ファミリー!


シビュラシステムが崩壊され、日本には昔の行政が戻りつつあった。多くの潜在犯も専門家のセラピーのもと、大半のものが一般市民として新たな生活を送るようになった。それは征陸や狡噛も例外ではなく、警視庁と名を変えた公安局において刑事として任務をこなすようになり、はや数ヶ月が経とうとしていた。



「また来たのか」

狡噛が征陸の家を訪れると、非番だった宜野座が迷惑そうに眉を顰めた。
征陸と宜野座の歪の原因となったシステムが崩された今となっては、二人の蟠りも少しずつ解けて今では一緒に暮らしている。征陸いわく、食事の時には会話も増えてきているようで、二人の仲が気になっていた狡噛にとっても喜ばしい限りだ。

「悪いな、ギノ」
「来るなら来るとそういえ。夕食の準備もある」
「ああ、今度からそうする」

宜野座は狡噛を一瞥すると、エプロンを身に着けキッチンに姿を消した。
彼もまたシビュラシステムの被害者だった。だが、今はこうして暖かな家庭に入り、狡噛のことも受け入れてくれる。征陸との仲を知って葛藤がないはずがないのに、父親である征陸と友人である狡噛のことを優先して、自分の気持ちを二の次にしていることは明白だった。
元はとても優しく、思いやりがあるのだ。それは征陸と同じくらい、狡噛も熟知している事実。
そんな彼に甘えている自覚はある。だが、今はそれを差し置いてでも征陸の傍にいたい。
自分がそんな気持ちを抱く日がくるなど思いもしなかったが、もう少しだけ彼に甘やかされよう。そう思いながら、狡噛も夕食を手伝おうと宜野座の後に続いたのだった。



「今日はクリームシチューか」

征陸が帰ってくると、丁度シチューがあたたまり、スープとサラダも出来上がった頃だった。
今までなら手軽にカロリーを取れるサプリやゼリーばかり口にしていた狡噛だったが、あたたかい食事と様々なメニューを楽しめる事を知ってからは、出来る限り手間をかけてでも作ることにしている。何よりも宜野座と二人での準備はそれなりに楽しいし、満足感もある。そして征陸がそれを口にして美味しそうに頬張る眼差しを見るだけで、嬉しくなった。
そのどれもが、今までには得られなかったものだと思うと、余計に。

「狡噛。何をにやついている」

宜野座の声にはっと我に返る。どうやら、知らない間に口元が緩んでいたらしい。

「ああ、悪い」
「コウ、疲れてるのか?」
「いや、大丈夫だ。それよりもとっつぁん、今日のサラダはどうだ?」
「コウが作ったのか?いつもより瑞々しくてうまいな」
「そうか?ギノに扱かれた甲斐があるな」
「お前はレタスとトマトを洗っただけだろう!」
「スープはどうだ?」
「ああ、ちょうど良い味加減じゃねぇか」
「そうか」
「狡噛はあためただけだろう!」

宜野座が口を挟むが、征陸に誉められると狡噛は見たことのない嬉しそうな表情をするし、征陸も同様だ。これを毎日見せられる身にもなってほしいものだと宜野座は毎回思うが、それを聞くような二人ではない。だが、宜野座にも限界はある。

「…一つ言っておく」

二人の視線が、宜野座に向けられる。

「食事を一緒にするのは良い。毎日のように鬱陶しく家に来るのも許す。だが、俺の前でいちゃつくな。俺を空気にするな。俺がどれだけ居たたまれない思いをしていると思ってる」
「そんなつもりはないが…なぁ、とっつぁん」
「ああ」
「だから、そこでそんな風に甘ったるい空気を出すなと言っている!良い年をして恥ずかしくないのか!?」

瞬間、場に沈黙が訪れる。
今まで穏やかだった二人の表情が固くなったのを見て、一瞬言い過ぎたかと思ったが、いつかは言わなければならないことだ。
暫くののち、先に口を開いたのは狡噛だった。

