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「ボス…」

「ああ、わかってる。直ぐに後を追ってくれ。勿論…見付からねーようにな。オレは恭弥に声を掛けてから直ぐに向かう」

「了解」

交渉相手である男を見送った後、屋敷内へ戻るや否や、ディーノは腹心とその部下へ一つの指示を告げた。
静かに告げられた命にロマーリオと部下は一言で返事をし、そして直ぐに動き出す。
何せ極秘任務にも近いマフィアの仕事。
表向きのキャバッローネとはまた違う、薄暗い色を見せる瞬間がこの時。

ロマーリオの背中を見送って、ディーノは雲雀を待たせている広間へと足を進めていった。





「おい、恭弥。ちょっと話が…」

部屋へ着き、大きな扉を押し開けながらいつもの口調で雲雀へ声を掛けた。
のだけれど、その広い部屋に雲雀の姿は無く無人のソファーが物寂しさを感じさせる。
一瞬思考が止まったが、何処へ行ったのかと慌てて部屋を見渡した。

こんな時に世話を焼かせる辺り、流石子供の雲雀だと思う。
成長した雲雀相手ならば少なからず放っておいても安心なのだけれど、何せあの雲雀はこの時代の雲雀であって雲雀ではないのだ。
見た目も中身も全てが過去の幼い雲雀なのだけれど、その身体は本来この時代に生きる成長した雲雀の身体。

どんな風の吹き回しか知らないが、どうやら日本でリボーンから貰った薬を今回のイタリア来訪で持ってきていたらしい。
身体検査でよく引っ掛からなかったな、なんて言葉を雲雀に告げたら自家用ジェットで来たとかなんとか。
本当に滅茶苦茶な恋人だと思う。
少しは空港で待ち構えている恋人の心境も察して欲しいものだが。

さて、そんな雲雀より厄介なのはやはりリボーンから貰ったという薬。
あのリボーンの事だ。
一体何を仕出かすかもわからない緊迫した空気の中で、雲雀は一人、嬉しそうにそれを飲み込んだのだ。
しかも、ディーノの部屋の中で、ディーノの目の前で。

ディーノが唖然としている姿を雲雀は薄笑いで見下げ、そしてその瞳が小さく見開かれた。
一体何が起きるのかと思えば、己の身体に跨がる雲雀の輪郭がゆっくりと縮み始め、そして呆然としている間に雲雀の身体はすっかり小さくなっていたのだ。
とは言っても見覚えのある身体と見た目からして、きっと中学生の雲雀だと推測をしたディーノ。

おい、なんて言葉を掛けたらきょとんとしていた眼差しが不愉快そうな目付きに変わり、ディーノ?なんて疑問の問い掛けをされた時は流石に驚いた。
身体だけでなく心まで過去に遡ってしまった雲雀。
取り敢えずそのぶかぶかな格好は目のやり場に困ると、棚の奥に隠れていた懐かしい学ランを雲雀に与えた訳だ。

決して盗んだ訳ではない。
雲雀がキャバッローネ邸へ泊まりに来る時用の着替えを、ディーノは大切にしまっておいたのだ。
まあその事実を告げるまで、雲雀はさも不審そうな眼差しでディーノを見詰めていた訳だが。


「どこ行きやがったんだあいつ…っ」

暫く様子見という事でこのキャバッローネ邸へ滞在させているわけだが、一週間程一緒にいてもやはり子供の雲雀の動きは本当に気分やら思い付きで変化し、手が焼けるとは全くこの事。
だからディーノでさえも雲雀の行動は予測不可能だった。

「おい、恭弥!いるなら返事しろ!」

屋敷内を歩き回りながらディーノは声を張った。
本当なら早く部下に任せた場へ赴きたいぐらいだが、かといって雲雀を放っておくわけにはいかない。
ただ単にこの時代の事はあまり知らないという理由もあるが、今は二の次。

実を言うと、あの交渉相手は今回のターゲットでもある。
中学生辺りの子供が、最近頻繁に行方不明になるという事件があって、その事件を探った所あの男が容疑者として浮かんできたのだ。

