happy*0606-2 「キュ」 ――あれから、数時間後。 思ったより早い二匹の帰還に駆け寄ったのは、草壁にヒバード、エンツィオだ。 当然いるはずのもう1人の姿を探して、ロールがきょろきょろとあたりを見回す。 「キュ?キュ」 「恭さんは用事があるから先に屋敷に戻ってる。さ、俺たちも帰ろう」 「キュ…」 待っててくれていると思ったロールは案の定悲しげな顔を浮かべた。そしてじわりと溜まるのは、治まったはずの涙。 確かにこれは泣きすぎだとさすがの草壁も苦笑いを浮かべてしまう。 「ロール、泣く事はない。恭さんの事だから、何か考えているのだろう」 「キュ?」 「ロール、ゲンキ。ロール、ゲンキ!」 「クピ…」 ヒバードやエンツィオ、スクーデリアも励ますようにはりねずみに寄り添う。こんな光景を見れば雲雀がまた軟弱だと呆れそうだが、可愛らしいその姿はどこか心地よく微笑ましい。 草壁はロールを優しく抱き上げると、他の小動物にも「帰ろう」と言って、その場を後にした。 * 物心ついた頃から誰かに何かをされたり、してもらった事は一度もない。誕生日も常に1人で孤独だったし、ケーキやプレゼントを知ったのは、情報を得るためだけに目を通した雑誌やテレビからだ。 最初は、何が嬉しいのか楽しいのか分からなかった。 だが、草食動物は楽しそうに群れを成し同じ事を繰り返していた。特に誕生日という自分が生まれた日は、かけがえのない記念日なのだと。最初はくだらないと軽くあしらい、相手にしなかった。 見解が変わり始めたのは20歳のバースデー。咬み殺したいほどの群れに囲まれて暴れそうになった雲雀を抑え込んだのは、自分を弟子だと豪語するあの人だった。 くだらない感情をたくさん持ち合わせているのに、自分より強くいつまでも師として君臨する。 次第に特別な感情が芽生えたから考えが変わったのではない。ただ、知らない世界に強さの理由があるとしたら、少しは知っても良いんじゃないかと思った。 それに、自分のお気に入りの小鳥やはりねずみが少しでも喜ぶなら、くだらない余興に参加するのも悪くはない。 あの時の感情を寂しいと言うなら、出来るだけ愛らしい小動物には与えないように。楽しいことが大好きなロールやヒバードには笑顔が似合う。 そう思うと、今までの世界がほんの少し違って見えた。 「――で、用意はできたの」 雲雀が屋敷に戻ると、遅れてやってきたディーノが肩を竦めて見せた。 「ああ。けど、無茶させるなよ。ちくわでロールケーキ、だなんてパティシエが嘆いてたぜ」 「ご自慢のパティシエなんでしょ。レパートリーが増えて喜んだんじゃないの」 「喜ぶかよ。誰がちくわを使ったケーキを欲しがるってんだ」 ――数日前。 6月6日がロールケーキの日だと知った雲雀は、ディーノの薦めもありロールの誕生日会をする事にした。いつもは大人しく従順なロールに少しでも労いを見せても良いんじゃないか、という言葉に100%従ったわけではない。ただ、日頃から甘えん坊で怖がりの癖に常に雲雀と危険な戦いをしてきたお礼をしてあげても良いかとは常々思っていた。 だから、キャバッローネ家の権力を使わせて数日で特注のケーキを作らせ、部屋も特別にロール好みの可愛らしい内装にリフォームさせた。 そんな矢先、ロールが誕生日を羨ましいと嘆くものだから素直に言い出せず順番が違ってしまったが、雲雀とて鬼ではない。 「けど、ロールの甘えたは恭弥にも問題があるんじゃねーのか」 「どういう意味?」 「いや、生まれた時から甲斐甲斐しく世話を焼いてたろ。それはもう匣兵器とは思えねーくらいに」 「そんな事ないよ。第一はりねずみは繊細なんだ」 「そうか?それにしては人見知りなはりねずみとは思えねーくらい、懐きすぎだと思うけどな。俺が嫉妬するくらいには」 それが言いたかったのか。 呆れたように睨むと、門口のほうから賑やかな声が漏れてきた。 「ヒバリ、ヒバリ!」 