「確かにお前の優しさに甘えすぎたかもしれない。悪かった」
「狡噛…」
「コウの言う通りだ。少し距離を置いた方がいいかもしれねぇな」
「父さん…」
「ギノ、お前にもつらい思いをさせた」
「いや、な、なにもそこまで…」
「伸元。お前にこれ以上つらい思いをさせたくないのは、俺もコウも同じだ」
「なぜそうなる!それに、俺の前で、と言った筈だ。狡噛も気にするな。今までのように毎日来れば良いし、父さんも距離を置く必要はない」

宜野座が慌てて取り繕う。
すると二人はじーっと宜野座を見つめると、眦に涙を浮かべた。

「な、な…」
「ギノ、悪い」
「伸元…」
「だから、良い大人が泣くな!」

宜野座もそんな二人にもらい泣きをして、美味しかったはずのシチューがほんの少しだけ塩っ辛い気がした。






シャワーを浴び征陸のキングベッドでまどろんでいると、いつものように頭上からあたたかい腕が絡みついた。
自分に触れる熱は決して風呂上りのせいだけではない。
頬やこめかみに征陸の優しいキスを受けながら、狡噛はぼんやりと呟いた。

「ギノは、本当に良い家庭で育ったんだな」
「コウ…?」
「アイツを見ていると、それがすごく分るんだ。ありったけの愛情を受けて、でも今まではそれを面に出せずにいた。だから、誤解されることも多かったが本当は、優しくて素直で、誰よりも純粋だって事を傍でありありと感じる」

征陸の育て方が良かったのだろう。そう言われて、後ろめたい気分もある征陸は苦笑いを浮かべた。精いっぱいの愛情を込めたのは確かだが、狡噛に言われると本当にそんな気になってくるから不思議だ。
自分が与えた罪のしるしも丸ごと浄化されるような、赦されるような。

「お前さんも、人のことはいえんだろう」
「そうでもないさ。俺は嫌われているだろうし、あんなに純粋にものごとを考えられない。どうにかしてとっつぁんの傍にいれるか、そればっかり考えてる」
「嫌われてるとは穏やかじゃねぇな」
「大事な『父さん』を取っちまったんだから、当然だろう?」
「それはないと思うが、お前さんにそんな呼び方をされると居たたまれなくなるな」
「そうか?」
「ああ。どちらにしても、あいつも子供じゃないだろう。心配はいらないだろうさ」
「だと良いんだがな」

混ざった視線の先で、二人は笑いあう。
狡噛の腕が伸ばされたのを合図に、互いのダウンを剥ぎゆっくりとシーツの波に溺れる。こうして触れ合っていても頭を占めるのは、宜野座の事ばかり。
今までつらい思いをさせたぶん、幸せにしてやりたい――と、その想いは果てしない。自分達がこんなにも極上の暖かさを抱けたように、宜野座も同じであって欲しい。そのために出来ることは何だってするし、してやりたい。
いつか本当に分かり合えるときが来るまで二人分の愛情を、存分に。



おまけ〜宜野座さんと朱ちゃん

「はぁ…」

今日も狡噛と征陸が一緒に出かけ、遅番の宜野座が遅れて出勤してくると、職場でも辺りを憚らない二人の姿を見て自然とため息が漏れた。
別に恥ずかしいわけでも、怒っているわけでもない。ただやるせないだけだ。
屋上に出て風に当たっていると、耳慣れた声が背後から降ってきた。

「宜野座さん」
「…君か」

振り返ると、そこにいたのはショートヘアから少しだけ伸びた綺麗な栗色の髪を揺らしながら首を傾げている常守朱だった。
宜野座とは10ほども違うが、しっかりしていて芯の強い彼女を見ているとそんな気もせず、気軽に話すことのできる同僚の一人だった。
そして何よりも、個性的な人間が多い警視庁1系においては常識的な感覚の持ち主でもある。

「また狡噛さんと征陸さんにあてられたんですか?」
「言うな。考えるだけで頭が痛くなる」
「どうしてです?」
「いきなり父親と元相棒があんな関係になって、正常でいられるわけがないだろう」

