかけていた。
裸身の胸を護るように吐き出した布を当てながら、美凰は壁際にひしとしがみついて周囲の視線に背中を向けた。
もう逃げる事は出来ない。
阿選はおろか、こんな男達に身を穢されるなど…、堪えられる筈もなかった。
これが最後のチャンスだろう。
〔愛しているわ、尚隆さま…。わたくしには、あなただけ…〕
涙が頬を伝う。
今度こそ貞操を護るべく、美凰は舌を噛もうとしかけた。
その瞬間…。
一発の銃声が狭い室内に響き渡った…。
ライナー埠頭に到着した六太と香蘭は、小松海運の倉庫内に足を踏み入れた瞬間に銃声を耳にした。
六太はがたがたと震えながらあたりをきょろきょろと見廻す。
「美凰! 美凰!」
「六太くん、落ち着いて! 君たちは車に待機しているんだ!」
青辛と名乗った捜査官は二人を宥めたが、六太も香蘭もそんな言葉に構っていられなかった。
「うるせーぞ! おれは美凰を助けなきゃなんないんだ! どこだ! どこに居るんだっ! 美凰!」
「六太様!」
六太はわき目も振らずに銃声の聞こえたと思しき地下に向かい、猛ダッシュした。
その後に、肩の痛みも忘れたかの様子の香蘭が続く…。
「まったく! なんて子供と女だ! くそうっ!」
青辛は焦った様子で、次々に現れた部下達に倉庫内を捜索の指示を飛ばした。
この倉庫のどこかに、外国へ売買される為に誘拐された婦女子たちが監禁されているのだ。
拳銃の弾薬を確認しつつ六太達の後を追いかけたようとした青辛の耳に、数台のヘリコプターの爆音が轟いた。
「な、なんだ?! 府警のヘリがもう到着したのか?!」
倉庫の入口に眼を向けた青辛は、テレビや雑誌のゴシップ欄でちょくちょくお目にかかっていた堂々たる偉丈夫ぶりの男が、明らかに特殊部隊と思しき物腰の男達を数名引き連れてこちらに向かって駆け込んでくる姿を捉え、驚愕した。
〔小松尚隆?! まさか? 本人なのか!〕
呆然としていた青辛の前に、尚隆はつかつかと歩み寄った。
「君が先程連絡をくれた捜査官か?」
「貴方が、こ、小松さん…、ですか?」
尚隆は大きく頷いた。
「小松尚隆だ! 六太と香蘭はどこだ? 俺の妻は!」
青辛ははっとなった。
「先程銃声が響いて、六太君とSPの女性は地下へ。私も今から追いかけようと…、っ?!」
そう言った瞬間、尚隆は既に全力疾走で地下に続く扉の向こうに消えていった。
「会長! お待ちください! 単独行動は危険ですっ! 会長っ!」
その後をSPの隊長である成笙が、数名の部下達と共に続く。
「な、何なんだ、一体? おいっ! 待てよっ! おおーいっ!」
青辛は苦虫を噛み潰した様な顔をして尚隆の後を追い、引き続き地下へと向かった…。
〔助けなきゃ! 美凰を助けなきゃ! 家族だって! おれの事、家族だって! 嬉しいって言ってくれたんだ! 美凰を助けなきゃ…〕
薔薇の花の様な美しい笑顔を思い浮かべ、六太は涙ぐみながらわき目も振らず、美しい金髪をなびかせながら必死になって長い廊下を駆け抜けた。
やがて…。
六太と香蘭は十字路に到着した。
その瞬間…。
『きゃあぁぁぁぁ!』と、劈くような鋭い悲鳴が先程の銃声以上に大きく響いた。
二人は顔を見合わせた。
「美凰の悲鳴だ!」
香蘭は耳を済ませ、声のした方角を確認する。
「六太様、左の道です!」
「うん! 行こう、香蘭!」
「はいっ!」
二人は左に折れて、再び全速力で走った…。
丁度同じ時、地下への階段を降りきった尚隆の耳にも、美凰の悲鳴が届いた。
尚隆は一瞬立ち止まり、眼を剥いて正面を見据えた。
あの悲痛な叫び声を、自分は一度だけ聞いた事がある。
そう。
誤解の下、愛する美凰を犯した瞬間に響き渡った悲鳴だ。
「美凰…、美凰っ!」
尚隆は渾身のパンチを壁に打ち込むと、獣の遠吠えの様な叫び声をあげながら猛然と悲鳴が聞こえた方向へと突進した。
その時、尚隆の雄叫びを聞きつけた阿選の配下の男達が数名、廊下に現れた。
皆、半裸でだらしない格好をしている。
「なんだ、てめえは?!」
「サツの手のもんか?! お前…、うげっ!」
真正面に立って行く手を阻もうとした男は、常軌を逸した尚隆の容赦ない拳の一撃を喰らい、その場に崩れた。
「どけっ! 死にたくなければどくがいいっ!」
「野郎っ!」
「俺の行く手を阻むな! 殺すぞ!」
そう言い放った尚隆はショルダーホルスターから素早く拳銃を取り出し、再び眼の前に立ちはだかった別の男に向かって銃口を構えた…。
生ぬるい血潮が真っ白な裸身に降り注ぐ…。
眼の前で響いた銃声と共に、恐ろしい形相をしたマッチョな男が自らの白い膝下にどさりと倒れ臥した姿を目の当たりにした美凰は、恐怖の余り裂けんばかりに双眸を見開いて、こちらに向かって銃を構えたままの阿選を見た。
