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「…っ」

「骸?」

商談を終え、昼食を摂っていた骸がいきなり頭を抑え、同席していた綱吉は目を丸くする。

「骸、どうした?」

「…いえ。なにも…」

明らかに何もないという顔色ではない。
いつも無表情な眼差しが深く細められ、口元は固く引き締められている。
こんな骸は初めて見る。

骸が動揺を見せる元凶といえば、たった一人しか思いつかない。

「もしかして、ヒバリさんに何かあった?」

「超直感…ですか?」

「違うよ。仲間だから分かる。何かあったんだろ?」

綱吉が問い詰めると、骸は苦笑いを浮かべた。

「さすがですね。その通りです」

「何があったんだ?」

「白蘭…ですかね。結界が破られたみたいです」

「結界?もしかして、幻術?でもなぜ白蘭が…」

今の白蘭は手段を選ばない驚異的な存在なのは変わらないが、無駄な殺生はしないはずだった。もちろん他ファミリーが介入している取引に関しても同様で、ミルフィオーレとボンゴレでは抗争が起きないよう共同戦線を張っている。それは数年前にユニと綱吉が会談で交わし約束されているはず。
白蘭もユニの命に逆らうことがなかったはずだが、何かあったのだろうか。

「そんなに警戒しないで下さい。恐らくそんなに大事ではありませんよ。ただ私と白蘭との問題です」

「何かしたのか?」

「いえ。彼は酔狂な人物ですからふざけているだけでしょう。ただ――」

ただ、あのDVDを送ってきたのが白蘭なら、趣味が悪すぎる。
いたずらで雲雀にちょっかいをかけないとも言えない。
なにせ今の雲雀は15歳だ。とても白蘭に太刀打ちできる訳がない。

「骸?」

「そういうことですから、後を任せてよいですか。私は一旦戻ります」

「大体の事は済んでいるからそれは良いけど…1人で大丈夫か」

「誰に言ってるんですか?」

向けられたオッドアイの眼差しを直接ぶつけられて、綱吉は一瞬怯む。
その深い眼差しには、自分が映っていない。

(久しぶりだ、こんな骸…)

まるで出逢った時みたいな他者を寄せ付けない冷たいオーラ。
それは雲雀と親密な時を過ごすようになってから甘く優しく変わっていったが、それでも時々骸は今のような冷たさを醸しだすことがある。
それだけ、骸にとって雲雀はなくてはならない存在。

「骸、気をつけて」

「ええ。あなたも」

黒いコートをなびかせて背中を向ける骸に、綱吉は一抹の不安を抱えながらも無事に済みますようにと願わずにはいられなかった。



骸がマンションに戻ると、扉に手をかけただけで嫌な空気が体の中に入り込んでくるのが分かった。
想像したとおり、白蘭の気が残っている。
骸がかけた幻術は強固なものだが、外からの呼びかけに雲雀が反応すれば破るのは容易い。
この時代の雲雀なら多少それすらもうまく操れるだろうが、幼い雲雀には無理だろう。

部屋に入ると、見た目は何も変わらない。
ほんの少し感じる気配は恐らく数時間前のもの。
室内に荒らされた気配がないことから、雲雀がなにも抵抗できないまま連れ去られたことにほっとした。
下手に手を出して傷でもつけられていたら、とそれだけが心配だった。

白蘭の目的はただ骸を翻弄したいだけだろうから、害を及ぼすことは考えにくいが――相手はあの白蘭である。
油断はできない。
ほのかに残る雲雀の残り香を感じ、自然と拳に力が入る。
こんなことなら連れて行けば良かったと後悔しても遅い。白蘭がここまでするとは思わなかったという完全な自分の判断ミスだ。

ひとおおり室内を調べ、白蘭の痕跡を完全に排除してから再び結界を張る。
連絡を待つのは性に合わない。彼の居場所も目的も分かっているのだから、こちらから出向いてやろうと思う。
骸は簡単に支度を済ませると、すっかり冷たくなった部屋を後にした。


2012.2.22


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