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「――やぁ、遅かったね」

二人の目の前に姿を現したのは、紛れもない霧の守護者、六道骸だった。

白蘭に匹敵するほどの威圧感を漂わせながらゆっくりと近寄ってくる姿に、今までの穏やかな面影は一切見られない。
標的だけを冷たい眼差しに捉え三叉槍を手にしている骸は、戦闘に長けた雲雀でさえもぶるりと震わすほどの圧倒的な恐怖感を身に纏っていた。
こんな骸は初めて見る。

誰もが様子を窺う中、最初に口を開いたのは雲雀の前に進み出た骸だった。

「どういうつもりですか」

「えー?別に意味はないよ。ただ君が大事にしている雲雀チャンと少しお話したかっただけ」

あくまでもペースを崩さない白蘭に、分かるか分からない程度に骸の表情が険しくなる。

「ふざけないで下さい。幼い恭弥を虐めて楽しいんですか」

「楽しいよ?可愛いし、怯えている目を悟られないように必死になって隠す所がたまらないよね。今の雲雀チャンも興味あるけど、なかなか手ごわいし」

ねぇ?と雲雀に視線をやるが、睨みつけられて白蘭は肩を竦めた。

「でも良くここが分かったね。一応幻術で分からないようにしてたつもりだけど」

「そんな子供だましのまやかしで誤魔化せるとでも?」

三叉槍をひとふり翳せば、さぁっと辺りの光景が著しく変化する。
窓の外には見慣れた風景が映し出され、雲雀は辺りをきょろきょろ見回した。

「恭弥、帰りましょう」

促されて、雲雀は頷く。
このまま何もせずに――というのも癪ではあるが、実際に力の差は歴然だ。
無鉄砲さが何も生み出さないことは先ほど嫌というほど知った。

「雲雀チャン、またね」

嬉しそうに手を振る白蘭を睨むと次第に視界がぼやける。
白い霧に包まれ――気付くと、再び靄がゆっくりと消え去り元いた場所だと知るのにしばらくかかった。



「恭弥。大丈夫ですか」

「平気」

ようやく落ち着いた場所で骸に問われ、雲雀は目を反らした。
よく見てみれば、着衣も乱れ首筋には鬱血が窺える。勘の良い骸でなくとも何があったかは、一目瞭然だ。

「白蘭になにをされたんですか」

「…なにもされてない」

頑なな雲雀に、骸はあからさまに嘆息する。
雲雀が頑固なのは昔からだ。気遣われ優しくされることに慣れていない少年はどう反応してよいかわからないのだろう。

昔の骸ならそんな雲雀に腹を立て、無茶苦茶な行為を強いた。
けれど、今は違う。

「恭弥」

「なに…っ、ん…」

訝しげにあげた顔の顎を引き上げ、優しくキスを交わす。
最初は啄ばむように軽く。
蕩けるような表情をするようになった頃には、深く唇を合わせ咥内を堪能するように濃厚に。

「ん…」

解放する頃には、雲雀は肩で荒く息を繰り返した。

「大丈夫ですか?」

そっと小さな身体を腕の中に抱き込めば、抵抗は見られなかった。
いつもの雲雀ならとっくにトンファーが飛んでくる頃だ。白蘭にいいようにされて、気が殺がれたのかと思うと沸々と怒りが湧いてくる。

「…?」

すると、雲雀の肩が小さく震えているのが分かる。

「恭…弥?」

「…でも、ない…」

「泣いてるんですか」

「…っ」

骸の言葉に、びくりと身体が震えたかと思うと次第に届けられるのは抑え切れなくなった嗚咽。
それは、骸にとって初めて見る弱々しい姿だった。

「悔しいですか」

「……」

白蘭にいいようにされて。
何もできずに、骸に助けられて。
10年という歳月を見てもプライドの高い雲雀のこと――それは、耐え難い屈辱に違いない。

「なら、強くなりなさい。今よりもっともっと」

「そんなの、分かってる」

涙に濡れた眼差しで見上げられ、骸は苦笑いを浮かべた。

「ええ。でもその気持ちが強ければ強いほど、今の君に近づけます。誰も寄せ付けないくらい凛とした強さを持った君にね」

瞬間、雲雀の視界がぼやけた。
涙のせいかと思ったが、次第に足元から沸き起こる白煙に違うと悟る。

「骸…!」

「お別れです。また10年後に」

慈しむようにずっと見守ってきてくれた骸の姿が消える。
最後に感じたのは、驚くほど優しいキス。

小さな身体が白煙に包まれ消えたかと思うと、骸の眼差しに映る懐かしい姿は驚くほど優しい笑みを灯していた。

「お帰りなさい」

「…ただいま」

たった数日の事なのにあまりにも愛しく感じる姿に、骸はそっとその身体を抱きしめた。

今の雲雀がいるということは、あの幼い彼が骸の言うように強さを秘めたという事。悔しさをばねにして得たものは、果てしなく大きい。

「どうだった?10年前の僕は」

「可愛かったですよ。ただ――今のあなたにはかないませんけどね」

言いながら、キスを交わす。
応えるように雲雀も骸の首に両手を回して。

まるで、10年分の見えない空白を埋めるように二人で幸せを噛み締めていた。



ここまでお読みいただきありがとうございました!
骸雲は初めて書かせて頂いたのですが、白蘭絡みという事で途中色々と端折ってしまったことが(長くなってしまい)悔やまれますが、骸や白蘭はすごく書くのが楽しかったので、少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。
25雲雀さんもあの美しさと強さがあまり生かしきれてなくて…すみません;
もし何かありましたらいつでも書き直し+書き足しさせて頂きますので、ご遠慮なく仰って頂ければと思います…!
拙い部分もかなりあるかと思いますが、素敵なリクエストありがとうございました><*

みるみ


2012.2.27


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