誰より可愛くて、誰より愛しい。(狡←佐+征+宜)


「あー…やりてぇ」

ダン、と乱暴に置かれたグラスから酒が辺りに飛び散った。
すっかり人気のなくなったバーのカウンターは、それだけで声が響く。下衆な発言に、隣に座っていた男が一瞬だけ眼鏡の奥の双眸を顰めるが、大して気にも留めず残り少なくなった酒を少しずつ口に運んだ。

「やればいいじゃねぇか」

口を挟んだのは、反対側に座っていた年配の男だ。慣れているその反応に、佐々山は恨めしそうに机に突っ伏した。

「それが出来れば苦労しねーだろ?」
「どの口が言うんだ?毎回女をとっかえひっかえの癖して。そのうちセクハラで訴えられるんじゃないだろうな」
「言っとくけど、みんな合意だぜ?」

佐々山の女好きは公安局では有名な話である。六合塚や唐之杜に手を出そうとしては、その度に返り討ちにあっている。懲りていない佐々山もらしいといえば、それまでだが。

「さすがに犯罪はやばいっしょ」
「当たり前だ、バカ」

溜まりかねたのか宜野座が吐き捨てるように言った。本来ならばこんな会話など嫌悪感のなにものでもないはずだが、かなりの酒量を口にしているからだろう。いつもは冷静で滅多なことで崩れない表情は、すっかり赤みを帯び、目も虚ろになっている。

「何をぐずぐずしている。いつものように、すぐにやってしまえ」
「おいおい、けしかけんなって」
「突っ込めば終わりだろう。何を迷う必要がある」
「監視官、こりゃ相当酔ってんな…」
「酔ってない!」

複雑そうな面持ちの征陸を横目に、宜野座が立ち上がりながら怒鳴った。

「ギノせんせーい、それ、酔ってるって」
「うるさい。大体お前はこんな所で愚痴愚痴、鬱陶しいんだ」

いきなり胸倉を掴まれ、佐々山が軽く笑ったその時。征陸の隣で気持ち良さそうに眠っていた狡噛が、喧騒にほんの少し身じろぐ。

「ん…」
「コウ?」
「う、ん…」

ごろり、と大きな体が寝返りをうつ。

「コウのやつはすっかり夢の中だな」
「起きたのか」
「いいや、大丈夫だ」

征陸が自分のジャケットを脱いでかけてやると、狡噛は再び眠りに誘われるように寝息を立て始めた。

「狡噛はお前の気持ちを知らないのか」

宜野座が見比べて言うと、佐々山は小さく笑った。

「言う必要はないだろ?」
「好きなら言うのが普通じゃないのか」
「監視官はそうだろうな」
「どういう意味だ」

二人から軽く返され、宜野座は口を尖らせた。

「コウも監視官と大差ないってことだ」

征陸の大きな手のひらが狡噛の頭を撫でる。気配には敏感だが酔いつぶれてしまっている今は目を覚ます気配もない。

「気を張っているようで一番大事なものには気付かない。それが自分のことならなお更、な」
「面倒だな」

宜野座が言うと、征陸と佐々山は顔を見合わせた。

「確かにギノ先生の言う通りだけどさ」

佐々山の眼差しがふ、と優しく細められる。その視線の先には、寝入っている狡噛の姿。いつもは鋭い眼光も、今となっては穏やかで愛しさの募る以外のなにものでもない。

「だから、大事にしてやりてーじゃん?」

言葉にするだけで、自然と想いが溢れる。
彼に託す気持ちだけはしっかりと育みたい。汚されることなく、綺麗なままで。

「この俺でもさ」

心の内を秘めた言葉に征陸は肩を竦め、宜野座はふん、とまた酒を飲み始めた。

どうでも良い相手は簡単に抱けるのに、狡噛には軽いキスすらできずにいる。
そんな一途で健気な想いを抱えた男を鬱陶しいと思う反面、不器用すぎる恋もたまには良いのかもしれない。
身体よりも、ココロがしっかりと満ち溢れる幸せ。
二人は隣から漏れてくるあたたかな想いを受けて、ひっそり抱えている想いの花がいつか芽吹く日が来たら――と願っていた。

一生に一度の恋が、ここにある限り。

2013.1.25



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