2


「つまり…迷子になっているところを、スクアーロが保護してくれたのか」
「飼い主ならもっとちゃんと躾けとけ!凶暴すぎて部下が何人も傷だらけになった」
あれから、数分。
スクアーロから状況を説明されたディーノはようやく息を吐いた。雲雀とヒバード、それにロールに夕食を与えてやると無心でそれを貪った。き

っと腹を空かせて苛立っていたところ、スクアーロに保護されたのだろう。
「悪かったな、スクアーロ。恭弥にも言っておく」
「ふん」
「だが、なんで出て行ったんだ?」
世話を終えたロマーリオが尋ねると、暫しの沈黙が訪れ、口を開いたのはスクアーロだった。
「…これじゃねーのか」
「え?」
差出したのは、すっかり草臥れている二輪の花。
「鳥とねずみが口に咥えてて、小僧は握り締めて離さなかった。尤も暴れている間にばらばらになったがな」
変わり果てた姿になってはいるが、確かにそれはたんぽぽだった。茎は噛み砕かれて花弁も何枚も散ってしまっているから原型はほとんど留めて

いない。
「何でこんなもの…?」
ディーノはその花に、どことなくデジャブを感じてそっと手にした。
(なんだ…少し前に、何か、あった)
とてもとても大事な、何かが…。
ディーノが考え込んでいると、スクアーロが「さて」と立ち上がる。
「理由はどうあれ、今度からは全部きちんと戸締りしてろ。二度はないと思え!」
「そうする。悪かったな、遅くに」
ディーノが礼を述べると、スクアーロはふん、と言って帰って行った。



「――さて」
ディーノは夕食を食べ終わった雲雀の前に屈みこむと、滅多に見せない冷たい表情を浮かべた。
「恭弥、こっち来い」
その威圧感と抑揚のない冷たい響きに、雲雀は少し震えながらもディーノの方へ近づいた。悪いことをしたという自覚があるのだろう。普段の強

気な眼差しはどこへやら、すっかり萎縮してしまっている。
「確かに閉じ込めていた俺も悪い。でもな、急にいなくなったら死ぬほど心配するし、どれだけ周りに迷惑をかけたか、分かってるか?」
雲雀は逃げることもせず、ただ真っ直ぐディーノを見つめていた。その表情や仕草から反省しているのは傍から見ても充分に分かる。叱られる理

由が分かっているのと、どれだけ心配をかけたか自覚しているからだろう。
「ただ、俺たちも不注意だったから今回はげんこつだけな」
その途端、雲雀が脱兎の如くロマーリオの後ろに逃げ込んだ。
「あ、こら!!!」
ディーノが捕まえようとした時、ロマーリオの声がそれを制した。
「ボス、待て」
「え?」
「今回は許してやってくれないか?」
「何か、あるのか?」
ロマーリオが理由もなしに許しを請うわけがないと分かっているディーノは他に何か理由があるのだと察した。
「ああ。恭弥は多分、たんぽぽを探してたんじゃねーか」
「たんぽぽ?」
すっかり忘れていた。そういえば雲雀が離さなかったと言っていた。
「ボスの誕生日だろ?だから、プレゼントじゃないか?」
「俺に…?」
まさか、とディーノが眼差しを雲雀に向けた。
すると雲雀はテーブルの上に置いていたタンポポを取ってくると、ディーノの前に差し出す。
「恭弥、俺に?」
「誕生日。その人に、聞いた」
「そのために?」
雲雀がこくん、と頷く。肩に乗っているヒバードは誕生日の歌を囀り、ロールは合いの手を入れるように鳴いている。
「まいった…。これじゃ、怒れねぇな」
照れた様子のディーノに、ロマーリオは嬉しそうに笑った。
「ボスのそんな顔、久しぶりに見たな」
「そうか?」
「ああ。これも恭弥のおかげだな」
ロマーリオが雲雀の頭を撫でてやると、鬱陶しいように振り払われた。すっかりいつもの調子に戻ったらしい。
「だが、なんでたんぽぽなんだろうな」
ロマーリオが首を傾げると、ディーノは「ああ」と柔らかく笑んだ。
「思い出した。ずっと引っかかってたんだ。最初の頃…散歩しながら好きなものとか教えてただろ。その時に覚えてたんだな」
ディーノがたんぽぽを見ながら、綺麗だなと言ったこと。それを、雲雀は覚えていたのだ。
隣を見ると、雲雀はうとうとと舟を漕いでいた。長い間歩き回り、疲れたのだろう。
ヒバードやロールも同じように眠り込んでいる。
「当分、頭があがらないな」
「ああ」
ディーノとロマーリオは可愛い寝顔を見守りながら、今まで感じたことのない暖かさを感じていた。



ふわ、ふわ。
気持ちの良い振動にほんの少し目を開けると、いつの間にかベッドに運ばれたことを知る。枕元の籠の寝床ではヒバードとロールが気持ちよさそ

うに寝入っていた。
再び寝ようか…と思った時、扉が開く音で目が覚めた。暗闇で直ぐに誰だか分からなかったが、この匂いは…ディーノだ。
いつものように頭を撫で、乱れている毛布をかけ直してくれる。
「恭弥、今日はありがとうな」
頭上から優しい声が降ってきて、雲雀が顔を上げると、蜂蜜色の眼差しがとろん、と緩む。
「悪い、起こしたか?」
「起きてた」
「…今日はありがとう。で、ごめんな」
…ごめん?
ありがとうは分かるが、なんでごめんなのかと首を傾げると、ディーノが苦笑いを浮かべる。
「恭弥が可愛いから、俺のエゴで縛ってて。ロマにも怒られた。お前ももう子供じゃねぇんだよな…」
「僕はいつでも好きな年齢だよ」
「そうか…」
どこかディーノの眼差しが沈んでいるように見えて、雲雀は身体を起こす。
「恭弥?」
「今日は色んなの見た。人がいっぱいいた。外は広かった」
「ああ」
「でも…あなたがいないと、つまらないよ」
「恭弥…」
雲雀はディーノの首に抱きつくと、項をぺろりと舐めた。
「つまらないのは、嫌だ」
「…そ、だな」
ディーノの長い指先が、いつものように優しく頭を撫でる。何度も何度も。
「今度はみんなで行こう。お弁当を持って、誰もいない草原で食べよう」
「戦ってくれる?」
「ああ」
ディーノがふわりと笑むと、雲雀は胸に生まれるあたたかなものを感じた。

(あ、)

この笑顔。
幸せそうな、照れくさそうな、そして想いが溢れてしまいそうなとびっきりの。
自分が大好きなディーノの、大好きな笑顔。これが見たかったんだ。

「さ、もう遅いから寝ろ」

頭をくしゃりとやや乱暴に撫でられ、いつものように額にキス。
「おやすみ、恭弥」
「うん…」

ただそれだけで、とても幸せな気分になれた。きっとディーノの笑顔が見れたから。
こんな所にも幸せは転がっている。
そんな些細なことが心をいっぱいにしてくれる事もあるんだと、雲雀は嬉してたまらなかった。


fin


Buon Compleanno,dino*
2013.2.4





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