誘惑の果実
「えっ? 美味しい焼き林檎の作り方?」

 王城高校の演劇部室内で上半身は黒いレオタード姿、下半身はドレープのたっぷり取られた菫色のロングスカートに艶やかな身体を包みこんでお芝居の練習をしていた美凰は、眼の前で拝む様に自分を見つめている若菜小春の可愛らしい顔をまじまじと見つめた…。



 明後日に近づいた王城学園祭で、美凰と桜庭が演劇部の舞台に立つというのは周知の事実。
 最愛の恋人である進清十郎の公私に亙る世話はもとより、学業やイベント、それにレッスンやプチコンサートへの出演など、芸術の秋と呼ばれるに相応しく、美凰の秋は殊の外、多忙であった。

「何かと忙しい美凰さんにこんなお願い、本当に心苦しいんですが…」
「……」

 アメフト部は毎年、ホワイトナイツの公開試合や簡単なアメフト教室のパフォーマンスを行う出し物の他、『白馬亭』という豪華な屋台を構えていた。
 販売しているものは数量限定のお弁当と手作りカレーである。
 見た目も美しく、その上大変美味なお弁当はアメフト部御用達の『華族』という高級料亭から特別に提供されているもの、そして手作りカレーはアメフト部員1年生達の力作であった。
 そしてそれとは別にデザートだけを若菜が毎年、数名の友達に手助けして貰って拵えて販売していたのである。
 例年通り、エクスカリバルーンと盾のクッキーセットを作ろうと思っていたのだが丁度その頃、若菜の田舎から大量の林檎が送られてきた。

『作った事ないけど、原材料がただなんだから部費の節約にもなるし、頑張ってみようかな…』

 最初はそんな軽い気持ちで林檎を見つめていたが、おすそ分けでお弁当に入れてあげたら大喜びしていた恋人、桜庭春人の『俺、林檎大好きなんだ〜!!!』発言がインプットされた若菜の脳裡には、部費の節約+春くんが好きな林檎でデザート! という考えしか浮かばなくなっていた。
 検討の結果、『焼き林檎』が一番お手軽であるという方向に落ち着いたものの、ネットレシピやお菓子の本を色々調べてチャレンジしても、一向に満足のいく味が得られない。
 そこで思い浮かんだのが、料理上手な美凰の力を借りようというアイディアであったのだ。

「まあ! 林檎は桜庭くんの好物なの? それじゃ若菜ちゃんのお話を聞いてると、なんだか部費の節約より桜庭くんの好きなデザートを拵えてあげたい方に重きを置いてるって感じね?!」
「いやだ! 美凰さんったら! からかわないでくださいよぅ〜!」
「うふふふっ! でもわたしの焼き林檎が若菜ちゃんの合格を貰えるのかしら?」
「絶対に大丈夫です! 間違いありません!」
「凄い自信なのね?!」

 レオタードの上からざっくりとした生成りのカーディガンを着用した美凰は、すれ違う校内生達が、特に男子生徒達がうっとりとした眼差しを自分の顔や豊満な胸元に注いでいる事にも気づかず、若菜と楽しく会話しながら到着した家庭科室の引き戸を開けた途端、中に居た人々に驚いて眼を丸くした。

「あら?」
「あっ! はる…、さ、桜庭先輩! 進先輩! それに小雪ちゃん! 来てたんですか?!」

 家庭科室には白い制服姿の進清十郎、桜庭春人、そしてすらりとしたモデルの様な身体つきの女子生徒が楽しそうに談笑していた。
 中に入った若菜は嬉しそうに三人の傍へ寄って行った。

