小さくて大きなしあわせ(ろみ様より/草壁&雲雀) 切っ掛けは些細な一言だった。 『風紀』の堅守という思想に敬服し、傍に仕えて5年と少し。 高校を卒業した後も変わらず続いていた関係の中での、恭さんにとっては他愛ない、しかし俺にとっては酷く感慨深い、ほんの些細なやり取り。 『草壁』 俺がいつものように「委員長」と呼びかけ、その日一日の予定を報告していた時、恭さんは一つ名を呼んで俺の言葉を遮った。 一瞬、何か不備でもあったのかと緊張したが、その後に続いた言葉は意外なものだった。 『僕はもう委員長では無いよ』 言われてみれば確かに自分たちのいる場所はもう風紀委員では無くなっていたし、恭さんの立場も当然「委員長」では無かった。 しかし、そうは言われても長年呼び続けてきた呼び名だ。今更他にどう呼んでいいのか咄嗟に思いつかず、俺は恐れ多いながらも率直に尋ねた。 『・・・失礼しました。・・・では、何とお呼びすれば・・・』 すると、恭さんの眉間に微かに皺が寄った。 しまった、と思ったが、恭さんは気を害したふうも無く小さく溜息をついた後、静かに言葉を続けた。 『下らないな。僕は僕だよ。好きなように呼べばいい』 そうだ。恭さんはそういう人なのだ。 かつて下級生たちから呼び捨てで呼ばれても、初対面の人間に馴れ馴れしく下の名で呼ばれても、大して気に留めなかった人なのだ。 風紀を乱す人間には容赦無いが、細かい事にはそれほど拘らない。 とは言え、下の名で呼ぶことを許すのは極限られた人間だけだという事は知っている。 少し逡巡した後、俺は思い切って密かに心の中で呼び続けた名を初めて口にした。勿論殴られる事を覚悟してだ。 『・・・では、恭さん、』 口にした直後、歯を食いしばって来るであろう衝撃を待ってみたが、返ってきたのは武器の衝撃では無く『なに』といういつもの静かな返事だった。 途端に目頭がじわりと熱くなって、持っていた書類が震えた。 顔を上げられなかったのは気恥ずかしさというのでは無く、情けない事に涙が溢れて止まらなかったからだ。 続けた報告の声が震えて聞き取りづらくなってしまっているのが自分でもわかったが、恭さんはそれを咎める事はしなかった。 数日後、財団の建設予定地に赴いた際、前を歩いていた恭さんがふと俺の名を呼んだ。 『哲、』 あまりのさりげなさに聞き逃しそうにもなったが、俺の耳がそれを素通りさせるはずも無かった。 「哲」、そのたった一言がいつまでも頭の中で反響する。 押し寄せる感情の波に、堪らず、肝心な恭さんの指示もそっちのけで俺はまたみっともなく男泣きに泣いた。 その後苛立った恭さんに今度こそ鉄槌を食らわされる羽目になったが。 しかしその間際、あの恭さんが心なしか居心地の悪そうな―はっきり言ってしまえば照れたような―顔をしたのを俺は見逃さなかった。 そしてその日改めて、この人に一生ついて行こうと強く心に誓ったのだ。 恭さんのこの微妙な心の変化は、おそらく、いや間違いなく、あの人がもたらしたものなんだろう。 そう思うと何とも言えない感慨深さに襲われて、俺は地に伏せながら遠く離れた国に心の中で何度も何度も感謝した。 * サイト一周年のお祝いにと『Fullthrottle』のろみ様から頂きましたvv とても素敵な9318をありがとうございます〜! 実はこの名前に関しては私がどうしてもかけなかった部分でもあり、ろみさんが書いてくださったお話を拝見して、もやもやしていた部分がすとんと落ちたように二人の関係性がそれくらい理想で、この2人にはディーノさんでさえも立ち入れない絆があるのだと再認識させられました。 何を求めるわけではない草壁さんとは思うのですが、やっぱりそれでもある不安や葛藤が恭さんからのたった一言でぜんぶ吹き飛んでしまうのだとこちらまで嬉しくなれました。 委員長ではないよという雲雀さんの優しさと、ぐるぐる考え込む草壁さんがすっごく可愛かったです! これから2人のより強い絆が育まれていくのですねvvvと色々妄想してしまいました。 とっても素敵なお話をありがとうございました…! よりこの2人が大好きになりました〜(*´∀`人) 2012.12.03 |