まず始めに顔を出すのは羽をパタパタさせて飛んでくるヒバード。ついで草壁、そして腕に抱かれているロールと頭に乗っているエンツィオだ。 「遅かったね」 「すみません。色々トラブルがありまして…ほら、ロール」 草壁が促すといつもはすぐさま雲雀の元へ駆け寄るロールも、先ほどのことがあってか戸惑いを露わにしている。 まだ雲雀が怒っている。だから、纏わりついたら余計に怒らせてしまう――顔に全て出てしまうロールの考えていることは誰にでも分かるくらい哀れに見えた。 けれど。 「ロール」 いつもとは違う口調で、雲雀が手を差し出しながら優しく名前を紡いだ。すると、はりねずみはキュ、と顔を上げていつも自分を見守ってくれた眼差しを見やれば今までの蟠りはどこへやら、草壁の腕を逃れるように暴れだした。 「ロール、落ち着いて。ほら」 「キュっ、キュ!」 「いい子だね」 優しく雲雀が抱き上げてやれば、ロールも幸せそうに顔を摺り寄せてくる。 「クピクピ」 「分かってるよ。何も怒ったわけじゃない」 頬を撫でながら雲雀が言うと、肩に止まっていたヒバードが、いつものように囀る。 「ウマ、オハナシ!ウマ、オハナシ!」 「そう。スクーデリアがちゃんと話してくれたんだね」 「クピ」 そんな微笑ましい光景に溶け込むように、小さく開いた襖から甘い香りが入り込んできた。 「ボス。用意できたぜ」 「ああ。恭弥、そろそろ良いか?」 ふんわりと鼻腔を擽る柑橘系の芳しい匂いに、ロールの鼻がぴくりと反応する。 「クピ!」 「分かるかい?跳ね馬に用意してもらったんだ。――こっちだよ」 「クピ?」 雲雀が向ったのは普段滅多に使われることのない客間で、その中央に天然木の表面を研磨し木目を浮き立てる浮き造りの美しい卓袱台がひっそりと佇むだけの質素な空間だ。そんな雰囲気に色を与えるのは、豪華に広げられている華やかなロールケーキの数々。いちごやキウイ、黄桃などのフルーツで飾られたフルーツケーキからシンプルな白の生クリームでコーティングされたもの、または紅茶やココアなどをスパイスとしたバラエティ豊かなものが眼前に広がる。 「クピ!」 その中でもロールが興味を示したのは――世の中に二つとないであろう、ちくわの形をしたロールケーキ。 「キュ!」 ロールケーキの上にはロールやヒバードの姿をあしらったマジパンが装飾され、備え付けられている板のチョコレートには「Happy birthday,ロール」と刻まれている。 「ロール、オメデト!オメデト!」 ヒバードが祝いの言葉を述べ、校歌を歌いだすのを背景にロールがゆっくりと雲雀を見上げる。 「クピ?」 「そうだよ。全部君のだよ。誕生日おめでとう」 「キュウウウウ」 ロールの体が震えたかと思うと、涙を流しながら雲雀に抱きついた。いつもの着物に着替えたばかりだというのに、肩口はロールの涙でぐっしょり濡れてしまい、苦笑いを浮かべざるを得ない。 「僕も知ったんだ」 「クピ?」 「今まで誰かの誕生日を祝いたいとも祝って欲しいとも思わなかった。だけど」 笑顔を浮かべながら傍で見守っている、きらきらした金の色をもつ跳ね馬をちらりと見やりながら、再び視線を小動物へ移す。 「たまにはいいもんだと思ったんだ。君やこの子――」 指先を天に向ければ黄色い小鳥がちょこん、と降り立つ。 「祝ってあげたいと思った。君たちがいてくれてよかった」 「クピ!」 「ウレシイ、ウレシイ!」 本当はこんな感情をもつことはないだろうとずっと思った。 だが、二匹の笑顔に心溶かされるように感情が揺らぐのは、紛れもない真実。 「だからね」 これからもよろしく。 雲雀が滅多に見せない笑顔を綻ばせると、それにつられるようにしてロールもまた満面の笑みを弾けさせた。 そして、大量のロールケーキを食べつくしたロールがお腹を壊してしまい、ディーノが制裁を与えられたのはこれから数日後の事だった。 ――Happy Birthday! 2012.06.06 |