2 「骸!」 昨夜無理をしたせいかまだ眠っている雲雀をそのままに、キッチンで遅めのブランチを作っていた骸の元へ飛び込んできたのはボンゴレボスの綱吉だった。 元々慌てんぼうの気がある彼だが、それにしても今日はいつもにも増して慌しい。 「おやおや、ボスともあろう方がノックもせずに土足で人の家に入ってくるとは…誉められたものではありませんね」 「う、ごめん。急いでて――じゃなくて、大変なんだ!」 「なにがですか。用件だけをまとめて言ってもらえるとありがたいのですが」 雲雀に向けるそれとは全く違う冷たい眼差しに綱吉は一瞬怯んだが、それ所ではないのか直ぐに辺りを見回す。 「ヒバリさんいる?」 「は?」 「ヒバリさんがそろそろ大変な事になるんだ。ここに来てない?」 口ぶりからすると、既に彼の邸宅には顔を出したのだろう。 確かに雲雀の事となれば、話は別だった。 「今はまだ眠ってます。それよりも大変って…」 その時だった。 ドオン、という激しい音がしたかと思うと――何度も見たことのある白煙がキッチンにまで立ち込める。 雲雀の寝ている寝室からだった。 「恭弥!」 「ヒバリさんっ」 二人が駆け込むと雲雀は目をこすりながら、不機嫌そうに起き上がるところだった。 ただし、雲雀は雲雀でも――今よりもずっとあどけなさの残る、10年前の姿で。 「…きょう、や…?」 「やっぱり…」 「なに、君たち。ずいぶん老けているみたいだけど…?」 昨日抱いた身体より幾分か縮み首を傾げながら問う姿は懐かしくもあり、可愛い姿。 10年バズーカーの影響で入れ替わったのだとすぐ知る事はできたが、それだけで綱吉が飛び込んできたとは思えない。 「…大変、というのはどういうことですか?」 横目でちらりとボスを窺えば、綱吉は両肩で息を吐き情けない眼差しを向けてくる。 「話せば長いんだけど…とりあえず、場所を移そうか」 * 「――ここ、ヤダ」 あれから、数日。 10年バズーカーの影響で入れ替わってしまった雲雀は5分以上経ってもそのままで戻ることはなかった。 綱吉の話によると弾自体が故障しているらしく、ジャンニーニが必死に改良しているらしいが修復には1ヶ月程度かかるという。その間、15歳の雲雀に任務を任せるわけにも行かず、かといって雲雀がせっかく取り付けた取引をそのまま反古にするわけにもいかず今回は骸が同行する事になった。 だが――如何せん、10年前の雲雀はワガママで凶暴だった。 今回の取引現場である中国に飛ぶために空港へ来てみれば、あまりの人の多さに嫌気がさして目を離すとすぐいなくなる。その都度空港内を探し回り力づくで出発ゲートまで連れてくるのだが、今度は群れている関係のない集団を見境なく攻撃する。 まるで、子供のお守だ。 「あの、お願いですから少しは大人しくしてもらえませんか?」 「なにそれ?僕に指図しないで」 「ですが、あなたはここではボンゴレファミリーの雲の守護者で風紀財団の代表なのですよ。立場があるんですから」 「そんなの、知らない」 ぷい、と背く顔は可愛いと思いながらも反面憎い。自分が知る15歳の雲雀はこんなんにも子供だっただろうか。 あの時は自分も未熟だったから気付かなかっただけかもしれないが、それでも限度はある。 肩で息を吐けば、雲雀の顔色が一変したのに気付く。 「どうしました?」 「あそこ。変な感じがするよ」 視線の先には、黒服で固められた集団が目に入った。 囲まれるように中央に佇む人物を、骸は知っている。 「ああ。あれはミルフィオーレファミリーですね。中央にいるのは白蘭――は、まだ知りませんか」 「知らない」 となると、時期的にはどうやらリング争奪戦の直後らしい。どうりでまだ無鉄砲さが印象強いと思った。 「一応忠告しておきますが、彼らには近寄らないほうが良いですよ」 「どうして?」 「私とは確執が、ありますからね…」 その言葉に雲雀は首を傾げた。 決め付けられるのは嫌いだ。だが直ぐに反論できなかったのは、骸の眼差しがひどく遠くを見ていたせいだろう。 理由があれば、雲雀も闇雲に逆らったりはしない。 「出来るだけ、僕の傍から離れないで下さい」 白蘭がいまさら骸に対しどうこうするとは思えないが、骸が抱えている事案はミルフィオーレも欲しているものだった。 それを手中に収めるためにどんな手段も厭わないのはお互い様だ。だからこそ油断のできない相手でもある。 それに、白蘭の意地の悪さはよく分かっている。 ただ楽しむためだけに、骸を振り回すこともしばしばだ。 まさか、雲雀との仲を勘ぐってはいないだろうが――万が一この少年に目をつけられでもしたら、今までの苦労が水の泡になる。それだけは避けたい。 「あれは君の敵なの?」 「どうでしょうか」 骸が曖昧に流すと、雲雀は機嫌を損ねたように再びむっと口を尖らせた。 2012.2.15 |