happy*0606-1 「クピ、クピ」 「ロール、はぐれるから走っちゃダメだよ」 「キュウ!」 雲ひとつない、晴れた青空。見上げるとその眩しさに思わず顔をしかめてしまいそうになる晴天だが、はりねずみのロールには関係ないらしい。 日本のアスファルトとはまた違うふわふわの芝生を走り回る様はとても気持ち良さそうで、見ていて自然と顔が綻ぶ。その後をエンツィオが追いかけ、上空にはヒバードが羽をぱたぱたさせて飛んでいるのもいつもの光景。 久しぶりに取れた休みを小動物にあてようと思ったのは、リフレッシュのためではなく匣兵器であるロールのためだった。 元々匣兵器を研究していた雲雀はより高度な戦法を取得するため、アニマルそのものの健康状態や感情に視点をあてる事にした。匣そのものに特殊な技法を施すだけではなく、主と匣兵器のコミュニケーションに重点を置くことで、密度の高い信頼関係を築けるのだと。 だから、こうして匣兵器のロールが大好きな高原まで足を伸ばしたのだが――思ったよりも自分自身が心地よさを感じている事に驚いている。 なにかと寂しがりやのロールの事。仲の良いヒバードやエンツィオ、それに親のように慕うスクーデリアもいる事でより楽しそうだし、一緒に連れてきて良かったとつくづく思う。 ディーノも仕事が終われば屋敷の方に来ると言っていたから、それまではのんびりすごそう。たまには喧騒を忘れ風の流れに身を置くのも悪くはない。 目を瞑り心地よい風の音に耳を済ませた、その時。聞きなれた激しい鳴き声が静寂を打ち破った。 「キュウウウウウウウウ!」 「ロール?」 あたりを見やると、ロールが鳴きながら走って来て雲雀に抱きついてくる。先ほどまで機嫌よく笑っていた顔は涙でべとべとだ。 「ロール、どうしたの」 「キュ、キュ、キュウウウウウ」 「誕生日?…そんなことで泣いてたのかい?」 「ウキュっ」 雲雀の冷たい声に、ロールがびく、っと体を震わせた。直ぐに他の小動物も傍にやって来て、二人を見守るように座り込む。 「仮にも僕の匣兵器なんだから、そんな事で泣いてたら足元を見られるよ」 「クピ…」 ロールが雲雀に怒られるのは、久しぶりの事だった。 最近では怯えることも少なくなり、主の手足となって命をこなしていた。だから、余計にどうして良いかわからないのだろう。 必死に泣くのをこらえようとしている大きな双眸からは大粒の涙が次から次へとぽろぽろ零れていく。 「…恭さん、お気持ちはわかりますが、まだ幼いはりねずみですから」 一部始終を見ていた草壁が、口を挟む。雲雀の方針に干渉することは殆どなかったが、あまりにもロールが哀れになったのだろう。 「もう1歳だよ。それに、僕だって1歳の時はなんでも独りでしていた」 「いえ、それは…」 雲雀は世間一般的に間違った常識を植え付けられている。生まれた時から孤独だったというのもいまだ信じられないことだが、それをこの小動物にまで求めるのは酷な話だろう。 「そもそも、ロールはなぜ泣いてたんですか」 「ああ。あそこに人間の群れがあるだろう」 「群れ?」 視線を追えば、少し離れた所で少女と両親らしき家族がピクニックに来ているのかお弁当やフルーツ、ケーキを広げてお祝いをしている様子が窺える。 今日が誕生日なのだろうか、少女の周りにはたくさんの大きなプレゼントの包みがあった。 そして雲雀のバースデーにはキャバッローネ家と風紀財団が総力をあげて大きな誕生日会を開いたことは記憶に新しい。 「まさか、それが羨ましかったんですか」 「そうみたいだね。僕の誕生日はいつ、って聞いてきた」 「…それは、まあ」 雲雀の気持ちも分からないではない。匣兵器が誕生日を羨ましく思い泣くなど考えれらないことだ。 けれど、人一倍感情豊かなロールの事。その気持ちを悪いとは思うには可哀想過ぎる。 「ですが、恭さん…」 「くだらないって言ったはずだよ。今日はもう帰る。良いね、ロール」 「キュ…」 「ダメだよ。いつからそんなワガママになったの」 いつもなら盛大に落ち込むが雲雀の言葉に逆らうことは決してしない。だが、ロールは駄々をこねる幼子のように首を振りながら、腕から逃れると一目散に走り出した。 「ちょっと!」 「キュキュキュー!」 小動物とはいえはりねずみが走る速度は意外と速い。 雲雀や草壁はもちろん、ヒバード、エンツィオ、スクーデリアも呆然とその後姿を見送っていた。 「…っとに、困った子だね」 「追いかけないんですか?」 「僕に腹を立ててるなら逆効果だよ。幸い、一番の適任者がいるからね」 「適任者?」 首を傾げるのと同時に、今まで大人しくしていた天馬が立ちあがった。まるで雲雀の言葉が分かるように。 「頼まれてくれるかい?スクーデリア」 「ヒヒーン」 言葉を受けて、スクーデリアは優雅にはりねずみの後を追った。 「恭さん、なぜスクーデリアが?」 「あの子も匣兵器だからね。彼らにしか分からない葛藤や悩みもあるだろう。立場は違えど課せられた使命は同じだ」 「ロール、ロール!」 「クア」 いつもはマイペースな黄色い小鳥も心配そうに上空を弧を描くように飛び回り、亀のエンツィオは小さく鳴いた。 「ヒバード、エンツィオ。大丈夫だよ。直に戻ってくる」 信頼しているからこそ、誰かに託すことが出来る。 雲雀の横顔にはりねずみへの思いやりを感じ取り、草壁は安堵の笑みを浮かべた。 |