永遠の約束を胸に(名様/DH) 「ボス、真っ直ぐ帰るのか?」 例年よりぐっと気温が低く、春の知らせを告げる花弁がまだ木の枝にかかる4月の半ば。 先代から繋がりのある同盟ファミリーの10代目の結婚式の帰り道、心なしか落ち着かない様子のディーノに、ロマーリオが尋ねた。 「ああ。恭弥も心配だし」 「風邪、ひいてるんだって?」 「本人は違うって言うけどな」 昨日会った時には咳が止まらなくて、辛そうな様子だったが、ディーノには殊更強がりを見せる雲雀の事。少しでも案じる仕草を見せれば何でもないと強く跳ね除け、それでもディーノが渋れば、「早くイタリアに帰れ」とまで言われてしまった。 もちろんそれがディーノの手を煩わせないための彼なりの思いやりだと分かっているが、それ以上しつこくすれば本気で機嫌を損ねかねない。仕方なくその場は大人しく引き下がったのだが、草壁の話では今日は学校が終わると早々に帰宅したという。いつも下校時刻まで仕事をしている雲雀が早退するなんて、余程具合が悪かったのだろう。そう思うと、式の間は気が気ではなかった。 「心配だから見てくる。お前らは2次会でもなんでも行ってくれ」 「車を寄越すか」 「いや。ここからなら近いし、大丈夫だ」 「わかった。明日の朝には帰れよ」 「わーってるって」 「恭弥によろしくな」 「ああ」 皆に見送られながら、ディーノは帰路を急いだ。 幾度か訪れたことのある雲雀の部屋は冷たくて無機質だった。必要最低限のものしかなく、人の温かさは何も感じられない。それが落ち着くらしいが、いくらしっかりしているとはいえまだ中学生だ。とっくに成人している自分でさえ病気の時は心細くなり人恋しくなる。 全員がそうだとは限らないが、少しでも寂しさを感じてしまう可能性があるならば、傍にいてやりたい。 (――いや、違うな…) 雲雀がどう思っているかじゃなく、ただ自分が会いたいだけだ。 弱っている強がりな少年の事が心配なのも正直な気持ちだが、何よりも傍にいたくてたまらない。昨日顔を見たばかりだというのに、既にこんなにも愛しさが募っているなんて。 次の来日は、1ヵ月後。2ヶ月以上顔を合わさないときだってあったし、日本にいながらすれ違いで全く会えずに帰国した事だってある。 なのに今は無性に恋しくて、たまらない。 結婚式に当てられたのかと思ったが、そうではない。ただ――…不安になっただけだ。この手に抱けない不安。 (とにかく…会いてぇ) そんなディーノの想いとは逆に、人一倍強い風が前方から容赦なく吹き付けてきた。 * 「…恭弥?」 雲雀のマンションは住宅地の真ん中でひっそりとしている。 ほとんど家に寄り付かない彼を玄関先でずっと待っていたら、周りに怪しまれると合鍵をくれたのが半年前。 誰もいない部屋に入っても意味がないと使うことはあまりなかったが、さすがに病人を起こすような真似はしたくない。 キーを差し込み中に入ると、てっきり寝込んでいると思っていた雲雀がラフなスタイルでディーノを出迎えた。 「早かったね」 「ああ。…って、起きて大丈夫なのか?風邪は?」 「大したことない。薬飲んだらマシになったし」 「そうか。これ、土産」 引き出物を差し出すと、先に肩に止まっていたヒバードが包みの周りを飛び回る。 「ピイ!」 「なに?」 「ああ、焼き菓子だ。ヒバードも好きだろ?」 「スキ、スキ!」 ふーん、と返す雲雀と、そんな彼と対照的に嬉しそうに包みをつつくヒバードは、ディーノの心を癒した。 「お茶くらいなら入れるよ」 「病人は座ってろ。俺が入れる」 「何度も湯飲みを割る人に入れて欲しくない」 「…う」 そう言われると何も言えないディーノは甘える事にして、ジャケットをソファーにかける。ネクタイを緩め、一息つくと目に入るのはまばらな街灯が散らばる東京の夜景。 目を瞑り、少し前の会話を思い出した。 