雲流るる果てに1 お題:雲流るる果てに1(雑狡+征狡) ◆twitterお題「泣きじゃくるコウちゃんを慰める雑征」です。泣きじゃくる、は無理なので泣くくらいになると思います。すみません、少しだけ続きます…;;◆相変わらず好き勝手に書いてますので大丈夫な方のみどうぞ! 征陸から借りたバイクを走らせ、都心から離れた奥まった場所にある小屋まで来ると、狡噛はヘルメットをゆっくりと取った。すると暗闇の中から現れたのは、すらりとした長身の男。 狡噛が来ることを予想していたのだろう。その男――雑賀は相も変わらず何を考えているか分からない表情で寄ってくる。 「先生…」 「そろそろ来る頃だと思っていた。話は聞いている。とにかく入れ」 「はい」 素直に頷きついてくる狡噛のを見ながら、雑賀は息を吐いた。 大方予想はしていたが、彼はひどい有様だった。いつも綺麗に整えられている髪はぼさぼさで、顔色は土色に変わり果てている。常に襟を正し執行官をまとめている姿からは、想像もつかないほどのやつれ具合だった。 中に入りコーヒーを出してやると、狡噛はゆっくりとマグカップに手を添えた。特に何をするわけでもなく、ただ無意識の仕草。 心ここにあらず、といった感じだった。 「ご存知と思いますが」 項垂れたまま口を開く狡噛の表情は窺えなかったが、雑賀は静かに耳を傾ける。 「佐々山が、殉職しました」 「…ああ」 雑賀の耳にも、それは少し前に届いていた。それを知った上で、狡噛はゆっくりと話し始める。乾いた口調はまるでどこか遠い話をしているようで現実味がない。本人にも自覚はないのだろう。 全てを話し終えたところで、雑賀はようやく口を挟んだ。 「お前、セラピーを受けてないのか」 「分りますか」 低く笑う狡噛の犯罪係数は100を超えている。そして通常なら業務を離れ専属セラピーを受けるはずだが、それもしていない。雑賀だけではなく、それは火を見るよりも明らかだった。 狡噛自身、どうして良いか分からないのだろう。 雑賀は立ち上がり棚からあるものを取り出してくると、狡噛の前にそれを置いた。 「狡噛、遠回りな話しになるがいいか?」 「はい」 「ここに二つのマッチ棒があるとする。用途は様々だ。もちろん大抵のものが火をつけて使うだろう。だが、ろうそくのようにこれ1本では立つこともできないし、人の支えがいる」 目の前で実際に火をつけられる様を、狡噛はぼんやりと眺めていた。 「しばらくすれば、燃え尽きて終わりになる。だが、二本一緒に使うものもいれば、そのまま用途を全うせずに仕舞いこまれたものもある。さあお前なら、どう使う?」 雑賀の意図を知り、狡噛はきゅ、と口元を引き締めた。燃え尽きてしまうもの。燃え尽きずに、細く長くあるもの。まるで、佐々山と自分のようだと思った。執行官と、監視官。似て非なるもの。 狡噛はマッチ棒を手に取ると、同じように火をつけた。それがこれからの自分の姿であると雑賀は言っている。それなら、迷うことはなかった。 「とっつぁんが言ってました。誰かを知るにはそいつの目になり心を知り同じものを聞きとれと。そうでなければ、何も見えないし聞こえない。本質を見抜くことは出来ない」 だからこそ、執行官がいる。犯罪者として同じ目で見ることができるからこそ、より真相を見出すことが出来る。 「それは懐かしい文言だな。かつて俺がやつに言ったことだ」 「やはりそうでしたか」 ようやく狡噛の眼差しが緩まった。 「狡噛。お前が全てを負う必要はない事だけは言えるが、それでも迷いはないのか」 「ええ」 「そこに真実がなくとも?」 「ありません」 「それならなぜここに来た?」 それだけ心が定まっているのなら。雑賀は狡噛の葛藤を分かったうえで、尋ねた。 彼がなぜここに来たのかなど考えるまでもない。 「区切りが、欲しかったんだと思います」 「そうだろうな。シビュラシステムの届かない場所と言えば聞こえは良いが、誰の手にも染まっていない見離された場所だ。お前さんの言う通り迷い道を決めるのにはちょうどいいだろう」 「え、ええ…」 「狡噛?どうした」 「なぜか、頭が…」 ぼーっとして、と語尾が段々と弱まる。 雑賀はその様子を冷静な眼差しで見ていた。そうして机の上に、頭部がゆっくりと倒れこむ。その様子にほっと安堵の息を吐く。 薬物耐性のある狡噛に効くかどうかは定かではなかったが、小さく寝息を立てているところを見ると、コーヒーに仕込んだ睡眠薬が効いたようだった。雑賀は狡噛の身体を背負うと、寝室へ運び予め整えていたベッドに寝かしてやる。 そしてすっかり寂れてしまった携帯電話を手にすると、慣れた手つきで短縮ボタンを押した。 「――征陸か」 ややあって耳に聞こえたのは、昨夜狡噛を頼むと言ってきた男だ。今では執行官に成り下がっているが、元は優秀な刑事であったことは雑賀にとっても、記憶に新しい。 『コウは?』 「ぐっすり眠っている。早く来い。ここからはお前の役目だ」 『年寄りをあまりこきつかわんで欲しいんだがな』 言いながらもすぐに行くと返ってきて、すぐに電話は切れた。 征陸自身も、頼んだ半面気になっていたに違いない。何よりも狡噛の事だ。 彼の精神状態と処方した睡眠薬の関係性を推理すれば、これからどんな状態になるかは想像するに容易い。意識を戻すことはないが、抑制力が抑えられ、箍が外れる。大抵の場合それはひととしてのストレスを開放されるための分泌物として吐き出される。 狡噛は雑賀に対して信頼を置き、素直に曝け出してくる。だが、雑賀自身、助けになりたいとも可愛いという気持ちもあるが、深層心理において狡噛の「気」自体を癒したり助けたり出来る潜在力はない。それが出来るのは雑賀が知る限り、ただ一人。 狡噛の傍にいて、深くから信頼を置く存在。 (早く、来い) 狡噛がつぶれてしまう前に。 寝室の扉を見やりながら、雑賀はすっかり冷め切ったコーヒーを口にして味わったことのないその苦さに眉を顰めた。 → |