「小雪ちゃん! クラスのお手伝いはもういいの?」
「はい。うちは展示だけですから…」

 そう答えた女子生徒は羞かむ様に可愛い顔を赤らめ、美凰に向かって軽く会釈をした。

〔まあ…。なんて可愛い女の子! 誰なのかしら?〕

 女子生徒は、絵本の中の白雪姫の様な白い肌とさくらんぼと紛う赤い唇が印象的な美少女であった。



「あっ! 美凰さん! わざわざここまで出向いて貰ってすみません。一時間後の通し稽古から合流しますから…」
「ううん。まだ時間はあるから大丈夫よ…」

 少し赤い顔をしている桜庭に笑顔で答えた美凰は、間近でむむむっと呻いている進に小頸を傾げた。

「どうしたの? せ、進くん? 桜庭くんもだけど顔が少し赤いわ?」
「…、なんでもない…」

 なんでもないわりにぷいっと恋人から顔を背ける。
 美凰にはわけが解らなかった。

「桜庭先輩と進先輩もわざわざ?」
「うちはお化け屋敷だから結構手間取っちゃって…。少ししか手伝えないけどごめんね。あっ、部室から林檎だけ運んできたんだ! こういう時、進は凄く役立つし…」

 ウインクした桜庭の足許には、林檎の入った段ボールが三箱積み上げられている。

「あっ、有難うございます…。あっ! そうだ! 美凰さんは初めてでしたよね?」

 若菜はそういうと美凰の前に白雪姫を立たせた。

「進先輩から聞いていらっしゃると思いますが、九月に転校してきて、十日前にからホワイトナイツの新しいマネージャーとして仲間になった一年の松ヶ枝小雪さんです! 小雪ちゃん! こちらは…」
「王城のプリンセス、花總美凰さん。お噂は色々と。王城大の一年生で、進先輩の…、幼馴染さんだそうですね?」

 小雪の言葉に失礼な棘がある様に感じたのは気のせいだろうか?
 新しいマネージャーが入部したという情報すら進から聞かされていなかったので、美凰にしてみれば失礼のない様に返答する事が精一杯であった。
 それにここで、進の恋人だとわざわざ強調して発言する必要もない。
 ホワイトナイツの中では公然の仲なのだから。

「初めまして。花總美凰です。どうぞ宜しく…」
「こちらこそ…」
「マネージャー業は大変でしょうけど、頑張ってくださいね!」
「はい! 進先輩のお世話をするのはとっても楽しいし、傍にいられるだけで幸せですから!」

 思いがけない攻撃的な言葉に、美凰は美しい双眸を瞬いた。





「林檎をくりぬくのが大変で…」
「くりぬき器を使えば簡単だけど、力を入れすぎて底を抜くかもしれないと思うと気が気でないでしょう? まんまの形に拘らなくてもいいんじゃない?」
「えっ! まるまる一個で作らないんですか?」
「拘らないんなら、半分にしちゃっても、八つ切りにしちゃってもいいと思うけど? お部屋を借りてテーブルがあってというのならともかく、屋台売りならお客さんが食べやすい様にして販売する方がいいと思うの」

 そう言いながら美凰は進達が丁寧に磨いている林檎を一個、手に取ると真ん中からすぱんと縦半分に切った。

「松ヶ枝さん、そのバターをクリーム状に練って戴ける?」
「はい! あ、美凰さん! わたしの事は小雪って呼んでください! 皆さんにもそう呼んで戴いてるんです! ねぇ! 進先輩!」
「……」

 黙々と林檎を磨いている進の傍で、にこにこしながらバターを練っている美少女が少々癇に障る。
 先程の攻撃的な態度といい、掌を返した様に進に甘える様にベタベタしている様子といい、明らかに彼女は恋をしている。

〔わたしの清ちゃんに!〕

 優しい三日月眉の根元を寄せ、形のいい唇をきゅっと噛み締めると美凰は苛々を押し殺しつつ、他に必要な材料を取り出した。

「せ、進くんと桜庭くんも手伝ってくださる? こうやってスプーンを使って林檎の芯をくり貫いて欲しいの。深さはこれくらいかしら…」

 美凰が見せたお手本通りに桜庭は、楽しそうにスプーンを操って林檎をくり貫き始めた。
 進も黙々と取り組む。

「あっ! バター、練れましたからわたしもくり貫きを手伝いま〜す!」

 小雪は進の隣にべったりとくっつき、嬉しそうに林檎の芯をくり貫きながら、彼の硬い手つきをくすくす笑った。

「進先輩ったら! 駄目ですよ! そんなに力を入れちゃ〜」
「むっ?」

 黙々とほじっていたのもつかの間、他の三人は綺麗にくり貫けたのに対して、進の林檎は林檎の原型を留めることなくスピアタックルの餌食となって粉々に砕け、角ばった大きな手から果汁を滴らせていた。

