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「で、いったいどーしたんだ?」
「…別に」
「キュウ」
「ピ」
「わふ」
「ピー」

あれから数時間。山本が仕事を終えて帰って来ると、室内はものすごい惨状だった。
キッチンは大量の洗剤と水で水浸し。居間は燃えたような紙くずが散らかったうえ、焼け跡と傷跡で家具は台無し。
何が起きたのかと思えば、雲雀はもちろん、ヒバードやロール、小次郎は煤だらけでひどい有様だった。
唯一無事なのは、プレゼントを買いに行って未だに戻らない次郎だけだ。

「ヒバリ、何を作ろうとしてたんだ?」
「…」
「だんまりじゃわかんないだろ?」

先ほどから同じやり取りの繰り返しに、さすがの山本もうんざりしたように肩で息を吐いた。
だが、山本の誕生日パーティーをしようとしてお米を洗ったら洗剤がぶくぶく溢れてきたり、ロールが飾り付けの最中に色とりどりの蝋燭で遊びだして小火を起こしたり――なんて言えるはずもない。
雲雀が黙り込んだままでいると、いつもは温厚な山本の機嫌が段々悪くなっていくのが分った。

「ヒバリ」
「…君には関係ない」
「そうか、わかった」

初めて聞く冷たい声に、ロールが怯え雲雀の後ろへ隠れる。
小次郎も背中を向ける山本に付いていこうとせず、戸惑っているのが分った。いつもなら山本が慌てて「ごめん」とあやしてくれるのに、よほど気分を害したのかそのまま部屋を出て行ってしまった。
パタン、と目の前で閉じられる扉の音と共に、小次郎が「ピー」と泣き出す。

「大丈夫だよ、小次郎」

小次郎の頭を撫でてやると、今度はロールまで涙を流し始めた。

「キュウ…」
「君のせいじゃないよ。あのバカが単細胞なだけだ」

そうだよ。誕生日まであと少しなのに。
ロールだって小次郎だってすごく楽しみにしていたのに。
けれど、本当に怒っていた。あの温厚な山本が。

「誕生日はサプライズが嬉しいって言ってたんだ。でも言ったほうが良かったの?」

そんなこと、分らない。
だってヒバリにそういうことを教えてくれるのは、山本だけなんだから。



「そりゃ、また盛大だな」

山本から話を聞いたディーノは大きく口を開けて笑った。

「笑い事じゃないですよ、ディーノさん。部屋はむちゃくちゃだし、ヒバリも小次郎達もだんまりだし…軽くのけ者にされた気分です」

いくら小次郎が雲雀に懐いているとはいえ、主は山本だ。山本を蔑ろにして雲雀についたことは今まで一度もない。それが、山本がどれだけ言っても口を開こうとはしなかった。

「ははっ。笑い事だろ?俺の所に来るくらいにはさ」
「…?」
「わからねぇか?」
「…ディーノさんまでそんな言い方するんですか」

山本が拗ねたように口を尖らせると、ディーノは悪い悪い、と詫びる。そして胸元から携帯電話を取り出すと、山本の目の前に差し出した。

「え?」

目を凝らしてみると、そこにはヒバリからの凶悪なまでの着信履歴。

「まいったぜ。米の研ぎ方とか野菜の切り方とか事細かに聞いてくるもんだからさ。俺だって料理なんかほとんどしたことねーっての」
「あれはディーノさんのレクチャーですか…」
「仕方ねーだろ、イタリアじゃ米なんてほとんどくわねーんだから。洗うって言ったら洗剤だって思うだろ?」
「思いませんよ…」

これで大量の洗剤の量は分った。だが、なぜ雲雀が急に料理をしだしたのかが分らない。何かを食べたいのなら宅配でも取るだろうし、それこそ山本に買って来いというのがいつもだ。それなのに、敢えて自分で作ろうとした理由は何なのだろう。

「山本。恭弥は変わったと思うか?」
「え?ああ、そりゃ昔と比べれば一緒にご飯を食べてくれるようになりましたし」

キスをしたり抱きしめたりしても殴られなくなった。好きだと告げる山本に甘い顔もしてくれるようになった。昨年の誕生日にはプレゼントだって――…プレゼント?

「!!!!!」
「やっと気付いたか?」

明日に迫っているのは、紛れもなく自分の誕生日だ。

「ディーノさん、俺…」
「恭弥がさ、こういうのはサプライズが良いんだろ、って。だから俺に寿司の作り方を教えろって脅してきた。俺も知らねーし、大変だったんだぜ」

後ろではアニマル達が鳴いているし、雲雀は今にも飛び掛ってきそうだし。

「ま、こうなるのは何となく分ってたけど、あいつらが黙っていた気持ちも汲んでやってくれないか?」

ディーノにしてみれば、雲雀も山本も可愛い弟分だ。どちらの気持ちも痛いほどに分る。
山本は顔を上げるとディーノに頭を下げた。

「ディーノさん、すみません!俺行かないと…!」
「おお。気をつけろよ」

脱兎のごとく走り去っていく山本に苦笑いを浮かべながら、事の成り行きを見守っていたエンツィオが「クワッ?」と首を傾げた。

「本当に手の掛かる、弟分だよな」

雲雀相手では仲直りするのも一苦労だろう。だが、段々変わり始める雲雀とそんな雲雀を大事にしている山本を想うと、無条件で応援したくなるのだった。






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