alladora(初雲/初アラ/皇様へ)




気付けば、そこは異空間だった。
白煙が自分を包んだのは覚えている。それは今までにも何度か体験しており、いつもの10年後かと嘆息したのも束の間――明らかに違う背景に暫し逡巡する。
眼前に飛び込んでくる見事なまでの調度品は、見たこともない華美な彫刻や象嵌が施された家具。ギリシャ神話や獣やアカンサスが至る所に散りばめられているそれは、ボンゴレでもキャバッローネでも、もちろん風紀財団でも目にしたことのないものだった。
天蓋つきのベッドは白を基調とした上品なたたずまいをしていて、和式を重んじる雲雀にとってひどく居心地悪いし、傍らに備え付けられている椅子も同様で、Xチェアと呼ばれるそれはどこか古めかしい。
デーブルは脚部に華美な彫刻で飾られていて、目に入るもの全て馴染みのない状況に眉を顰めた。

(ここ、どこ…)

左腕に『風紀』と入った腕章を付け学ランを身に纏う姿は、この場にはひどく不似合いだ。とりあえず、ここから出よう――そう思った矢先。
急に後ろから強い力で体を引かれたかと思うと、身構える間もなく組み敷かれる。

「アラウディ。もう少し寝かせてくれ。まだ時間はあるだろ――」

男が雲雀の前髪をさらりと掻き上がると、その端正な顔が驚愕の色に包まれた。
だが、瞬時に飛んでくるトンファーを咄嗟に片手で抑え込む。

「っ!」
「誰だ?賊か?」

難なく抑え込まれた腕は白く、とてもこんな強い力が出るようには見えない。どれだけ振り解こうとしても徒労に終わり、相手を喜ばせるだけのものとなった。

「やめておけ。さすがに子供を相手にする気はない」
「だれが、子供だって?」

初めて目が合った男は、ブロンドというよりはブロンズヘアーを携え、端正な顔つきをしていた。

「おまえ…」

漆黒の眼差しに宿る強い光に見覚えがあったのだろうか。息を呑んだ際、ほんの一瞬隙ができたチャンスを見逃さなかった。緩んだ腕を解き、腹部を足蹴りにするとさすがに男は僅かに体制を崩す。学ランを翻しベッドから飛び降りた瞬間。
何かが脚に絡みつき、今度は雲雀がバランスを崩した。転げ落ちそうになるのを先ほどの腕が再び捉える。

「…っ!」
「なるほど、確かに子供にしては戦闘能力が高い。それにどうやら噂は本当だったようだな」
「…噂?」「ああ。腕の中の愛しい恋人が、東洋人に摩り替わる。けれど、案ずることはない。たった5分の悪戯で再び手にすることが出来る」
「――まさか」

先ほど彼は、アラウディといった。
自分が知るアラウディは、ボンゴレファミリーの初代雲の守護者にして、CEDEFの初代門外顧問。某国の諜報機関のトップで任務の為には手段を問わないと聞いた。
だから目の前の男はそのために利用した道具――と思ったのだが、すぐに思い直す。なぜなら、彼はあの人にひどく似ている。

「…跳ね、馬?」
「なぜその通り名を?」
「初代キャバッローネ、ていうのも変な感じだけど」

なるほど、と彼――跳ね馬は口元を緩ませた。
どうやら何が起こったのか双方同時に理解したらしい。夢みたいな話だが、雲雀が10年バズーカーで飛ばされたのは10年前でも10年後でもなく、初代守護者が身を寄せる、はるか昔のイタリア。そしてここは、キャバッローネ邸。
長く美しい髪は、限りなく黒に近い銀髪で、隙のない鋭利な眼差しと整った鼻梁は良く見れば全く違うが、それでも雲雀の良く知るディーノの雰囲気はそこここに感じられる。

「そうなると、お前も同じ事をしていたわけだ」
「…?」

首を傾げると、油断していた頃合を見計らってベッドに抑え付けられる。

「っ、なに…」

起き上がろうとする間もなく、両手をシーツに縫いとめられ、わずかに空いた足の間に無理やり体を割り込まれた。動きを完全に封じ込まれ、迫ってくる顔から背けようとして露わになった項を、暖かい滑った舌が這う。

「っ、」
「言っただろう、5分の逢瀬だって」
「や、」

首筋にちりっ、とした痛みを覚える。
覚えのあるそれは、ただ嫌悪感しかなかった。ディーノではない愛撫や抱擁は人付き合いに疎い自分にとっては疎ましいだけ。
逆に跳ね馬は必死に耐え抜く姿を見て、アラウディの幼い頃を思い出す。
出会った時、彼は今よりも穢れなく美しい中世めいた容姿をしていた。何げなく近づいてきた時も一瞬女性かと見紛うほどの。
だから、姿は違えど幼い少年を組み敷いていると、どうしてもその時の事が思い出されて、ぞくぞくする。肌が粟立ち判別しにくい官能が沸き起こるのだ。
跳ね馬はにやりと笑みを浮かべながら、本格的に攻略することを決めた。両手で抑え込んでいた細い腕を武器である蔦のような鞭でベッドヘッドに括り付け、護身用にと身につけていたナイフで白く整われたシャツのボタンをゆっくりと引きちぎって行く。
わざとゆっくり見せ付けるように行うそれは、少年の戸惑いを増長させるようだった。今まで怯えなど見られなかった眼差しに、わずかだが困惑の色が浮かぶ。

