大好きな場所1(阿僧祇様/DH+鳥針亀)


一点の雲もとどめぬ空の日。
いつものように日本を訪れたディーノが迷いなく向うのは、並盛中学校応接室。もちろん、恋人に会うためである。
黒いスーツに身を包んだ部下を従え、金髪を揺らしながら廊下を歩く姿は始めこそ異様な光景であったが、すっかり今では見慣れたものになった。まして訪問先があの最恐の不良と名高い風紀委員長の元だとわかれば、尚更。
決して堅気とは思えない外人と風紀委員長の間でどんな恐ろしい密談がされているのか――と噂にはなっていたが、並盛界隈を取り仕切る雲雀が相手ならば疑問を抱くものは一人もいなかった。

そんな折、一刻も早く顔が見たい一心で風を切るように歩いていたディーノが応接室のドアノブに手をかけたのと、扉が開いたのはほぼ同時だった。

「うわっ!と…、恭弥?」
「…っ」

腕の中に勢いよく飛び込んできたのは、自分より一回り近い少年。ディーノに気づくと、漆黒の相貌で鋭く睨み――そのまま背中を向けて走っていってしまった。

「お、おい?恭弥っ!?」

ディーノに気づいてないはずがないのに、雲雀の姿はあっという間に見えなくなってしまった。風紀や秩序を何よりも大事にする雲雀が、咬み殺す相手もなく廊下を走ること自体おかしい。
ディーノは傍らのロマーリオに後を追わせると、慎重に応接室へ進み行った。すると、そこにいたのは――

「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

目の前に飛び込んできたのは、激しく泣き叫んでいるはりねずみとそれを宥めるように囀っている黄色い小鳥。
まるで耳を押さえたくなるような大声に、ディーノは顔を顰めた。

「お、おい…どうした」
「クピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
「ロール、何があった」
「キュゥ、キュウウウ」
「キュウ、じゃわからねぇ」
「クピクピ…ッ、」
「…ヒバード、通訳」

いくら懐いているとはいえ、相手はただのはりねずみ。さすがに会話を成立させるのは困難だと、傍で見守っていたヒバードに助けを求める。

「ヒバリ、オコタ」
「怒った?恭弥がか…?」

意外な返答に耳を疑った。雲雀はディーノや草食動物には容赦ないが、基本的には小動物、特にヒバードやロールを可愛がり大事にしている。怒るなどありえないことだ。「ロール、オコラセタ。ヒバリ、オコタ」
「何かいたずらでもしたのか?」
「クピ…」
「あいつがお前ら相手に怒るなんてよほどだろ?」
「キュ、」
「いったい何を――」

ディーノが首を傾げて視線をロールにやった、そのとき。

「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

その時の事を思い出したのだろう。再びロールは体をばたばたさせながら、泣き出した。それはもう手に負えないほど、激しく。

「ウマ、ナカセタ」
「いやいや、違うだろっ!」

ディーノが慌ててあやすも、ロールは泣き止もうとしない。
そもそもロールが泣いたり落ち込んだりした時、あやすのは雲雀の役目なのだ。主を誰よりも慕い懐くロールは、その優しい言葉で慰められればすぐに機嫌を直す。
基本的に小動物が原因で険悪になることはまずない。ヒバードは驚くほど空気を読む賢い鳥で、雲雀の邪魔になるようなことは決してしない。ロールもまた臆病ながらも健気に従い命令に背くことはせず、ひどく従順だ。そんな彼らが雲雀を怒らせたなど信じられないが、先ほどの雲雀の様子を見れば頭ごなしに否定もできない。

「ロール、とにかく泣き止め。な?俺が何とかしてやっから」
「クピ…」

優しく抱き上げて撫でてやると、ようやく大人しくなってくれた。
ほっと息をつき、ロール専用のふわふわの寝床にそっと寝かせてやると、ヒバードがいつものように子守唄代わりの校歌を歌う。泣きつかれたのだろう。小さな寝息が聞こえてくるのに、そう時間はかからなかった。