キャバッローネの領域に当たるシマの中で好きにはさせない。
そんな信念を持ったディーノが勝手に首を突っ込んだのだけれど、そんな上司に対して不平不満を口にする事なく黙って着いてきてくれたのは紛れもない部下達。

そして、そんな事件を探る中で今の雲雀が男の標的になり得る可能性もあるという事を、ディーノは知っていた。
何せ行方不明となった子供の大半が、男の子なのだから。

「っくそ、あのじゃじゃ馬……。まさか拐われてねーだろーな…」

嫌な予感を頭に過らせつつ、ふとディーノはテーブルの上に置かれている小瓶に気付く。
ラベルの取られたそれは端から見れば薄く色の付いた液体。
こんな物を持ってきた記憶は無いが、そういえば先程部屋へ戻ってきた際に何故か置いてあった事を思い出す。
何なんだと不審げな眼差しで見詰めつつ、きゅっと蓋を開けて中身の液体に小指を少し差し入れた。
それをペロリと舌先で舐めて、口内でゆっくりと吟味する。

「…っ、なんだってこんなもんが……」

直ぐに蓋を閉めたディーノは、その液体が一体何を意味しているのか容易に察しがついた。
やはり、あの時頭を撫でた瞬間の雲雀の反応は疑惑では無かったらしい。
それを確信に変えるや否や、小さく舌打ちをして部屋から駆け出て行く。

早く、雲雀を見付けなければ。

部下の事も気になるが、今はそれだけが心配で無我夢中で屋敷内を駆け回った。





「っ恭弥…!!てめ、…こんなトコに……っ」

勢い良く開かれた扉から、荒く息を切らしたディーノが視界に移る黒髪の少年に若干苛立ちを含めた声音で声を掛けた。

雲雀の隠れていた場所。
それは、ロクにディーノと接する事の無い下働きの部下の部屋だった。
しかもその部下の部屋は集団で固まっている為に、この部屋へ辿り着くまで何個の扉を開け閉めしたかわからない。

「お前なあっ……オレがどんだけ心配したか…っわかってんのか」

部屋の隅に置かれているベッドの上で、雲雀は小さく丸まってディーノを睨み付けていた。
息を切らしながら懸命に言葉を紡ぎ出すディーノ。
そんな彼の言葉に雲雀はうんともすんとも言わず、ただ黙って睨み付ける。

薬が効き始めてから数十分。
既に雲雀の身体は熱く火照り、小さな空気の動きですら身体は栗立ってしまう。
薬に犯された身体で、ただ必死にディーノにバレまいと抗っているのだ。

「……薬だろ」

「っ、…」

「誰だ?あの男か?…」

ギシ、とベッド脇へ腰掛けるディーノに雲雀の身体は驚いたように跳ねて、的を射た問いかけにきゅっと唇を噛み締める。
答えようとしない雲雀へぐっと顔を寄せたディーノの眼差しに、雲雀は堪えきれず視線を逃がした。

そしてあの男という言葉に雲雀はハッとして首を横に振り、違うんだと意思を告げる。
何もないとでも言いたいのか、頬を染め上げながら懸命に首を振るその姿がまた愛らしい。

「っ何もない…!」

それでもディーノは納得してくれないらしく、すっとこちらへ伸びてきた腕に小さく目を見開いて、雲雀はその腕を強く叩き落とした。
噛み付くような雲雀の声に、ディーノは一瞬の隙を見せる。
そんな隙を突いた雲雀がその身体を蹴り飛ばし、開いていた扉から逃げるように出て行ってしまって再びディーノの前から姿を消した。

「っおい!待てきょ……いでっッ!!?」

ハッとした時には時既に遅く、慌てて鞭を振るった刹那、それは雲雀を捉える事なく何故か自分の顔面へと直接ぶち当たり、そのままディーノは床へと身体を転げてしまった。
おっかしーなとか言いながら慌てて立ち上がり、赤い鞭の痕跡を顔に残しながら雲雀の後を追っていく。
一体何故雲雀が自分から逃げているのか、ディーノはそれがわからなかった。


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