幸せのアカシ(2215/事後/屑星様へ)


こんな気持ち、知らなかった。
誰かを労わり、考えるだけであったかくなる気持ち。

ふわふわ飛び交う小鳥と戯れるのは好き。
自分の場所で静かに読書をするのも好き。
強い人と戦うのも好き。

でも、それよりも。

自分の事を家庭教師だという蕩けるような甘い蜂蜜色の眼差しで、優しく甘い言葉を教えてくれたあの人と過ごす空間が――何よりも好き。



「…んっ」

ディーノとの行為の最中、雲雀は常に声を抑えていた。
どれだけの刺激を受けても、快感に濡れた響きを露わにする事はない。
そして今日もまた必死に声を出さないように噛み締めている薄い唇は、うっすら赤みを帯びていた。

「恭弥」

愛しく名前を呼べば、硬く閉ざされた瞳と口元が緩やかに開かれた。

「…?」

「そんなに噛み締めるな。血が出てる」

指の腹でさすってやればじわりと血が滲んだ。触れた瞬間、痛みを伴ったのか表情を歪ませる。

「痛かったか?悪い」

「……別に」

「でもどうしてそんなに噛み締めるんだ?」

「……」

返ってきたのは、雲雀得意のだんまりだ。こうなると口を割らせるのは難しい。
だがディーノが優しく拭ってやると、意外にもすぐ小さな声が返って来た。

「…か、ら」

「え?」

「声が、出る」

ディーノはゆっくりと身体を離した。
触れ合う肌から伝わるぬくもりが閉ざされて、汗ばんだ身体にひやり、と冷たさが舞い込む。

「出るからって…。こういう時、声は出すもんだ」

「なにそれ。誰が決めたの」

「俺。だって、恭弥の声ききてーもん」

駄々っ子のようにぎゅうう、と身体を抱きしめると雲雀が睨みながら、

「あなたの…当ってる」

「気にするな。お前のそんな可愛い顔見て反応しねーのもヤバイだろ?」

「…変態」

「るせ。とにかく、もう噛むな」

「やだ」

思ったとおりの返答に、ディーノが困ったようにおでこに張り付いた髪の毛を撫で上げる。

「そんなに、痛くさせたか?」

「違う」

雲雀もゆっくりと身体を起すと、凛とした眼差しをディーノに手向ける。
それは、淡く強く――ディーノが惹かれたしなやかさを秘めた視線。

「赤ん坊が言っていた。あなた、いやなんでしょ」

「は?」

「声を出すと、周りの雑音が聞こえないから。マフィアのボスはそう訓練されているって」

「待て待て待て!」

確かに間違いではない。いつどこで命を狙われるかもしれない立場であるがゆえ、色々な事を叩き込まれた。それこそ情事のやり方に至るまで。
けれど、ディーノは激しく首を振った。

「なんでリボーンとそういう話になるんだ!つーか、そんなの信じるなっつーの」

「違うの」

「いや、強ち違わねぇけど…」

「じゃあ、良いじゃない。何か問題でもある」

淡白に告げる雲雀にはもう先ほどの欲にまみれた色香は見られない。それだけ自分の立場を考え守ってくれていることを考えると強くは言えないが、それでもやっぱり声は聞きたい。

「恭弥。お前はそんな事気にしなくて良いんだ。愛人と性欲処理をしてるんじゃねーんだから。愛し合う行為にそんなの持ち込むな」

「それだけじゃない」

「え?他にも何か言われたのか?」

雲雀の両肩を掴み問い質すと、滅多に見れない蕩けるような笑顔を向けられた。

「言われたけど、言わない。僕と赤ん坊の秘密だ」

「秘密って…お前どれだけリボーンの事好きなんだよ」

「さあね」

そんなこと、言える訳がないと雲雀は口を固く引き締めた。
赤ん坊――リボーンとの、ないしょの言葉。


『口を開くと、幸せが逃げてしまうから』


それを雲雀が口にすると、リボーンはひどく嬉しそうに笑った。
愛弟子とその弟子の姿に、満足げに。
だから、そういう事なんだと思う。
このココロが満たされている感覚が、「幸せ」なんだと。

愛されているという幸せ。
この時だけはファミリーの事を忘れ自分の事を考えてくれている幸せ。

肌を通して、言葉で、眼差しで、そしてあたたかなキスで至福のひと時を逃さないためなんだと、雲雀はディーノにわからないように大きな瞳をころりと転がせた。

そんな雲雀にディーノは苦笑いを浮かべながら、

「ったく…じゃあ、これからはここ、な」

ディーノが指差したのは大きな筋肉質の肩口。

「でも、痕…残る」

「残せばいいだろ。二人の、証だ」

その痕を思うたびに、またささやかな幸せを見つけることが出来るから。この瞬間にしか味わえない熱を何度も、何度も。

「証?」

「そう。お前と俺だけのな」

首を傾げる雲雀にディーノは困ったように笑う。
今は、分からなくても良い。感情に乏しい雲雀にひとつ、ひとつ刻み込むようにしていけばよい。

焦らず、自分達のペースでゆっくりと。

本当は雲雀の情に濡れた、ディーノをしっかりと感じている声を聞きたいとも思うけれど。

(今は、これで充分)

誰にも届く事のない、自分だけに紡がれる心の声がそこにあるから。

「ディーノ?」

「…悪い。なんでもねぇ」

ぐい、と身体を引いてその耳元へ口を寄せる。

「愛してる」

「…うるさい」

「ああ」

「なんで、嬉しそうなの」

「そりゃ、だって」

蕩けるような眼差しが、ディーノと同じ気持ちを映しているから。
自分にしか分からない愛の言葉を味わうように、もう一度キスを交わした。


誰にも届くことのない、心を満たす言の葉。

それは、二人だけの幸せのアカシ。


2012.2.24


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