「もう! 進先輩ったら! 駄目じゃないですか〜 こんなにしちゃってぇ〜」

 小雪はいそいそと進にハンカチを差し出し、汚れた調理台に布巾で拭いをかける。

「すまんな。松ヶ枝」
「いやだぁ! 小雪って呼んでくださいってお願いしてるじゃないですかぁ〜」
「……」

 美凰は嫉妬を押し隠し、心の中で叫んだ。

〔清ちゃんの莫迦!〕





「グラニュー糖の方がカラメルの出来具合がいいから…。この砕いたナッツとビスケット、細かく刻んだ干しぶどう、そしてシナモンパウダーをビニール袋の中で混ぜ合わせ、お砂糖をまぶします…」
「ふんふん…」

 若菜は実践とレシピとりを繰り返し、美凰の手つきを感心した様子で真似ていた。

「出来上がったものと、先程練ってクリーム状にしたバターを混ぜ合わせ、これを林檎の穴に詰め込みます…」

〔美少女に鼻の下を伸ばしている清ちゃんなんか、バターまみれになってしまえばいいんだわ! これを一個まるまる食べて、いっぱいロードワークして、もう今夜は帰って来なくてもいいんだから!!!〕

 ぷんぷんしている美凰は、林檎の穴が『進の口』と云わんばかりに容赦なく、具材をぎゅうむと詰め込んだ。
 一方、恋人が俯き加減に林檎と具材の調和と格闘している姿を、進はむっつりとした表情で見つめていた。

〔美凰の奴! なんできちんとしたセーターを着ていないのだ! む、胸が、ま、丸見えではないか!〕

 身体にぴったりと吸い付いた黒い稽古着は、美凰の真珠色の肌をより一層美しく魅せている。
 エプロンでなんとか凌げているものの、大きくくられた襟ぐりから豊かな胸の谷間が強調され、昨夜自分がつけた紅い痣がちらほら見え隠れする度、今にも零れ出てしまうのではなかろうかと、家庭科室に美凰が現れた瞬間から進は気もそぞろであった。
 やがて、腕組みしながら美凰の手つきを見ていた進は傍にいた桜庭の袖を引っ張った。

「桜庭!」
「な、なんだよ? 急に声をかけるなっていつも言ってるだろ」
「俺の勘違いでなければ、どうも美凰は不機嫌な様に見えるのだが?」

 桜庭は小声で返事を返した。

「お前…、今頃気づいたの? なんでそんなに鈍感なんだろうねぇ〜」
「?」
「進さぁ…、松ヶ枝の態度、なんとも思わないわけ?」

 進は淡々と答えた。

「言っただろう。一週間前に付き合って欲しいという手紙を貰ったが、俺には他に付き合っている女がいると返事をして手紙を返却したら、これからはマネージャーとして、チームの一員として宜しくお願いしますと言われたのだ。俺はチームの一員として節度ある態度を保っていると思うが?」

 桜庭は天井を振り仰いだ。

「莫迦! お前はそうでも向こうはそうじゃないって事だよ! なんで解んないのかな〜」 
「?」

 朴念仁の進に女の狡猾さなど読めよう筈もない。
 この場で美凰のヤキモチを理解しているのが桜庭と若菜だけというのが、皮肉であった。





「ではこれを百八十度に熱したオーブンで、三十分から四十分焼けば、完成です…」

 オーブンをセットし終えた美凰は、使用した機材を手早く片付けた後、エプロンを外した。

「はい。これでおしまい。後は生クリームを添えるか、アイスクリームでも素敵だと思うわ。出来上がりに満足がいかないようなら、もう一つ別の作り方を教えるから、感想を聞かせて頂戴ね!」

