いつも頑張っている君に 第一印象はひどく薄かった。 確かに研修ではとても優秀で、信念が強く、上官の自分にも臆することなく意見を通す信念の強さは新人とは思えないほどだったが、公安局のエリートならばさほど珍しいことではない。今まで一番近くで狡噛真也という特殊な人物を目の当たりにしてきた自分にとっては特に。 それが、いつからだろうか。 知らない場所で、知らないことを感じ取り、一人で抱える彼女の存在が頼もしくもあり、疎ましくもあり、そして愛しく感じるようになったのは。 決してサイコパスが濁らない免罪体質。 今まで信じようとしなかったそれが、いつしか希望の光で守らなければならない存在だと思い始めたのは――。 * 4月1日。旧暦ではエイプリルフールだと世間がにぎわう日であったことを記憶しているが、現在においてそのような風習はほとんど風化している。 それでもお祭り騒ぎに乗じくだらない真似をする輩は多い。特に1係においても、フロアに宜野座が顔を出すと、案の定やかましい声が飛んできた。 「やっぱり朱ちゃんにはこれっしょ!?」 「おいおい、ちょっと派手すぎやしないか?」 「とっつぁんは時代錯誤なんだよ。これはどうだ」 「えー?コウちゃん、それは朱ちゃんには似合わないって!――あっ、ギノさんはどう思う!?」 宜野座の姿を見るなり、目敏く声をかけてきたのは縢だ。 「なんの話だ」 「なんの、って。これ見りゃわかるっしょ!?」 縢の視線の先を見れば、机の上には色とりどりのスカーフが無造作に広げられている。 「なんだ、これは。私物は持ち込み禁止だぞ」 「これくらいいーじゃん。相変わらずギノさんは固いね〜」 「縢…お前な」 「まぁまぁ」 宜野座の機嫌をいち早く察した狡噛が間に入る。 「ギノ、お前は何をあげるんだ」 「何の話だ」 「何の、って…今日が何の日か知らないわけじゃないだろう」 「……」 「おいおい、伸元。本当に知らないのか」 「知るわけないだろう」 征陸にも茶化すように言われ宜野座が眉を顰めると、縢が呆れたようにため息をつく。 「ギノさーん。4月1日っていったら、朱ちゃんの誕生日じゃん」 「…常守の?」 「まさか本当にしらなかったのか」 「お前に言われたくないぞ、狡噛」 「お嬢ちゃんも大変だな」 「いちいち知るわけないだろう。第一…」 宜野座が言い返そうとしたとき。 「おはようございます!」 元気良く入ってきたのは、噂の主である朱だった。艶のある黒髪を綺麗にまとめ、黒のスーツを着こなす姿はいつもと変わらないが、席に着くより早く縢に「おめでとー!」と花束を渡されると、普段は滅多に見せないほど顔を綻ばせた。 そして狡噛や征陸が続けてプレゼントを渡すと、朱はそのどれもとても嬉しそうに受け取り、頭を下げて礼を述べている。 その顔を見ると、皆の顔にも自然と笑みがこぼれた。いつもなら、宜野座もそうだ。普段頑張っている朱が嬉しそうにしていると嬉しくなる。それは上官として同僚として当たり前の感情。 だが、今日は違った。 自分だけが何も与えることの出来ない状況はひどく居心地が悪い。ふと朱と目があっても気まずくて目をそらしてしまう。 瞬間、狡噛がため息をつき、縢が何か言おうとしたのを征陸が制する。そんな光景が見えたが、わざと見えない振りをして「早く席に着け」と至極当たり前のことしか言えなかった。 今までならなんでもないそれが、心に圧し掛かって仕方がない。 軽い舌打ちをして、時折ちらちらと寄せてくる朱の視線にもわざと気付かない振りをした。 * 就業時刻を知らせるベルが鳴り、いつもなら一番遅くまで残る宜野座が珍しく退室すると、縢は大きく伸びをした。 「あーあ、ギノさんはあいかわらずだねぇ。今日くらい朱ちゃんになにかすると思ってたんだけど」 「宜野座さんらしいですよ」 「でもさ、朱ちゃんみんなの誕生日にはちゃんとあげてるじゃん?女の子から貰ってお返しつーか、何もしないのって男としてどうよ?」 縢がオーバーリアクションをすると、狡噛が縢のふわふわした茶色の髪の毛を乱暴にわしゃりと掴む。 「こういうのは気持ちだろう。現にギノも気にしていたようだし、皆が同じ事をする必要はないさ。そうだろ、監視官」 「ええ。宜野座さんらしいですよね」 もし宜野座が前もって何かを用意していたら、それこそ天変地異だろう。少し寂しくはあるが、それでこそ宜野座というものだと朱が笑うと、皆も納得したように頷く。 皆がそれぞれ退室していくと、一向に帰らない様子の朱に狡噛が声をかけた。 「監視官、帰らないのか」 「あ、はい。