「はな、せ…」
「アラウディも最初、同じ事を言っていたな」
「僕はアラウディじゃない」

射抜くような双眸に、跳ね馬は小さく笑った。そう。こういうところも、そっくりだ。
違うといえば僅かに高い声のトーンと、髪と肌の色。それに、自分を見つめる眼差し――。

「さ、お喋りは終わりだ。時間がないからな、抵抗するだけ優しくしてやれる時間がなくなる」
「…っ、や、だ…!」

跳ね馬が雲雀の顎を長い指先で捉え、軽く口付けを交わした時だった。
急に背後から飛んでくる殺気を瞬時に交わす。
その鋭利な殺気は、ナイフとなって雲雀を拘束していた鞭を切り裂いた。

「…趣旨換えしたのかと思った」
「アラウディ」

そこにいたのは、数分前まで自分が愛していた麗しい青年の姿。
跳ね馬が何をしていたのかは一目瞭然だったのだろう。いつもより冷たい空気を纏い、ゆっくりとベッドの上に横たわる少年に近寄る。

「ボンゴレ雲の守護者――10代目、雲雀恭弥?」
「…そんな肩書きは知らないよ」
「だろうね」

雲雀の乱れた着衣を整えながら、アラウディは優しく笑った。そして、その笑みとはかけ離れた鋭い眼差しで、元凶の男を睨みつける。

「誰でも良いんだね。だらしない」
「まさか。言っただろう、俺はお前に全てを捧げてるって」
「この状況だと説得力ないよ」

ぴしゃりと跳ね除けると、アラウディは雲雀に向き直った。

「大丈夫。もう直ぐしたら君も戻れる」
「同時じゃないの」
「誤作動はよくあることだよ。珍しくはない」

いつもは常に気を張り、周囲に恐れられている少年も、突然の事態を全て受け入れれるほど順応ではないらしい。目をぱしぱしと瞬かせ、ほっと息をつくところを見ると些か不安だったのだろう。
やがて白煙が足元から立ち始めると、アラウディは再び笑みを浮かべた。

「じゃあね。向こうの跳ね馬によろしく。あと、頑張って」
「…?」
「元気でな。今度はゆっくり来いよ」
首を傾げる雲雀が完全に白煙に包まれたかと思うと、派手な爆音が轟き――静寂が舞い降りた。

「行ったな。ところで、『頑張って』ってなんだ」
「…あなたの悪さのせいだよ。向こうのあなたも独占欲が強そうだったからね。おしおきされてないと、良いけど」
「仕方ねーだろ。お前にそっくりなんだから味見くらいするだろ」
「しないよ。この種馬」

遠くを見つめるアラウディに、跳ね馬は苦笑いを浮かべた。
そして肩を抱き寄せると、二人で今は居ぬ少年の残像をいつまでも追った。

『え?え?恭弥…じゃなくて…』
『きみは、キャバッローネ?こんなところまで来るなんてね』
『もしかして、初代か?恭弥に似てるな』
『そうでもないよ』
『いいや、その強そうでいて儚げな眼差しも、見蕩れるくらい綺麗な口元も、さらりと舞う髪も――俺の好きな恭弥にそっくりだ』

そうだね。確かに僕達は、似ているかもしれない。
心の中で思い出される言葉に、アラウディはそっと隣を盗み見た。

「なんだ?」
「同じだと思って」
「同じ?俺とアイツか?」
「そうだよ」

初めて会った時に言われた言葉。
歯の浮くような台詞で、アラウディをひどく惑わせた跳ね馬。
あの時代にいても、同じように惹かれあう存在。
だから、5分の逢瀬。それ以上は、逢瀬でなくなる。

「アラウディ。何を考えてる」
「…あなたと同じことだよ」
「珍しいな」

言いながら跳ね馬の端正な顔が近づいてきて、アラウディは初めて目を伏せた。
いつもならどこで誰が狙っているか分からない。そんな状況下で全てを預けるほど信頼しているのは誰一人としていなかった。
もちろん、跳ね馬も例外ではない。信用しているわけではない。互いの利益が違えばすぐに敵となる相手だ。

(けど)

それでも良いか、と思った。
騙されるなら、この人がいい。
いつもよりも優しくベッドに寝かされて、やがて降ってくる抱擁に幸福感を滲ませていた。

fin

2012.07.25



少し早いですが、10万ヒットおめでとうございますー!
張り切り過ぎたら、早く書き終わっちゃいました;;
初代もアラ様もちゃんと書くのは初めてなので多々お見苦しい点があると思いますが、初雲も初アラもすごく楽しかったです!
キャバ様は本当にかっこいい、そして黒い!(笑)
お祝いになっているか甚だ疑問ですが、少しでも楽しんでいただけたら本望です…!
これからも少しずつ、皇さんのお話が読めるのを楽しみにしていますので20、30万と頑張ってくださいませ(*´▽`*)
15雲雀さん好き同盟として仲良くしてください(笑)

みるみ


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