 若菜は感謝感激の体で美凰に頭をさげた。

「もう、本当に有難うございました! レシピもばっちりだし、出来上がりがとっても楽しみですぅ!」
「本当に! 俺もう涎が…」

 桜庭と若菜の嬉しそうな態度も、小雪の一言が和やかな雰囲気を打ち砕いた。

「でも進先輩は召し上がれませんよね! こんなバターとお砂糖だらけのもの! 身体によくないし、誰かさんみたいにふっくらしちゃったら大変ですもの!」

 当てこすりの様にそう言うと、小雪はすらりとした肢体を誇張する様にポーズをとって、美凰の白い胸元を軽蔑と羨望がない交ぜになった目つきで見た。

〔まあ! なんて事を口にするのかしら? この子は…〕

 自分が作り方を指導したという事は別にして、そのデザートをアメフト部全体で販売するというのに、ましてや先輩である若菜がこんなに一生懸命になっているというのに…。

〔確かにわたしは貴女より太っているかも知れないけれど、だからと言ってそんな風に失礼な態度を取られる謂われはないわ!〕

 あまりに無頓着で失礼な言動に、美凰は気分が悪くなった。
 桜庭と若菜も、小雪の口から紡がれた言葉に注意も出来ず呆然となっている。
 そんな中、きゃらきゃら笑って無邪気を装う白雪姫の毒に満ちた言葉を窘めたのは進であった。

「そんな事はないぞ、松ヶ枝。俺は美凰が作った料理なら何でも食べるのだ。なんでも美味い上に栄養バランスが完璧に近いからな」

 真顔でそう言う進に、小雪はえっ?! という表情になった。

「し、進先輩?」
「それに美凰は、太ってなどいない。胸と尻の肉付きも俺にとって完璧な女だ。お前のものの見方は偏っている。俺はバランスを大切にしない者は好まぬ」
「あっ…」
「悪気はないのだろうが、礼儀に外れた言動をして調和は乱すな。マネージャーの第一条件は部の調和に貢献し、チームメイト全ての為に力を尽くせる者だという事を忘れるな」
「……」

 彼女にとっては思わぬ言葉であったのだろう。
 涙ぐんで項垂れた小雪に、進はとどめの一撃を与えた。

「言い忘れていたが美凰は俺の興味を惹く、唯一人の女だ。美凰への攻撃は俺への攻撃と受け止めるぞ。お前もホワイトナイツの一員なら、その事はよく覚えておいてくれ」

 怒鳴るわけでもなく淡々と語る方が却って効果があるのか、居たたまれなくなったらしい小雪は泣きながらその場を飛び出して行った。





 やれやれといった表情をした桜庭は、即座に椅子を蹴って立ち上がった。

「小春! 追いかけるぞ!」
「ええ! 春くん!」
「お、俺達、ちょっと松ヶ枝の様子見てくるから…。ごめん、美凰さん! 演劇部に顔出すの遅れるかも…」
「わ…、解ったわ…」

 家庭科室に進と美凰を残したまま、桜庭と若菜は慌てふためいて小雪の後を追って行った…。

「清ちゃん…」
「桜庭にいいアドバイスを貰ったのでもう少し練習してみよう。明日はこの作業を手伝ってやらねばならん。段ボール三箱分はなかなかに道程が険しい」

 やはり淡々とした表情の進は姿勢正しく椅子に座ったまま、磨いた林檎を包丁で切り、スプーンを手にとって芯のくり貫きを慎重に開始した。

「塩水につけなきゃ、変色するわ。酸化が早いものだから…」

 美凰はそう言うと塩水を作り、ペーパータオルを絞って林檎の切り口の上に被せた。

「悪気はないのだろうが、松ヶ枝のあれは言い過ぎだ。すまなかった…」
「せ、清ちゃんが謝る事なんて…」
「部員の非礼はキャプテンである俺の責任でもある。許してやってくれ」

 美凰は進の隣に腰掛けると、静かに繊頸を振った。

「もういいのよ。それに清ちゃんは…、ちゃんとわたしを守ってくれたのですもの…。それで充分よ…」
「……」

 慎重に林檎をほじる進の肩に、美凰はそっともたれかかった。

「松ヶ枝さん…、清ちゃんの事が好きなのね?」
「…。手紙を貰ったが、俺には他に好きな女がいるからと断って手紙も返した」

 美凰は身を起こし、眉を吊り上げて進を見つめた。

「まあ! それっていつの事なの?!」
「一週間前だ。些細な事だからお前に報告するまでもないと思った。いけなかったか?」
「…。いい気分じゃないわ! それに彼女が新しいマネージャーだって事も聞かされてなかったんですもの!」
「……」
「清ちゃんが同じ事を美凰にされたら、気にならない?」

