ロールの秘密


「恭弥!終わったか?」

もうとっくに授業を終え、いつものように応接室で仕事をしていた雲雀の元へディーノがやってくると、珍しくもう帰り支度を整えていた。

「あれ?今日は早いな」

「ご飯、連れてってくれるんでしょ」

「ゴハンゴハン!」

「クピ!」

雲雀の言葉に、肩に乗っている黄色い小鳥と学ランの胸元からひょっこり顔を出すはりねずみも嬉しそうに鳴く。

「あ?ああ。食べたいものあるか?」

「おでん」

「…は?」

「おでんがいい」

「いや、昨日も一昨日もその前も食ったろ。たまには――」

「おでんだよ。聞こえなかったの」

繰り返されるそれに、ディーノはちらりとロールを見た。

「クピイィ!」

雲雀の言葉が分かってるのか、ロールは嬉しそうだ。ねずみの表情はわからないが、きっと満面の笑みに違いない。
ディーノだって、ロールは可愛いと思う。雲雀を慕う姿は愛らしいし、時々見せる気弱な所は庇護欲を掻き立てる。だが――明らかに自分より小動物を可愛がる雲雀に、自然とロールを恨めしいと思うのは仕方のないことだった。


そもそもの事の発端は、先週始め。

ロールが迷ったことでこのねずみの好物がちくわだと判明したのは記憶に新しい。ヒバードと違い、繊細なロールは1人で獲物を捕えることが出来ず、食事はいつも雲雀が用意していた。そんなロールの好物を知って雲雀がここ1週間ほどずっとおでんを所望するのは、他ならないロールのため。感情に乏しい雲雀がペットのために気遣うのは、ディーノとしても嬉しい。
嬉しい――が、さすがに毎日のおでん生活はきつい。

「な、なぁ。今日くらい寿司とかハンバーグにしねぇか?ヒバードもおでんは飽きたろ?」

「そんな事ないよ、君もおでん食べたいよね」

ディーノの言葉を遮り雲雀が尋ねるとヒバードは一瞬首を傾げたが、すぐに考えることを放棄した。いつものように小さな嘴から明るい声を囀る。

「オデンオデン!」

「キュキュっ」

「ロールには聞いてねぇよ…」

情勢は1対3。どう見ても覆せるほどのネタは持ち合わせていない。
もしかして、とは思うが…ディーノの滞在中はずっとおでんが続くのだろうか。ちくわが好きなロールのために。

(冗談じゃねー…)

かといって、一度こうだと決めたら最後まで意見を貫き通す雲雀を説得するのは不可能だ。ヒバードはマイペース過ぎて頼りにならない。
となると、やはり狙うは気が弱く、幸いにディーノにも懐いているはりねずみ。

「ロール。お前は錯覚してる」

「キュっ?」

「ちくわはそんなに栄養ないし、穴が空いている分不経済だし、使われる料理は限られているし、食べていると身体中べたべたになるし、良い所はひとつもないぜ。それになお前は知らないだろうが、食べ過ぎると身体がどんどん茶色くなって仕舞いにはちくわになる――うわっ!?」

最後まで言わずに飛んできたのは、見覚えのあるトンファー。
恐ろしいほどの殺気を感じ寸でのところで交わしたが、今まで見た事のないような形相にディーノは目を丸くした。

「きょ、恭弥?どした…」

「どうしたじゃないよ。怯えてるじゃないか」

見てみると、ロールはぶるぶる震えて抱き上げられた雲雀の胸元へ逃げ込んだ。

「キュウッ、、ッ」

「かわいそうに。泣いてるだろ」

「泣いてるって…分かるか、そんなもん」

ロールの眼差しからは涙一つだって零れていない。それに、はりねずみの顔色なんてディーノに分かるはずもないのだが、そんな事は雲雀には通用しない。

「ふーん。だったら僕が代わりにあなたを泣かせてあげるよ」

「お、おい…待てって!」

「聞かないよ!」

繰り出される攻撃に、ディーノは身の危険を感じた。

(本気でやられる…!)

騒動の元のロールといえば雲雀から避難して机の上の簡易ベッドで丸くなって眠っているし、ヒバードは陽気に校歌を歌っている。
可愛さあまって、憎さ100倍――とばかりに、小動物が恨めしく思えた。

思う存分殴られて、夕飯がおでんになったのは言うまでもない。


2012.3.9


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