朱は暫し考えた後、大きな目をぱちくりと見開かせた。

「宜野座さんは、狡噛さんが嫌いなんですか?」
「そんなはずないだろう」

一時は執行官落ちまでして裏切られた思いはあったが、今ではそんなことはない。信頼の置ける同僚の一人だ。

「じゃあ征陸さんは?まだ許せませんか?」
「いや、さすがに…」

憎む気持ちは薄れ、むしろ心地よさを感じることも少なくない。とてもそんなことは口に出来ないが、否定もできずに口籠った。

「それなら、いいじゃないですか。大好きな二人が仲良くしてるのは喜ばしいことだと思います」
「しかし、男同士だぞ」
「いまどき珍しくありませんよ。婚姻だって許されていますし、逆に気にする方がおかしい世の中です」
「だが、毎日いちゃつている姿を目の当たりにしてみろ」
「思春期じゃないんですから、慣れてください」

きっぱりと告げる朱に、宜野座は言葉に詰まる。そして、自分がおかしいのかと錯覚すら覚える。

「俺が、おかしいのか…」
「おかしくはないと思います。ただ、宜野座さんの場合、狡噛さんの事も征陸さんの事も同じくらい大好きだから、気持ちが追いつかないんですよ」

片方だけなら、嫉妬という形で解決できる。気持ちをぶつけることが出来る。だが、宜野座の場合は征陸も狡噛も同じくらい、気持ちを寄せているのだ。

「私、宜野座さんって最初は怖いのかと思ってました」
「そうだろうな」

舐められないようにと誰にも心を開かず常に武装してきた自分を慕ってくるものなど誰もいなかった。朱がそう思うのは至極当たり前のことだ。

「でも、狡噛さんと征陸さんが言ってたんですよ」
「あの二人が?」
「はい」

あれは、出会って間もない頃。
朱が宜野座に腹を立てて局長に直談判しようとした時だった。征陸には宜野座がつらい立場であることと、内情を知らされ分かってほしいと懇願された。そして、狡噛には…

「狡噛さんはこう言われました。『ギノは何においても不器用で誤解されやすいが、本当は素直で優しく仲間想いのやつなんだ』って」
「…」
「その時は正直わかりませんでしたが、今なら分ります。自信持ってください。征陸さんも狡噛さんも宜野座さんを大事に想っています。置いていかれることはありません」

心の中の葛藤を見透かした朱に、宜野座は顔をあげる。

「常守…」
「誰が一番ということはないと思います。宜野座さんには宜野座さんの愛し方や接し方があるんじゃないですか?」

確かにそうだ。征陸も、狡噛も、自分より相手を想っているに違いないと決め付けていた。だから、自分の居場所が見出せなかった。

(だが…)

二人が誰よりも自分を優先しているのは見て分る。それは決して後ろめたさや罪滅ぼしではなく。
きっと、純粋な愛情。

「宜野座さん…?」
「悪かったな。ようやく気持ちが落ち着いた。君の言う通り俺はどうかしていたんだと思う」
「宜野座さん…」

朱がほっと笑みを浮かべると、宜野座も今までにない笑顔を手向けた。

「これからは遠慮なく行こうと思う」
「え?」
「せっかくの家族なんだ。俺だけ寝室が別なのはおかしいだろう」
「え…」
「それに、風呂も俺だけ別だ。不経済とは思わないか」
「えっと、その…」
「もうこんな時間か。俺は戻るが、この礼は改めてさせてもらおう」
「ぎ、宜野座さ…」

激しく誤解をしている。朱が止めるまでもなく、宜野座は軽い足取りでその場を後にした。
ギノは、素直で純粋なんだ。
そう称した狡噛の言葉が頭の中でリフレインする。

(まぁ、いいか…)

征陸も狡噛も宜野座が遠慮しているより、自分の思いの丈を吐露してくれる方が良いに決まっている。朱自身、宜野座が前向きな態度を見せてくれたことのほうが嬉しかった。
きっと彼らなら、素敵な家庭を築くだろう。

「あ、いけない」

そうこうしているうちに始業のベルが鳴り始め、朱も慌ててその場を駆け出したのだった。





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