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風情がある京都の中でも、色とりどりの顔見せる嵐山大堰川畔の風光に恵まれたその旅館は、月替わりの伝統的な京懐石と、肌ざわりの良い嵐山温泉を内風呂と露天風呂に備えていた。
もちろん内風呂にも温泉がひかれ、ここを選んだのは群れることが綺麗な雲雀の為でもある。


「――平安時代から貴族の別荘地として栄えたことでも名高い場所で、周囲には京の雅を今に残す古都らしい風情があるんだってさ」

「イタリア人のくせに良く知ってるね」

「ガイドブックに書いてたからな」

「そういうのは受け売りっていうんだよ」

「受け…り?」

「もう良い」

口の止まらないディーノを放って、雲雀は初めて食べる日本料理に集中する事にした。
京都の素材にこだわったという京料理は、新鮮な京野菜や生麩・湯葉など品がある味わいで懐かしくもある。様々な凝った器を料理ごとに使い分け、花や実などをあしらった美しい盛り付けにも目を奪われるほど。

「美味いか?」

「…あなたが黙っていたらね」

ボスであるディーノにも、雲雀は容赦なかった。辛辣な物言いをしても、この男は優しい。それが分かっているから、いらないことまで言ってしまうこともある。
そして、そんな雲雀の強がりを知っているから、何でも言える――そう思っていた、矢先。

「可愛くねーなぁ。1人で食べるほうが良いか?」

「…え?」

「旅行の時くらい遠慮せずになんでも言えよ。群れが嫌いなのに、いつも窮屈な思いさせちまってるからな。今日だけは許してやる」

ディーノは本当に雲雀は1人を好んでいると思っていたらしい。
へなちょこで鈍感だと思っていたが、ここまでとは思わなかった。

「…エンツィオは置いてって」

「ったく、俺だけ除け者か?まあ、こいつもお前には懐いてるみたいだからな」

「クァ!」

ディーノは肩に乗っていたエンツィオを雲雀の隣へ下ろすと、ひと撫でしてやってから部屋を出ていった。

離れの部屋は雲雀のために取り、他の連中は本邸の宴会場で楽しんでいる。きっとディーノも自分といるよりは大勢でいるほうが良いに決まっている。
雲雀だって1人のほうが気が楽だ。
ゆっくり料理を味わえるし、煩わしいものは何もない。

今まで口にしたことのない高級な海老や魚介類をふんだんに使った料理は、二度と食べることはできないだろう。エンツィオにせがまれて身を取ってやると、嬉しそうに頬張る。雲雀もそれを同じように口に運んだが、なぜか素っ気無い味がした。

(美味しく、ない)

それでも次から次へと箸を伸ばす。
ディーノがせっかく用意してくれた料理だ。一人でいることを選んだのは自分なのだからせめて心遣いだけは無駄にしないでおこう。
そう思いながら、黙々と食事を続けた。





ディーノが宴会場へ姿を現すと、今まで騒いでいた場が一気に静かになった。

「ボス?」

「どーしたんだぁ?恭弥を怒らせたのか?」

次々飛んでくる揶揄にディーノは違ぇよ、とロマーリオの隣に腰を下ろす。

「せっかくの旅行なんだ。あいつも誰かといるよりは1人でいたいだろ?うるさいんだと言われた」

「…1人が良いって言ったのか?」

眉根を寄せて聞いてきたのは、マイケルだ。
世話役だった彼は雲雀の事を良く知り、邪険にされながらも一番可愛がっている。

「ああ。料理が美味いかって聞いたら、俺がいないほうが良いって言われた。そりゃそうだよな。いつも群れの中にいるんだから――…って、どうした」

その言葉に、全員が大きなため息をつく。

「…ボス、あんたは情緒ってものを理解したほうが良いぜ」

「は?」

「本当に嫌なら、あんなこといわねーだろ」

「あんなこと?」

部屋割りを決める際に、マイケルは雲雀に何度も確認した。一人で食べる料理も良いかもしれないが、誰かと一緒のほうが数倍美味い。だが、群れすぎるとじんましんが出てしまう雲雀に気遣い、無理強いはしなかった。だから選択は委ねる事にしたのだが、雲雀が迷うことなく選んだのはディーノだった。

『あのひとが一緒ならエンツィオもいるし、退屈しのぎにはなるから』

その時の雲雀の顔を、マイケルは今でも覚えていた。
いつもは滅多に見せない、穏やかな眼差し。驚くほど緩やかな空気に、ボスの事を少なからず好いていることは、自然と伝わってきた。
言葉少なな雲雀を代弁するように、

「確かに恭弥は群れが嫌いだ。乱暴もので短気で意地っ張りで強がりだ。だから、言葉をそのまま受け止めてるととんでもない過ちを犯すことになる――っていうことだ」

本当に嫌なら、トンファーの餌食にする。我慢することを知らない雲雀は、常にそう生きてきた。それはファミリー全員が知っていること。

「…わかりづれえ…」

「今さらだろ!ボスはどーしたいんだ?」

「決まってるだろ。可愛がりたい。俺たちと一緒にいて、少しでも幸せだと感じて欲しい」

「それなら、戻れっての」

マイケルは足でボスの背中を蹴りながら、

「でないと、用意したものが無駄になるだろ。恭弥1人で食べさせる気か?」

「…ああ。だな。悪かった」

ファミリー全員で選んだそれを、あの少年は喜んでくれるだろうか。
手離しで喜んで欲しいとは思わないが、ほんの少しでも嬉しいと思ってくれるなら、それ以上の事はない。

ディーノが再び離れに戻ってゆくと、その場に残った全員で苦笑いを浮かべた。

きっと今頃なぜ戻ってきたの、と罵倒されているに違いないが、きっと心はあたたかなはず。
おそらく初めて抱くその気持ちを知らぬままでいるなら、それまで自分たちが雲雀に代わって大事に包んでいこう。それが可愛い弟分へ出来る、精一杯の事だと感じていた。




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