覚悟してね?


「縢…?」

新しい執行官として縢がやってきてしばらくの事。
喫煙所で煙草をふかしていた狡噛は、目の前に現れた年若い少年の姿に目を丸くした。

「お前、ボトボトじゃないか」
「へ?ああ、風呂入ったから当然っしょ?」
「入ったって…拭いてないのか?」

風呂上りというレベルではない。最早、風呂の最中という濡れ鼠だ。

「バカ、風邪をひくだろう」
「風邪?ひいたら治すだけじゃないの?」
「…いつもそんななのか」

あっけらかんと告げる縢に、狡噛は眉根を寄せる。そういえば宜野座が言っていた。この少年は5歳で潜在犯認定され、それ以来まともな生活を送った経歴はないと。
それならば、こんな当たり前のことが欠如しているのも分る。

「来い、拭いてやる」
「え?いいって」

後は寝るだけだし。踵を返そうとする縢を、狡噛は無理やり自分の部屋に連れて行った。



洗濯したばかりの真新しいふわふわのタオルで明るく抜けた髪を拭いてやると、縢は猫のように大人しくなった。てっきりもっと嫌がられると思っていたら、髪の毛をわしゃわしゃと摩る動作が、気持ちいいのだという。

「コウちゃんてさぁ、意外に世話焼きだよね」
「そうでもないさ」
「そうでもあるって!ふつーこんなこと、しないっしょ?」
「そうか?」
「うん。俺もっとコウちゃんは冷たいかと思ってた」
「しめてやる、の次は冷たい、か?」

狡噛が皮肉を言うと、縢は肩を竦めた。

「思ってた、って言ったじゃん。でも今は違うよ。なんか、こう…上に兄弟がいたらこんな感じ、っていうの?」
「にしては、手のかかる弟だな」

そう言われて、狡噛も満更ではない様子で笑みを浮かべた。
狡噛にとっても縢は少しずつ変化しているように思う。始めはどこか冷めた目をしていたのが、最近ではよく笑うようになった。拗ねたり嬉しそうに口元を緩めることも多い。それは狡噛だけでなく、1系にいるものなら誰もが感じることで、嬉しく感じることの一つだった。ずっとつらい運命を背負ってきた少年が、初めて抱くあたたかさ。それを与えているのが出来るのかと思うと、それはまさしく愛情の賜物。

「コウちゃん、にやにやして気持ち悪い」
「ああ、悪い。ほら、出来たぞ」

丁寧に雫を拭ってやり髪の毛も整えてやると、ぴったりと密着していた縢はその場から動こうとしなかった。

「縢?」
「コウちゃん、も少しこのままでもいい?」
「どうした?」
「なんかさ、コウちゃんの手が気持ちよくって、変な気分になったってゆーか…」

くるりと振り向き、しな垂れてくる縢に今度は狡噛が動けなくなる。

「おい、縢…」
「コウちゃんが悪いんだよ。あんなことするから」
「あんな事って、ただ拭いただけだろ?」
「違うよ」

愛情があった。手のひらから込められる優しさと愛しさは、ダイレクトに伝わる。言葉がなくても、心の深くに染み渡る。それは密な人間関係を避けてきた縢でも、しっかりと分かるほどの。

「だからね」

縢は自分よりずっと大きな体に体重をかけ無防備になっている狡噛に満面の笑みを浮かべると、その身を預けてきた。

「覚悟しなよ?」

にっこり微笑む少年に呆気に取られていた狡噛だったが、直ぐにふわりと苦笑いを浮かべた。

「悪い、子だ」

けれど、可愛くて、愛しい。
触れる手のひらも触れられるぬくもりも嫌ではない。
そのまま子供のようなキスを受けながら、少しずつ色々なことを教えてやろう。
そう切に思った。


2013.03.08




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