薬 「絶対に断る」 非番を利用してやってきた風情ある温泉宿の旅館の一室。左々山がもたらした提案を、狡噛は一蹴した。 「まだなにも言ってないだろ」 「だいたい分かる」 一度だけ試したいことがある。そう左々山に言われたのはつい先ほどのこと。 左々山という男は本来がだらしなくどうしようもない男である。狡噛自身、なぜ好きになったか分からない。 そんな彼がいやらしい笑みを浮かべて意味深な言葉を吐いてるのだ。疑わないわけがない。 「おまえ、かわいくねーぞ」 「よけいなお世話だ」 ちぇ、と拗ねる左々山に、狡噛は胸が痛くなった。強く言ったが、左々山のこういう顔には弱いのだ。 しばしの沈黙ののち、 「…聞くだけなら」 「いいのか?」 「聞くだけだぞ。その後は考えて決める」 「ああ。じゃあ、コウからのキスがほしい」 は?狡噛は目を丸くした。 「キスだよ、キス」 「それだけで良いのか」 てっきりもっとひどいことを要求されると思っていた狡噛は拍子抜けした。 「ああ」 「…それだけなら」 キスならいつもしていることだ。 「目瞑れよ」 「おし」 左々山が目を瞑ったのを確認してゆっくり近づき、触れるだけのキス。キスは好きだ。甘く、幸せな気分になる。 ただ触れるだけのキスをして口を離そうとしたときだった。薄く開いた唇に舌が入り込み、同時に後頭部を強く引き寄せられる。 「んんっ!?」 そして丹念に咥内を蹂躙されたところで、何かの味が広がった。 「!?」 キスに夢中で気付いた頃には喉を通り、ごくんと何かを飲み込む。 半ば突き飛ばすようにして離れると涙目になりながらも左々山を睨んだ。 「お前…っ、なにを…」 「心配するなって。ただの崔淫剤だから」 「は!?」 「だって言っても呑まなかったろ?」 「当たり前…、っ?」 「お、即効性ってのは本当らしいな」 急に身体を駆け巡る快感に狡噛が崩れ落ちそうになる頃を見計らい、左々山がよ、っと抱きあげる。 「あっ…」 「さわるだけで感じるだろ?」 「お、覚えてろよ…!」 「ああ、じっくりいじってやるから心配すんな」 このクソ野郎! そんな悪態すらつけずに、狡噛は一晩中左々山に弄ばれたのだった。 2013.02.18 |