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「ボース、リボーンさんから宅配便が来てるぜ」

「リボーンから?」


今まで書類整理をしていたディーノはすぐに顔をあげた。朝から机とにらめっこでそろそろ気分転換をしたかったというのもある。
リボーンから、というのは気になったが包みを開けてみれば見るからに怪しい錠剤が一つころん、と手に落ちた。

「なんだ、これ…?」

見た目は普通の変哲のない、白い錠剤。
まさかそれがとんでもない事態を引き起こす事になるとは、この時は思いもしなかった。



「――で、あのへなちょこはどうしたって?」

凛とした美しさと強さを兼ね備え他者を寄せ付けないオーラを携えた雲雀恭弥がキャバッローネ邸を訪れたのは、もう夕刻を迎える頃だった。

呼び寄せたロマーリオが広間へ通すが、群れることが嫌いな雲雀に気遣い室内は二人だけだ。

「急に悪いな。恭弥以外、頼めない事でな」

「何かしたの?」

ディーノの右腕でもあるロマーリオは、滅多なことではボスの失態は他に漏らさない。それが例え恋人関係に当る雲雀相手でも、だ。
そんな彼がここまで切羽詰っている状況はひどく珍しかった。

「頼む。ボスを助けてやってくれないか」

言うなり頭を下げるロマーリオに、雲雀は眉根を寄せた。

「だから、なに?」

「これは知っているか」

目の前に出された書類に、雲雀はざっと目を通し軽く頷いた。

「マフィア間で今流行っている合法ドラッグだね。このピンクの形状のものは…媚薬だったと思うけど」

「その通りだ。これをボスが誤って服用した」

正しくは恐らく興味本位でリボーンが送ってきたものを――だが、雲雀に経過を話す必要はない。

「ふーん。それで僕にあの人の相手をしろって?」

「ボスは1人で何とかするって言ってるんだが、薬が抜けるまで相当つらいはずだ」

あくまでもディーノではなく、自分の判断だと進言し顔を上げた。一匹狼で強要されることを嫌う彼がどこまでその役目を担ってくれるか分からないが、雲雀に有効な手段はありのままを伝える事。隠し事をしない事――だ。

だが、雲雀は苦笑いを浮かべながら首を振った。

「それは無理だよ」

「恭弥…」

「僕にはね。でも、あの子ならどうかな」

「あの子…?」瞬間、派手な音を立てて白煙が二人を包み込む。
この兆候は、ロマーリオでも何度か経験のある10年バズーカー。

「な…」

まさか、こんな時に――という懸念は見事に的中した。

「きょ…う、や」

目の前に再び現れた少年の姿は紛れもなく、10年前の雲雀だった。


少年はきょろきょろと辺りを見回すとここがどこなのか把握したらしい。
小さく嘆息しロマーリオに視線をやった。

「ここって、キャバッローネ邸?」

「ああ。そうだ」

なるほど、こういうことか。
先ほどの雲雀の言葉の意味が、ようやく分かった。

『――僕にはね。でも、あの子ならどうかな』

この時代の雲雀は入れ替わる事をなぜか知っていたのだ。だから、15歳の雲雀にならと託したのだろう。
だが、さすがに中学生に今のディーノの相手を強いることは出来ない。

「あのひともいるの?」

「ボスか?あ、ああ。いることにはいるが…」

歯切れの悪い返事に、雲雀は眉を顰める。

「なにか、あったの」

「いや、お前さんが心配するようなことじゃねぇ」

「嘘。あっちだよね」

雲雀は立ち上がると、ロマーリオの脇を擦りぬけディーノの自室へ向う。
ここへ来るのは初めてのはずなのに、向う先はプライベートルーム。
なぜ分かるのだろうという疑問は、扉の前で泣き続けているエンツィオの姿で解消された。

「クアァ…!」

「ここにいるの?」

雲雀はエンツィオを抱き上げると、扉に手をかける。だが、鍵がかかっているのかノブは派手な音を立てるだけで開くことはなかった。

「開けて」

「…恭弥か?」

「そうだよ」

「声が、違う…」

途切れ途切れの声に、雲雀は僅かに眉根を寄せた。恐らく明らかなディーノの変化に気付いたのだろう。
そしてディーノも正常な状態でないにも関わらず、雲雀を違う人物だと判断したらしい。

「ボス、15歳の恭弥だ。10年バズーカーで」

「…そうか」

ロマーリオが助け舟を出してディーノは静かに頷いたようだった。暫くの沈黙の後、返ってきたのは今まで聞いたことのないような、冷たい声。

「恭弥、入ってくるな。絶対にだ」

「どうして?あなた、変だよ」

「入ってきたら、ひどいことしちまう」

「…どうしたの」

事情が分からない雲雀に、これ以上隠していても無理だと判断したロマーリオが経緯を説明した。
大人の雲雀ならまだしも子供の自分には無理だと諭され、自然と眉間に皺が寄る。

「子ども扱いしないで。それくらい…」

「舐めるな!」

その場に響き渡るような怒声が雲雀の言葉を遮る。

「ロマ、恭弥を連れてあっちへ行け!」

「…了解、ボス」

ほら、とロマーリオが促しても雲雀は動かなかった。

「…なんなの」

「恭弥」

「僕は、僕だよ」

「クァ…」

エンツィオも雲雀の腕の中で、ディーノを気遣う。

「この子も心配してる。なのに…」

雲雀が気遣うように窺えば、もう幾度となく繰り返された「入ってくるな」という言葉が返ってくる。
穏やかなディーノにしては珍しいそれに、それだけ余裕がないという事を思い知らされた。

(ディーノ…)

これが大人の自分だったら――と想像してみた。
きっとディーノの相手を難なくしているだろう。
自分がそういう経験のない子供だからダメなのだ。ディーノを満足させることができないから、役不足だから。
そう思うと、ひどくやるせない気分になった。

けれど、そんな事くらいで引き下がる自分ではない。
それはきっとディーノ自身も分かっているはず。それなら取るべき選択肢は一つだけだ。

「――ねぇ」

雲雀は覚悟を決めて、ロマーリオに声をかける。

「あのひとの部屋の鍵、頂戴」

「どうする気だ?」

「10年後の僕と同じことだよ」

「やめとけ。中学生のお前さんに今のボスの相手はできねぇ」

「今とか、関係ない。僕は僕だよ」

「ボスは見かけはああだが、実際には目的の為に手段を選ばねぇ事もある。経験のないお前さんにはつらいぞ」

「何それ、バカにしてるの」

瞬間、ロマーリオは失態だったと悔やんだ。この少年の負けず嫌いを失念していた。

「…忠告はしたぞ」

「関係ないよ」

観念したロマーリオが胸元から鍵を取り出し、ゆっくりと差し出す。
最後にもう一度留まるチャンスを与えるように。
だけども、もちろんそれで考えを改めるような雲雀ではない。

「恭弥。薬が抜けるまで恐らく1日ほどかかる。薬物耐性があるとはいえあのボスの神経を奪うくらいだ」

「何回も言わせないで。僕には関係ないよ」

最後にもう一度だけ言うと、雲雀は躊躇なくその扉を開いた。


2012.2.26


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