sweet2*roll-1


並盛中学の校門前で、一人の少女が何度も腕時計を確認していた。
そわそわと落ち着かない様子の少女は、大きなリボンのついた夏らしい半袖カッターシャツにチェック柄のスカートを履いていたけれど、そのデザインは一見して並中の生徒ではないと分かる。
並中の学校名が記された壁に寄りかかり、はぁ、とため息をついたとき、ようやく待ち人が現れて少女はぱぁっと花が綻ぶような笑顔で出迎えた。

「待たせちゃってごめんね、ハルちゃん!」
「京子ちゃん!ノープロブレムですよぅ。さ、早速行きましょうか!」
「そうだねっ」

――いざ、わたしたちの戦場へ。

瞳に炎を宿した二人の意気込みは尋常ではなかった。

それもそのはず、今日6月6日は「ロールケーキの日」。

彼女たちが頻繁におとずれるエルサレム…もとい、洋菓子店のラ・ナミモリーヌでは「ロールケーキの日」イベントとして、人気商品の「生クリームいっぱい2種類のチョコキャラメルロールケーキはちみつシロップがけ」が通常1200円から半額の600円と大特価で売り出していた。

これをゲットできなければ、次の特価は周年祭になる。
すでにお得意様となるほど足しげく通う二人が、この大チャンスを見逃すはずはない。

そんなわけで、学校が終わってから待ち合わせて一緒にラ・ナミモリーヌへ向かう約束をしていたハルと京子は、気合い十分に幸せなロールケーキの話をしながら並中を後にしようとした。

「待ちなよ」

呼び止める声に二人が振り向くと、風紀の腕章をつけた雲雀恭弥がじとっとこちらを睨んできた。

「他校の生徒がウチの周りをウロウロしてるって聞いたから来たけど、君だったんだ。何してるの」
「はひ!雲雀さん、お久しぶりですー。これから京子ちゃんとロールケーキを買いにいくんですっ」
「そんなくだらないことでウチの風紀を乱さないでくれる?咬み殺すよ」

腕を組んだ雲雀の殺気を纏った目付きに、普通の人間なら震え上がって凍り付けにされたように固まることだろう。普通ならば。

しかしハルは意味が分からずきょとん、として「ロールケーキお嫌いなんですか?」と明後日の方角を向いた返答をした。

「ナミモリーヌのスペシャルロールはすっごく美味しいんですよ!」
「…何いってるの、キミ」
「生クリームといいチョコとはちみつのバランスといい中身を崩さないロール具合といい、全てが感動ものなんですっ。食べてみたらわかります!じゃあ、ハルたち雲雀さんの分も買ってきますよ!」
「いらない。そのスペシャルロールに興味もなければ好きじゃない」
「まぁまぁ、急いで戻りますから!アデューですー」
「来るな……って言ってるのに」

雲雀の話を最後まで聞かず彼に大きく手を振り「急ぎましょう京子ちゃん!」と、ハルと京子は仲良く手を取り合って走り去る。

男子ならば有無を言わせずトンファーの餌食にするけれど、さすがに武道の心得もない草食動物にいきなり殴りかかるほど雲雀も常識がないわけじゃない。
問題の主はどこかに行ってしまったからまぁいいだろうと、雲雀は今来た道を戻ろうと振り返った。

…雲雀の真後ろには、いつも一緒にくっついて離れないハリネズミが、つぶらな瞳に涙をいっぱい浮かべ小さな体を震わせている。
彼はショックを隠しきれない表情で固まっていた。


「だから君のことじゃないって言ってるだろ。もう泣かないで」

並盛中の応接室は、風紀委員の拠点となっている。
見回りから戻ってきた雲雀はずっと匣アニマル・ハリネズミのロールを胸に抱えて鼻の下をなでてやっていた。
当のロールは悲しそうな声でキュウキュウと泣き止まない。

「…委員長になにがあったんだ?ヒバード」
「ピィ」

泣く子もだまる風紀委員長が赤子をあやすように動物を慰める姿に、雲雀の腹心である草壁も、さすがに異様な光景だと首をかしげた。

「ヒバリ、ロール、キライ」
「えぇ!?まさか、委員長がそんなっ!」
「ヒバード。誤解を招く言い方はよしな…」

雲雀が言いかけたとき、抱いていたロールは激しく鳴いた。

ロールが偶然聞いた、雲雀の「ロールは好きじゃない」発言に、小さなアニマルは深く傷ついたらしい。

とっても大好きな人からそんな言葉を聞くなんて。
どうしてロールがきらいなの?悪いことした?あんなに優しくしてくれた雲雀はどこにいったの?

優しく体を撫でる手は暖かいけれど、切なくて悲しくて、ロールは涙が止まらない。

雲雀はロールケーキのことを言ったのだが、それを知らない小さな子供に本当のことを理解して貰うのは難しい。

事の経緯を改めてヒバードから聞いた草壁も困惑顔になった。

雲雀はああ見えて、動物をとても大事にしている。
ひょんなことから飼い始めた人語を話す黄色い鳥のヒバードや匣アニマルのロールはもちろん、ディーノが連れているスポンジスッポンのエンツィオや天馬のスクーデリアにも、対人間と違い彼らの体を撫でるその手はとても優しい。

あんなにロールに鳴かれて、傷ついているのは雲雀ではないかと草壁は自分のボスをそっと憐れんだ。





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