3 ディーノが戻ると、案の定雲雀は呆然とした後、盛大な罵声を降らせた。 それでもディーノが気にする素振りを見せずにいると諦めたのか、エンツィオに分けてやりながら食事を始める。見てみると、料理はほとんど減っていなかった。それまで楽しく食べていたはずなのに――と思うと、マイケルたちの言葉が身に染みる。 『あいつの言葉をそのまま受け止めるな』 本当に、その通りだった。 一番傍で彼を見てきたマイケルの言葉だからこそ、胸に深く突き刺さる。 出会ったとき、雲雀は5歳の子供だった。それから父とも母とも呼べない大人に囲まれて10年。 世間一般の普通の少年とは、少し違うかもしれない。 けれど、ディーノにしてみれば、どこからどうみても普通の少年だ。ほんの少し武道に長け、冷静なだけで何も変わらない。 だから特別扱いはしない。 そう思っていたのに、雲雀を目の当たりにするとそんな意志もどこかへ飛んでいってしまう。 ボスであるディーノにでさえ牙を剥く少年はとても真摯で毎日を一生懸命生きている。少しでも楽になるなら、思いっきり甘やかしたいし、可愛がりたい。 あの時拒まれてもおかしくはなかった手を、小さな手が握り締めてくれたことを忘れない。 それは、10年経ってもそれは色褪せることのないかけがえのない記憶であり、想い出だった。 「――どうしたの?」 不意に静かになったディーノを、雲雀が訝しげに見やる。ディーノは慌てて、 「いいや。それより、もう良いのか」 「うん」 雲雀の膳はディーノが戻ってきた時とは逆に綺麗に片付けられていた。だが、その様を見て違和感を感じる。 日本料理といえば今までも食卓に並ぶことはあったが、殆どがナイフやフォークで済ませていた。だから、雲雀が箸を使ったのは初めといっても過言ではない。確かに元々器用でなんでもそつなくこなす節はあったが、雲雀の箸使いはとても綺麗でさすがに驚きを隠せない。 「恭弥、一つ聞いてよいか?」 「なに」 ディーノが知りたいのは、5歳より前の記憶。 雲雀に限らずだが、ファミリーとして契りを交わした以上経歴は一切問わないし、今まで問い質したことはない。それを犯すのはタブーだということはディーノ自身が言い続けてきたことだ。 (けど) 目の前の少年に限っては、それだけで済ませれなかった。 「あのな…」 言いかけたとき。 扉の外から声がして、仲居が膳を下げに来る。 「なんなの」 「あー…いや、なんでもない」 さすがにこの場で過去の話をするわけにもいかず、言葉を濁した。 まだ機会はいくらだってある。それに、今日は特別な日なのだ。野暮な真似はしたくない。 ディーノは最後の膳を運び終えたのを見計らって、仲居に目配せをする。 勘の良い雲雀は訝しげにディーノを見やり、暫くして仲居が手にしてきたそれに目を丸くした。 部屋を真っ暗にして、月明かりだけが覗く暗闇に光るのは、15本のろうそくの灯火。 「誕生日、おめでとう」 「…なに」 「ファミリーの連中からのプレゼントだ。ほら、ふーってしてみな」 「やだ」 「良いから。でないとずっと真っ暗なままだぜ」 「……なんなの」 仕方ないとばかりに、雲雀は息を吹きかけろうそくを消す。ほぼ同時に、部屋の明かりが灯された。 目に映るのは巨大なバースデーケーキだった。いちごと生クリームをふんだんに使った5段重ねのケーキの中央にはチョコレートのプレートに汚い文字で「誕生日おめでよう、キョーヤ」と書かれている。 「それはマイケルが書いたんだぜ。いちご、好きだろう」 「…嫌いじゃない」 「ははっ。さ、食おう」 良いながらディーノは器用に切り分け8/1を自分に、残りは全て雲雀の前に置くと眉を顰められた。 「こんなに食べれないよ」 「それくらい直ぐだろ?日本のスイーツは甘さ控えめって聞いたぜ」 「イタリア人の味覚がおかしいんだよ…」 雲雀はフォークを手にすると、少しだけ口に運んだ。 甘さ控えめというのは本当らしい。いちごの酸味とクリームの程よい甘さが溶け込み、素直に美味しいと思えた。 「俺からは、これ」 「…?」 ディーノが渡したのは、雲雀が抱えきれないほどの大きな包み。 そして、それは時折激しく揺れ、雲雀を驚かせた。 「な、なに」 「開けてみな」 満足げに見下ろすディーノに雲雀は一瞬顔を顰めたが、リボンを解くと、目の前に広がる物体に唖然とした。 鳥篭と言われる中で動く小さな物体が、まっすぐに自分を見上げてくる。 「…鳥…?」「ああ。賢い鳥だから、檻から出しても大丈夫だ」 言われるまま、恐る恐る籠を開ける。ディーノの言葉どうり小鳥は賢いらしく、雲雀が指先を入れるまで微動だにしなかった。 パタパタと羽音を響かせ、檻から出た小鳥は雲雀の指先にちょこん、と降り立つ。 「ヒバリ、ヒバリ!」 「僕の…名前」 「ああ、賢いだろ。俺が主の名前を言っただけで覚えた」 雲雀は小鳥のふわふわの黄色い羽を撫でたり抑えたりしている。その度に気持ち良さそうに目を瞑る小鳥に、自然と表情が緩んだ。 「気に入ったか?」 「小動物は、嫌いじゃないよ」 小鳥はパタパタ上空を飛ぶと、今度はディーノの頭に趾を揃える。 その光景に、雲雀は小さく笑った。 「鳥の巣みたいだね」 「…確かに同じ色だけどな」 ふわりと舞う笑顔。無防備な、年相応の表情。 初めて見るそれに、ディーノも心の底から幸福感を感じていた。 (笑った…) 目の前で小鳥と遊び始める雲雀の姿を見て、やはりと確信が生まれる。 雲雀を知る取引先の連中や知人からはとんでもない厄介者だとか一切笑わないサイボーグのようだと言われたこともある。 そのたびに強く反発し、本当は純粋で優しいのだと言い続けてきた。 そう言ったディーノに間違いはなかった。こんなにも真っ直ぐで優しく笑う少年を他に知らない。 ただ、感情を素直に表すことが不器用なだけだ。 だから、みんなで守ると決めた。『雲雀』と名付けた日から、彼が一人前になるまで大事に育ててゆこうと。 「ねえ」 急に雲雀が小鳥を差し出し、小首を傾げてきた。 「な、なんだ?」 「名前決めて」 「ピイ」 「俺が?恭弥が好きな名前を決めると良い」 「どして。名前を決めるのは親だよ。僕はこの子の友達だから名前を付けるのは変だよ」 大きな透き通るような眼差しに、ディーノは苦笑いを浮かべた。 「親…か…。そだな、よし。恭弥の鳥だからヒバードはどうだ?」 与えられた名前に雲雀とヒバードは顔を見合わせた。 「ヒバードだって」 「ヒバード!ヒバード!」 「気に入った?」 「ピイ♪」 嬉しそうな二人にディーノも口元を緩ませた。 願わくば、この時間が少しでも続くと良い。神に願う気はないが、自分たちの力でそうしてみせる。 改めてそう誓った。 2012.05.07 * 雲雀さんはぴば! 二日遅れでごめんなさい…。 |