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――?

雲雀が異変に気付いたのは、10年後の自分と入れ替わってから、数日が経とうとした頃だった。

小鳥の餌がなくなりいつものように草壁に買わせようと思えば、数日戻らないと言っていたのを思い出した。
さすがに鳴いている小鳥をそのまま放っておくこともできず、仕方なく隣町までやってきたその帰り。
車が多く行き交う交差点の歩道橋を降りようとした時だった。
何かの拍子に背中に強い力を感じ、危うく足を踏み外しそうになる。寸でのところで危険を察知し耐えることができたが直ぐに辺りを見回すも、怪しい人影は見当たらない。
一瞬気のせいかとも思ったが、確かに誰かの気配を感じた。

だが、自分が誰かに背後を取られるなど考えられない。
おかしいと思いながらも人に狙われる覚えが山ほどある雲雀は、その時は大して気にしていなかった。
たとえ誰が襲ってこようとも、返り討ちにする自信がある。

けれど、それからもおかしな事は幾度も続いた。
道を歩いているとあからさまに車が突っ込んできたり、頭上から植木鉢が降って来たり子供だましのようなものばかりだったが、自然とストレスは溜まっていく。

真正面から仕掛けてくるならば相手になってやるのに、こうこそこそされては手の討ちようがない。

(むかつく…!)

何かと過保護な骸には絶対に言いたくないし、かといって八つ当たり気味に風紀を乱している群れを咬み殺すのにも飽きてきた。
いい加減どうにかしないと、フラストレーションが溜まっていくばかりだ。

そんな雲雀を更に追い詰めたのは、それから数日後の事だった。



「――恭さん」

屋敷に戻ると、いつもは笑顔で出迎える草壁が神妙な面持ちで寄ってきた。

「差出人不明の郵便が来てるのですが…」

「貸して」

手にすると、それなりに重みがあり封筒には「進展」とある。
そして表には、ここの住所と「10年前の雲雀君」というふざけた宛名。
明らかに普通の郵便物ではない。

「恭さん、私が見ましょうか」

「いい。それと、副委員長。この事は骸には言うな」

懐かしい名前で呼ばれるのにも慣れたのか、草壁は暫く惑った後頷いた。
たとえ10年前の雲雀でも、彼の命令に背くことはない。雲雀の意志が自分の意志だからだ。

「わかりました。しかし、最近顔色が悪いようですが」

「なんでもない。ちょっと寝不足なだけだ」

「そうですか。では、何かありましたらお呼びください」

草壁が大人しく下がるのを見て、雲雀は封を開ける。
途端、指先を掠める痛みに眉を顰める。

「…剃刀」

なんて、陳腐な。
苛立ちを覚えながら中を慎重に探る。

――送られてきたのは、1枚のDVDだった。



ダンダンダン!

まるで暴動でも起きたかのようなそれに、骸は慌てて扉を開けた。

「恭弥?珍しいですね」

「ちょっと!」

いきなり胸倉を掴んでくる彼の顔は真っ赤に染まっていてさすがの骸も何が起きたのか分からず、目を丸くする。

「いきなりどうしたんですか?」

「どうした、じゃないよ。君、何考えてるの」

「何って…僕には恭弥が何をしたいのか分かりません。とりあえず、入りませんか」

冷静な口調で諭され雲雀は気分を害したようだったが、こんな玄関先で問答するつもりもなかったのか静かに頷いた。


雲雀を居間に通すと、骸は彼の好きな日本茶を熱いお湯で点ててやる。本当はもっと渋めのほうが好みだが、今の彼にはこれくらいが丁度良いだろう。
案の定、緑茶を口にすると雲雀は少し落ち着いたようだった。

「さて、何があったのか聞かせてもらいましょうか」

再び話を切り出すと、雲雀はあからさまに口を閉ざした。いつも真っ直ぐ自分を見つめる凛とした大きな黒目の瞳は静かに伏せられ、骸を映すことを放棄している。
こんな様子の雲雀は至極珍しい。

「どうしたんですか?」

身体を乗り出し、彼の隣へ移動しようとすると――雲雀は咄嗟に立ち上がった。

「こっち、来ないで」

「は?」

不審に思い差し出した手はぱちん、と叩かれてしまう。

「恭…弥?」

明らかに、骸との接触を避けている。
いや、触られることを怖がっているようにも見える。

「何があったんですか?」

「…DVD」

「え?」

ようやく開かれた口元はこの場に不似合いな単語だけを紡いだ。

「DVD…?それが…?」

言葉にすることが難しいのか、雲雀は手にしていた小さな包みを骸に差し出した。恐らく中身はDVDだろう。
それが雲雀をおかしくさせている原因なら放っておけるはずがない。

「これを見ても?」

しばらく悩んだ後、雲雀は頬を赤くさせながら頷いた。

「良いけど、あっちで見て。音を出しちゃダメ」

「はぁ…良いですけど…」

予想もつかない雲雀の言葉に戸惑うのも暫くの間。
そこに映っていたとんでもない光景に、骸は全て察したのだった。


2012.2.16


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