男は勇み足で美凰に触れようとしていたのだ。
「でくの坊が! 俺の女に触るなっ!」
阿選の顔はさながら悪鬼の様であった。
心臓を一発で打ち抜かれて倒れた男から多量の血が噴き出し、その血が美凰に向かって流れてくる…。
「あっ! あああっ! いっ、いやっ!」
眼の前で起こった狂気の様な出来事に悲鳴を上げて壁にしがみつき、美凰は自殺する事も忘れてがたがた震え、硬く眼を閉じて流れてくる血に塗れまいと懸命に後じさった。
「あ、阿選ちゃん…、貴方なんて事…」
顔面蒼白になった夏蓮は、阿選とそして殺された男を交互に見つめた。
「お前っ! なんて事すんだ! 新参者のクセに!」
「生意気な奴だ! ちょっと夏蓮様のお気に入りだからって!」
「夏蓮様のご意向に逆らうってのか?!」
「素直にその女を渡せ!」
残りの4人の取り巻き達の形相は、凄まじいものに変貌しつつあった。
「ち、ちょっと待ちなさい! あんたたち、落ち着いて! あ、阿選ちゃん! どうしてこんなおイタをするの? 一体何のマネ! あたくしの大事な燕ちゃんを…」
取り巻き達の憤慨を宥めつつ、最もお気に入りの愛人の突拍子もない行動を窘めようとした夏蓮の耳に氷の様に冷たい声音が響いた。
「美凰に触ろうとしたからだ!」
「なっ?!」
阿選は恐ろしい目つきで夏蓮を睨めつけた。
「いいか、この雌豚! お前みたいな女の相手は1回でうんざりだ! この俺様が何の為にお前みたいな淫乱にご奉仕をしてやったと思ってんだ? 美凰だよ! この美しい薔薇の花を俺だけのものにする為に、その為にお前なんかを抱いてやったんじゃねぇか!」
吐き捨てる様にそう言うと、阿選はゆっくりと美凰に近づいて行った。
4人の男達と共に阿選の暴言を呆然と聞いていた夏蓮は、信じられないとばかりに美貌の表情を歪ませた。
「あ、阿選ちゃん…」
「解ったらその筋肉マン達連れてとっとと帰れよ! 美凰を俺の女にする事は小松のじいさんも承知の上だよ! 俺とじいさんは5年前からの人身売買組織の仲間だからね。直人君は小松財閥の総帥の座、俺様はこの可愛い蝶々をそれぞれ手に入れるって事で、今回を最後に組織から足を洗うって事も決めてんだぜ!」
夏蓮は顔面蒼白の体で阿選を睨みつけた。
「あ、あたくしを…、このあたくしを『雌豚』ですって…」
阿選はくすくすと笑った。
「直人君は物凄くいい感度の女だって言ってたけど、お前程度で感度良好って言ってるくらいなら直人君のセックスライフもお粗末なものなんだろうな〜 まあ、漸く日の目を見れるんだから、今後はもっと極上品の女たちを味わうんだろうけど。残り短い人生なんだし…。お前もお手許金増額して貰ったらもっと沢山の男を蓄えられるだろうから、こんな男の一人や二人、使えなくなったからってどーって事ないだろ?」
足許に崩れている死体を無造作に蹴り転がし、壁に縋りついていやいやと身もがく美凰の裸身を難なく引き寄せた阿選は、やれやれという顔をしてポケットからハンカチを出した。
「ごめんよ、美凰…。くだらない邪魔が入った上、君の綺麗なお肌をこーんなに汚しちゃって…」
そう言いながら、阿選は美凰の血糊をゆっくりと拭ってゆく。
「い、いやっ! 離してっ! あぁっ! 触らないでっ! いやっ!」
「君が塗れていいのは俺の精液だけだからね…。よしよし、もう恐くないからねぇ〜」
儚げに抵抗して阿選を拒否する美凰を背後から抱き竦め、淫らに笑いながら血塗れの乳房を楽しそうに揉みしだいている阿選の姿に、夏蓮の美しい顔が夜叉の様になった。
最もお気に入りの、そして自分自身の激しい欲望を満たしてくれる唯一の男…。
〔尚隆に続いて、阿選までもがこの女に…〕
夏蓮のどす黒い嫉妬と激しい憎悪は、眼の前で無残に弄ばれている美凰に向けられた。
「あ、あんたたち! なにボケっと突っ立ってんのよ! は、早く阿選を捕まえて! そしてあの女をメチャメチャにしちゃってよ! そうよ! い、一番にあの女を犯ったコにはご褒美をあげるわ! 5倍! い、いいえっ! 10倍よ! 普段のお小遣いの10倍をあげるわ!」
夏蓮の叫び声に、呆然と突っ立っていた男達は互いにはっと顔を見合わせた。
「お、お粗末なテクニックは絶対に駄目よ! たっぷり可愛がって汚しまくるの! 最高の演技者にはボーナスも出してあげるわ!」
「……」
初めて見る優美な花の様な美貌の、おそらくは良家のお嬢様。
そして真珠と薔薇の輝きを持つ美しい肢体…。
あの裸身を思いのままに抱けるうえ、高額の金まで…。
欲望の塊である淫らな男達は、必死になって抵抗を続けている美凰の下腹部に手を伸ばしかけている阿選の背中に近づいた…。
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