これを片付けてから」 「そんなもの急ぎじゃないだろう。明日縢にでもやらせればいい。監視官がするような――」 そこまで言って、狡噛が言葉を切る。勘のよい狡噛は朱の思惑に気付いたのだろう。 「悪い。詮索しすぎた」 「いいえ。狡噛さん、私充分なんですよ」 「…ギノのことか」 「ええ。確かに宜野座さんは不器用な所がありますし、言葉足らずです。最初はそれでかなり衝突もしました。でもとても誠実で真面目で思いやりがあるんだって事も知ってます。今日もすごく気にしてくれて、それだけで嬉しい。なんておかしいですか?」 真っ直ぐに向けられる愛情に、狡噛はやわらかく笑った。 「いいや。礼を言う」 「え?」 「学生の頃から、ギノは誤解されやすかった。不必要に敵を作っていたし、俺もそれとなく気にはかけていたが…執行官と監視官では出来ることがしれている。だから、あんたがギノのことを分ってくれてほっとしている」 「狡噛さん…買いかぶりすぎですよ」 「そうか?ただ重荷には感じなくて良い。あいつはあいつでしっかりしてるから、一人でもきちんとやっていける男だ」 「ええ、分っています」 「ギノによろしくな」 狡噛が左手をあげて去っていくと、フロアには再び静寂が戻ってきた。 初めて会ったときには、なんて傲慢で思いやりのない人なんだと思った。だから衝突もしたし、自分の意見を貫き通した。 だが、今は違う。もちろん方向性が合わなければ互いに意見をぶつける。それで新たな道が開けることもあるし、それが信頼や絆へと繋がる。 深く知れば知るほど、目が離せなくなる。心が自然と寄せられる。 (へんな、気分…) 宜野座のことを思い、自然と笑みが漏れた時だった。 いきなりバタン、と激しい音がしたかと思うと続けて想像したとおりの姿。 「…はぁ、はぁ…っ、」 「宜野座さん…」 いつも丁寧に整えられた髪はすっかり乱れて、額には汗がぐっしょり浮かんでいる。きっちりしめられているはずのネクタイも緩まり、スーツも同様に草臥れていた。肩で荒い息を繰り返す宜野座は、ゆっくり近づいてくると、怜悧な眼差しで朱を睨みつける。 「まだ帰ってなかったのか」 「…宜野座さんが、来ると思って。宜野座さんこそ、どうしてここへ?」 「君が、まだいると思って」 同じ答えに二人は顔を見合わせると、ぷ、と吹き出した。 「今日は悪かった。こんなものしか残ってなかったが…」 宜野座が手にしていた包みを朱に渡すと、小さな震える手がそれを受け取る。 「開けて良いですか?」 「ああ」 包みを広げれば、そこにはベリーやフルーツがたくさん盛ったレアチーズケーキ。小さい サイズだが、中央にちょこんと飾られたネームプレートにはしっかり「HappyBirthday,朱ちゃん」と記されている。 宜野座がケーキ屋に走って、選んで、プレートまで用意してくれた。あの時間ならほとんどが閉まっているだろうし、探すのは大変だっただろう。普段からそんな場所に赴くことのない彼ならば、余計に。 その気持ちが嬉しくて、大きな瞳に涙が溢れる。どんなことがあっても、人前では見せなかった大粒の涙が頬を伝うと、案の定宜野座がぎょ、っと目を丸くした。 「ど、どうした!?嫌いだったのか」 「いえ、すみません。嬉しくて」 「嬉しい…?」 「そうですよ。ありがとうございます」 朱が感動していることすら、疑問に思う。自分のしたことが何よりのプレゼントであるか気付いていない、そのまっさらな気持ちが、すごく愛しい。 「だから、どんどん惹かれるんです」 「え?なにか言ったか?」 「いいえ。それより宜野座さん、せっかくですから一緒に食べましょう。お礼に美味しいコーヒーをいれます」 「…ああ」 宜野座も朱の想いを受けて、ありったけの笑みを浮かべる。 「悪くないな」 「え?」 「こんな感情、忘れてた。君には感謝しっぱなしだ」 「…お互い様です」 不器用なのは、朱も負けてはいない。 だからこそ、誰よりも宜野座のことが心配で、向けられる愛情をそのまま受け止めることが出来る。 そんな二人だけのバースデーパーティ。 小さなケーキとコーヒーだけだけれど、今までで一番幸せなプレゼントに、朱はありったけの幸せに包まれていた。 fin 2013.04.01 朱ちゃん、誕生日おめでとうございますー!!!! 最終回、フィナーレイベント朗読劇とあまりもの宜朱の可愛らしさにすっかりはまってしまいました。 二人とも可愛い、可愛すぎます。 朱ちゃんにはギノさんを思いっきり幸せにしてあげて欲しいです! |