「ネタ、ネタ!」
「やれやれ。しかし、壮絶だな…。ヒバード、何があったんだ?」
「…ヒバード、イイコ」
「は?」

ヒバードは人の言葉を理解して話す。だから通じなかったのだろうかと思っていると、

「ナイショ、ナイショ」
「もしかして、恭弥に口止めされてるのか」
「シラナイ、シラナイ」
「ヒバード、あのな…」
「ヒバード、イイコ」

だめだ、これは。
鳥のくせに驚くほどの口のかたさに、ディーノはため息をついた。

「まあ、いいけどな。それより俺は恭弥の様子を見てくるから、ロール頼めるか?」
「ピイ」
「クア」

すると、肩に乗っていたペットのエンツィオも顔を出す。

「エンツィオも留守番頼めるか?ヒバードの相手してやってくれな」
「クア♪」

エンツィオをデスクの上に下ろしてやると、ディーノの言葉どうりエンツィオとヒバードは二匹で遊び始めた。これならロールを放っておいても大丈夫だろう。元々は匣アニマルなのだから万が一どこかへ行ってしまっても炎が切れれば元に戻るし、何かと面倒見の良い二匹が傍にいれば安心だ。
それよりも問題は雲雀だ。何を怒っているか知らないが、一度怒らせれば厄介な事は身をもって知っている。

「イテラッシャイ」
「クア」

ディーノが急いで応接室を出て行くと、思いのほか扉がきつく閉まり、その反動で気持ちよく眠っていたロールが目を覚ました。あたりを見回し――いつもなら常に傍にいてくれる主である雲雀の不在に悲しくなって、寝床から一生懸命這い出す。

「クピ、クピ」

悪いことはしたのは、間違いなく自分だ。いっぱい謝って許してもらおう。そう思った矢先、目の前でじゃれつく亀と鳥の姿に足を止める。
雲雀の元には、たくさんの人や動物がいる。例え匣アニマルとはいえ自分のような弱いアニマルがいなくても、関係ないのではないだろうか。そう思うと、途端に顔を合わすのが恐くなった。はっきりいらないと引導を渡されるのが恐くて仕方がない。

「キュウ…」

どうしてよいかわからずに、ロールはまた大粒の涙をぽろぽろとこぼしてしまう。

「ロール、ロール」
「クア?」

二匹が心配そうに寄ってくるが、雲雀がいない部屋でロールの泣き声だけが木霊していた。





「――で?何があったんだ」

応接室を出てからようやく裏庭で雲雀を捕まえたディーノは、ロールの様子を聞かせてやった。だが、案の定目の前の少年は口を閉ざしたまま話そうとしない。先に接触していたロマーリオもお手上げだとばかりに早々に戦線離脱したらしく、遠くで見守っている。
それでもディーノは、重ねて言った。

「すごい落ち込んでたぞ」
「だろうね」
「いったい、何をしたんだ?あのままじゃ、これからの戦いに影響が出るぜ」
「僕には関係ないよ。ロールが戦えないなら、それまでだ」
「恭弥!」

まるで子供のように駄々をこねる雲雀に、さすがのディーも声を荒げた。
それが本心でないことはわかっているし、また雲雀自身も後ろめたいのかいつもは真摯な眼差しが宙を舞っている。
元はロールにも原因があるのかもしれないが、ケンカが成立した時点で両成敗だ。片方に非が全くない諍いはありえない。
それでもディーノが辛抱強く待っていると、ようやく雲雀が口を開いた。

「…悪くない」
「え?」
「ロールは悪くない。子供だってこと、忘れてた」
「何したんだ?」

ディーノが問うと、雲雀はゆっくり顔をあげた。淀みないいつもの眼差しがディーノを真っ直ぐ映した。

「大事なものを…食べちゃったんだ。それだけならまだ良いんだけど、逃げようとするから叱った」
「そうか。まあ、恭弥の言うとおりロールはまだ子供だからな。悪いことをすれば、叱ればよい」
「匣兵器だよ」
「同じだろ。体があって、心があるんだから」

いつもなら匣兵器、なんていい方はしない。なのにあえてディーノにロールの立場を認めさせることを促すのが珍しいとは思ったが、それだけ不安を抱えていたのだろう。雲雀も人の子で、まだたったの15歳。
ディーノと出会って感情を覚え、ロールやヒバードから穢れない愛情を知った。それがとても嬉しくて、たまらない。

「ロールは泣いてた?」
「ああ。だが、もう落ち着いている。戻るか?」

それにはさすがに、暫し惑った。
だが、わかるかわからないか位で小さく頷いた所を見ると、仲直りをする気はあるらしい。安堵すると、ディーノは手を取り走り出した。

「ほら、行くぞ」
「え…、ちょっと!」
「そうと決まったら、急ぐぜ。そろそろ起きるころだ」
「そんなこと、わかってるよ!それより、手…!」

身を捩る抵抗を感じずに、ディーノは繋いだ手を離すことなく、応接室へと急いだのだった。


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