『――おめでとう』 『ありがとう、ディーノ』 普段は穏やかであまり感情を露にしない彼もさすがに幸せそうな表情を浮かべながら、落ち着かない様子で控え室をうろうろしていた。 『少しは落ち着いたらどうだ?』 『ああ、そうだな』 心ここに在らず――というのは雅にこの事だろう。ディーノは苦笑いを浮かべながら、からかうような口調で、 『しかし早かったよな。相手も若いんだろ?』 『…まあな。でも、これで安心だから』 安堵の表情を隠せない新郎に、ディーノは少し首を傾げた。 『安心?』 『ああ。俺達の稼業はさ…いつも死と隣りあわせだろ?もし彼女が危ない目にあっても、直ぐに飛んでいけない。――でも、これからは違う』 ディーノはその言葉で、彼がなぜ結婚を急いだのかを悟った。 『これから彼女に何かあったときは、俺に一番に連絡が入る。すぐには無理かもしれないけど、彼女を守れる事が出来る』 それがすごく幸せで、ほっとしているんだ――と、笑いながら言った。 「どうしたの?」 雲雀の問いかけで、ディーノは我に返った。どうやら長い間呆けていたらしい。 「ああ、悪い。なんでもない」 「なにか、あったの」 雲雀は回りくどいことが嫌いだった。それがたとえ体裁を保つために必要なことでも、気遣いを少しでも見せれば不機嫌になる。 そんな彼から向けられるのは、濁りのない漆黒の眼差し。自分の手など必要としない強さと凛々しさを持つ、孤高の存在。 雲雀は強い。自分など入る隙間がないほどの強さを常に秘めている。 これはただのエゴだ。守らなければと、守りたいからと自己満足なだけの。 頭では分かっているのに、想いが溢れそうになる。 ディーノは立ち上がると、自分より小さな肩を軽く抱き寄せた。 「恭弥…」 いつもとは違う緊張を含む響きに、通常なら鬱陶しいとトンファーで攻撃を繰り出す手は動かなかった。 「どうしたの、今日は変だよ」 「そうだな、変だ…な」 変だといえばそうだ。いつもは迷いなく紡ぐことの出来る言の葉をじっくり選び、息を飲み込むほどに惑う。 それでも今伝えなければ、と乾いた口内を湿らせて抱く手に力を込める。 「――卒業したら、イタリアに来ないか」 「え?」 ディーノは雲雀の薬指に自分のそれを絡み合わせた。互いの指には、同じデザインのシルバーリングが光っている。少し前一緒に出かけた際に愛情の証、として揃えたものだった。その時は嫌がった雲雀も、今ではきちんと身につけてくれていることが愛情のしるし。 日本にいる限り、世間的に婚姻を結ぶ事は出来ない。形式的なことは出来ても法律的には結ばれない。 「イタリアで、結婚式を挙げよう」 雲雀は一瞬首を傾げた後、 「必要ないよ。何急に…結婚式であてられたの」 「いいや、ただ…不安になった」 「不安?」 きっと雲雀は不安など抱えないだろう。ディーノよりもずっと強い心を持つ彼は、なにものにもとらわれない強さがあった。 だからこそ、不安になる。 「今すぐに答えなくて良い。少しは考えてくれないか」 「…いつまで?」 「いつまでも」 ディーノの本気を悟ったらしい雲雀は、それ以上からかうような仕草は見せなかった。少し逡巡し、尋ねてくる。 「あなたは、後悔しないの」 「しない方が後悔する。――恭弥」 屈むようにただ触れるだけの小さなキスを一つ、恋人の唇に落とした。 「風邪…うつる」 既に自分を官能の渦に巻き込むような雲雀の視線に、ディーノは今度は本格的に身体を動かした。 「じゃあ、もっともらわねえと、うつらないな」 常にそばに入れない分。辛いとき、悲しい時、苦しんでいる時は共に分かち合いたい。決して形が欲しいわけではない。契りが欲しい訳ではない。 だが、それで少しでも分かち合う事が出来るのなら、本当の意味での『契り』を交わしたいと、ディーノは愛を確かめ合いながら切に思ったのだった。 →リク内容:「結婚の約束をするディノヒバ」 2012.05.30 |