1 生まれた頃から、常に1人だった。 誰にも愛されず、必要とされず、気付いたら養護施設にいた。 だが、物心つくようになってから、そこでの規則や掟に縛られるのはごめんだと施設を逃げ出した。 あてもなく彷徨い、ふと入った路地裏はいわゆるその辺り一帯の不良の溜まり場。柄の悪い自分より一回りも大きい男たちに囲まれた時。 ――彼と出会った。 背後に多くのものを従え、太陽の光に透けるときらきら輝くハニーブランドと、甘い表情はこの場にひどく似つかわしい。 そして今まで横柄な態度で自分を見下していた輩が、彼の顔を見ただけで急に怯えたかと思うと一目散に逃げ出した。 見た目は普通のどこにでもいる外人だ。こんな汚い路地裏よりもお洒落なレストランで甘い言葉を女性に向けている方がよほど絵になるだろうというくらいの美青年。 それなのに、隙がない。 研ぎ澄まされたオーラは、少々のことでは動じない雲雀でさえ身動きをとれずにした。 いったい何者なのだろう。 そんな彼を警戒していると、それまでの張り詰めた空気とは180度違う優しい手が差し出された。 「――名前は?」 「知らない」 「親は?」 「知らない」 雲雀が立て続けに言うと、さすがの彼も表情を険しくした。 適当な事を言っている家出少年だと思うだろう。ここにはそんな子供は山のようにいる。 面倒な事に関わり合いになるのはごめんだと離れてゆくはずだ。 だが、彼はしばらく考え込むと雲雀の顔を覗きこむように屈んだ。 「一緒に来るか?」 突然の言葉に、何を言っているのか分からなかった。 「どこにも行くところはないんだろう?なら、一緒に来ないか」 続けて重ねられる言葉に、今度は睨むような眼差しをぶつけた。 それなのに、男の柔らかい双眸は崩されることがなく雲雀を見つめる。 「……」 この男も何かの群れを成しているに違いない。 頭ではそう分かっていたのに、なぜかごくごく自然にその手を取ってしまった。 すると彼は今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべ、 「俺はディーノ。ディーノ、キャバッローネだ」 それが、彼――ディーノと雲雀の出会いだった。 * 「いってぇ!」 「そこまで。恭弥の勝ちだな」 雲雀がキャバッローネ邸に引き取られてから毎朝の日課となっている実施訓練。こてんぱんに打ち負かされたのは、世話役でもあるマイケルだった。 「情けねーぞ」 「るせ。恭弥が異様に強いんだ」 野次馬と化している仲間にからかわれながらマイケルが立ち上がると、雲雀が涼しい顔で寄ってくる。 「もう終わり?」 「すでに5回やってるだろ!終わりだ、終わり!」 「つまんないの。それに、弱すぎる」 確かに5回とも全て、雲雀の圧勝で5分とかかっていない。相手は15歳の子供。いくらマイケルが肉弾戦を得意としてないからと言って、仮にもマフィアの構成員の幹部として、その言葉は痛いほど突き刺さる。 「悪かったな。俺は中距離攻撃型なんだよ」 「だから、拳銃でも何でも使って良いって言ってるのに」 「死ぬだろ!」 「それくらい避けれる」 しれっと言い放つ雲雀に、場が静まる。 とにかく雲雀が言うと、冗談に聞こえないのだ。 「恭弥…お前、いったいどんな育ち方――」 「バカ!」 様子を見ていた新人が口を挟むのを、マイケルが慌てて止めた。 このキャバッローネ邸で雲雀の立場は特別だった。ディーノが拾ってきてから5年。子供から少年に移り変わっても、雲雀は何も変わらず淡々と生きている。その経歴も謎に包まれたままで、それを犯すのは禁忌となっていた。 何でも1人で生きていくために独学で戦い方を身につけ、その戦闘能力は若干15歳でディーノの右腕であるロマーリオをさえ凌ぐほど。 しかも、拳銃や手榴弾の扱い方にも慣れていて、知識も深い。 最初はとんでもない子供だと稀有の眼差しで見られていたが、好物のハンバーガーを美味しそうに頬張っていたり、ディーノのペットであるエンツィオと仲良く遊んでいる様に雲雀を見る目が段々と変わっていった。 強さを認めた上で可愛がり、群れることが嫌いな雲雀に気遣いを見せ、雲雀もまた少しずつではあるが、彼らと話すことを覚えそれなりに溶け込み始めた――のだが、正直次に誰が餌食になるのか、戦々恐々の状態だった。 そんな一見穏やかなある日の事。 数年に一度催される慰安旅行先にディーノが選んだのは、雲雀の故郷でもある日本だった。 |