4 「だから、機嫌を直してもらえませんか」 「………」 「先ほどから言ってますが、アレは合意の上です。君だって実際に感じ――ぶっ」 最期まで言えなかったのは、雲雀が投げたクッションが顔面に飛んできたからだ。 「…恭弥。あんまりワガママするようなら、実力行使で教えてあげても良いんですよ」 穏やかだった顔色が変わり、さすがの雲雀もまずいと思ったのかようやく口を開いた。 「だって、僕と君が恋人だなんて信じられない」 「今の君にはそうかもしれませんが…事実ですよ」 あのDVDに映っていたのは、雲雀と骸の情事の最中を納めたもので、野外のうえ薬を使っての行為は、中学生には刺激的過ぎる内容だった。 誰が一体こんなものを――と思ったが、あの時は勢いもあったせいか周りにまで意識を飛ばす余裕がなかった。 恐らく隠し撮りをされていたのだろうが、こんな酔狂な真似をする輩は一人しか知らない。 (白蘭…) 恐らくただ骸を困らせたいだけなのだろうが、それにしても冗談が過ぎる。 わざわざ子供の雲雀に見せずとも―― そこではた、と気付く。 そうか。彼は入れ替わる事を知っていて、わざと15歳の雲雀に送って来たのだろう。昔と違い、この時代の雲雀は色々な事に長けていて、交わす術も持っている。 それは白蘭も身をもって、知っている。どれだけ彼が雲雀を構おうとしても、その度に軽くあしらわれてきたのだから。 だが、今目の前にいる15歳の雲雀はまだ子供だ。 特に性的な事に関しては無知に等しいだろう。少なくとも骸はまだ手を出していないし、初めて身体を繋げた時に雲雀自身が「骸が初めての相手」だと言っていた事だ。 だから必要以上に優しく大事に抱いた。 ただの酔狂で終われば、それで良い。 だが、白蘭は侮れない。骸を貶めたり今までの仕返しをするためなら手段だって選ばないはず。 「…骸?」 あどけなさの残る純粋な眼差しが真っ直ぐ向けられた。 このDVDを送ってきた意図はわからないが、白蘭が雲雀にターゲットを絞ったのは分かる。 それならば、全力で阻止しなければならない。 「ねぇ」 いつの間にか考え込んでしまっていたらしい。 気付けば雲雀が熱っぽい眼差しを骸に向けていた。 「もうこの際DVDとかどうでも良いよ。どうせなら、相手して」 「相手?」 「僕の相手。うずうずしてたまらないんだ」 「そうですか。それならいくらでも相手をして差し上げますよ」 身を乗り出した雲雀の腕を引き、咄嗟に抵抗を見せた身体をそのまま力任せに後頭部を抑え込む。 そして薄く開かれた唇を、抗議が漏れるより早く塞いだ。 「んっ、…!」 恐らく雲雀には初めてのキス。 10年間待った、骸にとっても初めての、15歳の雲雀とのファーストキスだ。 「む、く…」 わざと唇を浅く合わせ、吐息や甘い言葉が紡がれるのを待つ。 だが拘束している力は強く、腕の中でどれだけ抵抗しようとしても骸の拘束はびくともしなかった。 その征服感が、却って感じさせる。今の雲雀ではこうはいかない。 「ほら、もっと感じさせてあげます」 言いながら今度は先ほどよりも深く唇を合わせ、その隙間から舌を差し入れる。本格的に咥内を味わい、逃げ惑う舌を絡めると雲雀から力が抜けていくのが分かる。 だが、肌を通して伝わる温もりや項にかかる乱れた呼気は妙なほど熱かった。 「んん…っ、や…」 「ダメですよ、逃げないで下さい」 「や…だ」 頭を振る雲雀を可愛いと思いながら、それでも口内を散々に堪能する。その反応は初々しく愛しくてたまらない。 最後に舌を軽く絡めて、ようやく骸は顔を離した。 「どうですか?ファーストキスは」 「…っ!」 瞬間、仕込んでいたトンファーが飛んできて咄嗟のところで避けると、案の定きつい目でにらまれる。 ――が、涙で熟れた眼差しでは逆効果だ。 「相手、って…いつもこんなこと、してるの」 「お互い時間がないですからいつもではないですよ。――君が望んだときだけ」 「…変態」 「おやおや、心外ですね。君が身体が疼くからと言ったんじゃないですか」 「そういう意味じゃない!」 もちろん、骸にも分かっている。 だが、子供の雲雀の反応は全てが新鮮で魅力的なのだ。 ついからかってしまうのは、どうしようもないことだと、無理やり納得させる。 「すみません。もうしませんから、座りませんか」 まだトンファーを手に構えた雲雀を落ち着かせ、骸は頭を下げた。 こちらが下手に出れば、彼は驚くほど素直で物分りが良い。 「…もう、変なことしないって」 「ええ。しません」 とりあえず、今日のうちは…という言葉をそっとしまいこみ、ようやく大人しくなった雲雀に安堵した。 「さて、先ほどの話ですが…このDVDは私が預かっても良いですか?」 「処分して。気持ち悪い」 「万が一の時の証拠になりますから、処分はできませんが…誰の目にも触れることのできないよう幻術をかけておきましょう」 「…わかった」 こんなものが世に残るなんてとんでもないと思ったが、骸の幻術の力は雲雀も身をもって知っている。 このDVDが必要というのなら、彼の力で保管しておくのが一番だろう。 「恭弥。しばらくは私と行動を共にしてもらいます。何かあっては大変ですから」 「ヤダ」 雲雀が束縛されることを嫌うのは、知っている。 だが、今回ばかりは雲雀に甘い骸も彼の我侭を受け入れるわけには行かなかった。 「恭弥。あなたは狙われるかもしれないんですよ」 「…そんなの、自分でどうにかできる」 一瞬の沈黙と僅かに避けられた視線が、骸に違和感を覚えさせた。 彼が嘘を言う時の癖。 「もしかして、何かありましたか」 「…べつに」 「あったんですね。ストーカーでもされましたか」 「何でもないって言ってる」 「もう一度実力行使に出ても良いんですよ」 「好きにすれば、良い」 実のない押し問答に先に折れたのは、骸だった。 彼にいう事を聞かせるやり方を間違ったと気づいた時にはすでに遅い。 「…分かりました。では言い方を変えます。この世界で君は匣兵器の研究をしていました。入れ替わった君ではその役目を果たすことはできないでしょう」 「……」 「私がサポートします。連れて行ってもらえませんか」 確か雲雀がいま負っていた仕事は、そろそろ佳境を迎えていたはずだ。 身なりが変わったとはいえ、雲雀は雲雀。代わりは出来る。そのための助けを、骸は厭わないつもりだった。 「…分かった。教えてくれるなら」 「充分ですよ」 これで、雲雀の傍で守ることが出来る。 骸はほっと息をつき、いまだぐるぐると考えこんでいる15歳の雲雀を前に、ますます愛しさが募っていったのだった。 2012.2.20 |