目を閉じて瞼にキス


「コウ?」

征陸が狡噛の元を訪れると、彼はぐっすりと眠っていた。
普段の怜悧な眼差しや研ぎ澄まされた面持ちからは想像できないほど凛とした印象。こうしてみると年相応に見えて、改めて年の差を感じさせる。
出会って約10年。
征陸を好きだと紡ぐ口元は薄く開けられ、小さな寝息を繰り返している。
傍らに腰をかけても起きる気配はない。恐らく栄養剤を投与されているせいだろう。
つい先日やってきた監視官の常守朱が撃ったせいで、狡噛は倒れた。彼女が悪いわけではない。かといって狡噛が悪いわけでもない。
そんなシビュラに全てを任せた世界にしたのは、間違いなく自分達だ。
狡噛や朱には悪いことをしたと思う。こんな生きにくい、世の中。けれど今ではここが全てだ。
世界恐慌に陥り、唯一の希望の源――それが、シビュラシステム。

「ん…」

小さく声が漏れた。その表情は穏やかで自然と征陸の目元も緩む。

「コウ」

願えるものなら、せめてこれ以上心が抉られるようなことが起きなければ良い。
幸福や安寧を祈るのは虫が良いかもしれないが、亡くした手の重みの分、大事なものを支えていきたい。
そのために、この両手をなくしたとしても。

「今は、ゆっくり眠れ」

身を乗り出し、そ…と瞼に唇を落とした。
ただ触れるだけのそれは、小さな音を立てて離れてゆく。ただ一つ願の願い。

シビュラの信託がこれ以上牙を向かないよう――ただ、それだけ。 


2013.03.01




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