 進はスプーンを置いて美凰の方に向き直ると、頭を下げて謝った。

「すまん…。俺の思慮が足りなかった…。許して欲しい…」

 その真摯な態度に、美凰は寄せていた眉間を開いてくすくすと笑い声を上げた。

「しょうがない人! 今回だけは許してあげる!」
「うむ…。それにしても…」
「? なあに?」

 進はいきなり美凰を抱き寄せると、レオタードの襟ぐりに視線を落とした。

「お前のその姿はいただけんぞ! 胸が零れ落ちたらどうする!」
「まあ! あなたったらそれでさっきから、赤い顔をしてわたしの事を見ていたのね?」
「稽古着としては仕方なかろうが、せ、せめてセーターで隠すとかだな…」
「いやらしいのね! 清ちゃんったら!」
「俺が見る分は構わぬが、他の男子生徒達の視線が許せんだけだ!」
「もう! 本当にしょうがない人なんだから!」

 抱き締められたまま、美凰は進の逞しい顎のラインを撫でながら甘いキスをねだり、進は恋人の言いなりに熱いキスを彼女の唇に落とした…。





「ねえ、清ちゃん。桜庭くんに教わったアドバイスってどんな内容なの?」

 ちくたく作業は無事に進み、進は十個目の林檎も見事に綺麗にくり貫き終えた。
 最初はぼろぼろに砕き潰していた筈なのに、今の進の腕はもう職人技となっている。
 自らもくり貫き作業を手伝いながら、感心していた美凰は進にそっと問いかけた。
 進はなにやらもごもごと口ごもっていたが、やがて腹を括ったかの様に、半分に割られた林檎を美凰に見せた。

「この縦切りは、何かに似ていないか?」
「? さあ…、何に似てるのかしら?」

 美凰は林檎を繁々と見つめた。

「桜庭はお前だと思って丁寧に掘れと言った。但し、いつもなら奥まで掘るのだろうが、この場合は慎重に浅めにと…」

 その瞬間、タイマーセットしていたオーブンがちんっと鳴り響き、美凰の脳裡に閃きが起こった。

「? …、あっ!」

 進が言わんとしている事に漸く気づいた美凰は、真っ赤になって双眸を見開いた。

「解ったか? つまり、そのう…、アレというやつだ」
「……」
「美凰?」
「もう! 清ちゃんの莫迦! 桜庭くんの莫迦! エッチ!」

 進は美凰の羞恥の意味が解らず、太い首を傾げた。

「そう怒るな。こうして無事に穴を掘れているのだ。いいアドバイスではないか」

 穴を掘るという言葉に、美凰はますます赤くなる。

「知らない! オーブンの中の毒林檎を食べて、死ぬ程ロードワークをすればいいんだわ! 今夜は帰ってこないで!」

 進はくつくつ笑いながら再び、芯のくり貫きに勤しみ始めた。

「それは無理だ! 毒消しにはお前が一番必要だからな…」
「莫迦莫迦! もう知らない!」

 そう言うと美凰は立ち上がり、速足で扉まで歩み寄ると扉を開け、甘い香りが充満している室内から外へと飛び出した。

「十時に部室前へ迎えに行く。おとなしく待っていろ!」

 進の言葉にいーっと可愛く舌を出した美凰は、ぷんぷん怒りながら扉を閉めると廊下を歩み去った。



「縦に切っても横に切っても女の象徴か…。桜庭は妙な所で博識な奴だ…。兎に角、桜庭達が戻ってきたらこの甘い林檎の味見をしてみるか。夕食のバランスを考え直して、美凰を待つ間、トレーニングルームとグラウンドで汗を流して…、さて、夜の回数はなんとしたものか…」

 誰も居なくなった夕刻の家庭科室で、アメフト部キャプテン進清十郎はそんな事を考えながら黙々と、誘惑の果実作りの下準備を続けていた…。

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